
低迷する中国の化粧品小売でひとり勝ちのセフォラ、外資ながら成長のその理由
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中国のオフラインチャネルとして、近年売上を伸ばしてきた化粧品専門小売店だが、中国社会全体の景気低迷を受けて不振に喘いでいる。そうしたなか、中国の90以上の都市で328店舗(2023年8月時点)と店舗数を増やし続け、好調を維持しているのがLVMH傘下の「セフォラ(絲芙蘭)」だ。リアルの小売業界に起きている異変とともに、セフォラの戦略や動向を紹介する。
コロナ禍だけではない中国のリアル店舗が不調の理由
中国では親会社であるLVMHの香水・化粧品部門の苦戦も伝えられるが、ことセフォラについては中国における化粧品小売、セレクトショップとしては唯一といっていいほどの好調ぶりだ。
中国の化粧品市場は、ECやSNSを通じたライブコマースの活況に伴い、オンラインチャネルの販売比率が高まるにつれて、百貨店や総合スーパー(GMS)といった従来主流だったオフラインチャネルでの売上が低下していった。そうしたなかでも、2020年あたりを中心に実店舗でのシェアを拡大させてきたのが化粧品小売店だった。若い世代をターゲットに、中国各地にチェーン展開するセレクトショップが次々と誕生した。
ところがそれらがいま、苦境に立たされている。2021年頃から閉店が相次いでおり、中国メディアによると、「WOW COLOUR」はピーク時の300店舗から135店舗まで減少。化粧品をメインに扱うドラッグストア「ワトソンズ(屈臣氏)」は、2022年には343店舗を閉鎖したという。
さらに別の報道によると、中国8大都市のひとつである浙江省杭州市では「HARMAY(話梅)」「HAYDON(黒洞)」「Only Write(独写)」「H.E.A.T(喜燃)」といった、一時期大きな話題となった人気セレクトショップの4ブランドがすべて撤退したという。ゼロコロナ政策の“後遺症”で消費全体が落ち込んでいることが影響しているが、原因はそれだけでないと考えられる。

出典:Weibo
不振の理由のひとつには、透明性を求める消費者からの信頼が失われたことが挙げられる。新興セレクトショップの多くは、サンプル品を主力に販売しているが、それらの出所が明らかにされていない。前掲メディアによると、Only Writeはそれが原因で当局から何度も罰金を科せられているほか、HARMAYも規定に合わないラベルを付けた大手ブランドのサンプル品を販売したとして、こちらも罰金刑を受けたという。
HARMAYの共同創業者である鞠春茂氏は中国メディアの取材に対し、「200のブランドと提携しているが、一線級の大手ブランドの販売ライセンスは取得しておらず、商社を通じて調達している」と答え、正規ルートではないことを認めている。
同時に消費者から飽きられたことも一因だ。さまざまな店舗が華々しく登場した当初は、趣向を凝らした内装デザインをKOLが拡散し、消費者の目をひいたが乱立するにつれ似たような店舗が増え、新鮮味が薄れていった点は否めない。
化粧品を見る目が肥えた顧客のニーズに応えるセフォラの「True Retail」
こうした状況のなかでセフォラが好調なのは消費者の信頼感が大きい。リテール業界メディア「聯商網」によると、中国では2023年8月時点で90以上の都市に328店舗を展開している。2020年には275店舗だったので、コロナ禍でも店舗数は増加している。
セフォラ・グレーターチャイナ総経理の陳冰氏は、2020年に中国メディアに対し「セフォラの考える“成功”とは、出店数、売上高、成長率といった指標ではなく、中国に適したセフォラモデルを確立し、なおかつ持続可能性を備え、それらを実現できていることにある」と語っている。中国においては扱う商品が正規品という信頼感も勝ち得ているが、そもそもセフォラの成り立ちが「購入前に自由に試せる」を前提にした小売店であり、消費者ニーズをくみ取って成長してきた企業でもある。

出典:セフォラ中国 公式サイト
中国ではその消費者のニーズにどのように応えていくのか、その概念を陳氏は「True Retail」と称している。すなわち、セフォラ中国では、EC、リアルにかかわらず、店舗内での体験の最大化を前提に、自社サイトやアプリ、中国版LINE「WeChat(微信)」などのデジタルプラットフォームを活用し、幅広いユーザーにリーチしてきた。「消費者のいる場所には我々の店舗があり、顧客が必要とするものを提供する」と陳氏は強調する。
セフォラがこうしたデジタル施策の取り組みはじめたのは最近のことではない。仏パリで創業され、1997年にLVMH傘下となったセフォラは、米国・欧州をベースに徹底した顧客中心主義とそれを実現するテクノロジーのさまざまなトライアルを行ってきた。2005年に中国に進出したときには、すでにかなりのノウハウを蓄積していた。
陳氏によると、中国に進出した2005年からオムニチャネルを志向し、翌2006年には自社サイトでの販売を開始した。2016年頃からWeChatのミニプログラム、「JD.com(京東商城)」「Tmall(天猫)」「RED(小紅書)」、出前アプリ「Meituan(美団)」といったプラットフォームに次々と出店してきた。
中国では2020年頃からライブ配信の利用が増えはじめたが、セフォラは2016年に米国で動画を含むコンテンツ専用スタジオを立ち上げていたことから、そのノウハウを用いて中国ではいち早く2017年のクリスマス商戦にはすでにライブを実施できていた。当時はメイクコンテストの模様を配信し、130万人がライブ視聴し、累計で7,000万近いユーザーが視聴したとされる。
2019年頃からは、商品がユーザーの手元に届くまでのスピードをアップする“クイックリテール”にも取り組んだ。中国のオンラインショッピングでのセールイベント「618」は6月18日を中心に開催されるが、前出の聯商網によると、2023年の当日、Meituanが運営する即時配達EC「Meituan Instashopping(美団閃購)」からの受注額が前年の16倍以上に達し、乳液やフェイスクリームなどの商品の受注はやはり前年と比較して数倍となった。
Meituan Instashoppingを通じては、上海にある30以上のセフォラの店舗から商品の購入が可能だが、直近の2023年6月の売上は同年1月に比べ50%以上増加。ウルムチや昆明などの都市の一部店舗では、クイックリテールの売上高が前年の10倍近くの実績を達成した。
セフォラは商品の品揃えも豊富だ。聯商網によると、セフォラ中国では200ほどのブランドを取り扱っているが、その内訳は、50%が海外の一線級ブランド、35%が独占契約を結ぶブランド、15%がPB(プライベートブランド)だとされる。日本ブランドでは資生堂、コーセー、イッセイ ミヤケなどを販売している。
2014年ごろからは「ドクタージャルト」や「The history of Whoo」など韓国ブランドの人気が高まったが、それが下火になった2017年からは、中国ブランドを積極的に扱うようになった。2020年には「MAOGEPING(毛戈平)」や「Inoherb(相宜本草)」などのハイエンドから「YES!IC」などの低・中価格帯まで、さまざまな現地ブランドが棚に並ぶようになった。
「中国ブランドの台頭を受けて、セフォラは高品質な中国ブランドとの提携を徐々に進め、ユーザー一人ひとりのニーズを満たすよう努めている」と先に紹介した記事で陳氏は述べている。各国のセフォラがそうしているように、新興ブランドも積極的に扱い、インキュベーションとしての役割も果たしているともいえるだろう。
上海の未来コンセプト店にみる中国セフォラの戦略
セフォラは同様に、各種テクノロジーによる顧客体験を重視してきた。ロレアルグループ傘下のModiFaceと提携し、バーチャルメイクを提供するスマートミラーを開発、2016年に店舗に導入した。
2019年には、セフォラ上海新天地広場店に「ビューティコミュニティ(美力社区)」と呼ばれる体験エリアを開設した。S字型にメイク台を並べた「BeautyStudio」が設けられ、WeChatのミニプログラムから予約すると15分間、ビューティアドバイザー(BA)によるメイクのタッチアップが受けられる。報道によると、セフォラでは売上の20%がこうした体験サービスに起因しているとされており、体験サービスはセフォラの販売戦略のひとつの柱に位置づけられている。
加えて、さらなる顧客体験を提供することを目的に、2023年6月には未来コンセプト店を上海にオープンした。同コンセプトの店は、シンガポールに次ぐアジア2店舗目で、店舗面積500平方メートルの半分を体験エリアが占める。

出典:LVMH公式サイト
フロアはひょうたん型になっており、店に入ってからくびれまでの半分にはハイエンドブランドの商品が陳列され、残り半分は、スキンケア用品の陳列やデジタル体験エリアとなっている。メイクアップ、スキンケア、ヘアケアにおいて、デジタルツールとBAによる有人サービスを有機的に組み合わせることで、消費者にさまざまな体験を提供する設計だ。
メイク用品の購入を検討する際には、テスターで実際に商品を試すことができるほか、タブレットを利用したバーチャルメイクも可能で、BAに相談もできる。スキンケア用品については、電子タグを通じて商品情報を得たり、実際に試用したりもできるほか、店内には端末が設置されており、効能や成分など各自のニーズに合わせた商品のレコメンドも可能だ。あわせて、BAからコンサルティングを受けられる。

出典:Weibo
さらにヘアケア用品では、デジタル機器による頭皮チェックサービスを提供。その結果をもとにBAが各ユーザーの状態を把握し、適切な製品をすすめる。また、ひょうたん型フロアの一番奥には、ユーザーや会員向けの体験サービスを提供する部屋を設け、毎週テーマに沿ったメイクやスキンケアのレッスンクラスなどを開催している。
あわせて、店内には近距離無線通信(NFC)を導入し、スマートフォンを商品の電子タグに近づけるだけで成分や効果、ユーザー評価などの情報を見ることができる。ここでのユーザー評価は、セフォラの公式サイトやミニプログラムなどを通じて購入したユーザーによるものとみられる。
これらのシームレスな体験が顧客のスティッキネスとショッピングの満足度と購買意欲を高めていくのは間違いない。これらも、実は2017年にパリ郊外からスタートしたBeauty Hubで、あるいは同年の米ボストンとホーボーケンのセフォラ・スタジオですでにシームレス体験づくりに取りくんでいたことから、この上海の未来コンセプト店もそのノウハウが存分に生かされるはずだ。
繰り返しになるが、セフォラが競合の中で際立つのは、正規品であること、中国の新興ブランドをインキュベートする姿勢、そしてリテールにおけるシームレスなDXの豊富なノウハウだ。これらが、いま中国の小売領域でセフォラを別格たらしめている。
Text: チーム・ロボティア(Team Roboteer)、BeautyTech.jp編集部
監修: 秋山ゆかり(Yukari Akiyama)
Top image: セフォラプレスリリース