
LVMH香水・化粧品部門、元ロレアルCEOを招聘し中国展開のまき直しを図る
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アフターコロナに移行し、業績が好調のLVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン。中国市場も例外ではないが、ファッション・革製品部門の活況に比べると、美容部門が伸び悩んでいる。その課題と今後どのように立て直しをはかるのかについて、LVMHグループの動向に詳しい経営コンサルタント 秋山ゆかり氏の解説をまじえながらひもとく。
LVMH、中国市場も2桁の伸びの一方で香水・化粧品部門は苦戦
LVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(以下、LVMH)の2023年第1四半期(1〜3月)のグローバル全体での売上高は、前年同期比17%増の210億3,500万ユーロ(約3兆1,117億円)だった(プレスリリース)。セクター別では、ファッション・革製品部門が18%増の107億2,800万ユーロ(約1兆5,869億円)でボリュームが最も大きく、香水・化粧品部門は11%増の21億1,500万ユーロ(約3,128億7,000万円)だった。
日本を除くアジア地域の売上高は14%増で全体の36%を占め、地域別1位だった。ジャン・ジャック・ギオニー最高財務責任者(CFO)によると、中国事業も伸び率が2桁と好調で、新型コロナウイルス感染症対策による需要低迷からの回復が鮮明になっている。
同グループは引き続き中国市場を重視している。中国メディアによると、グレーターチャイナ(中華圏)の本部を香港から上海に移すことを計画しているという。ギオニー氏は中国事業について全体的には「極めて楽観的」との態度を示している。だが一方で、中国における美容部門に関しては、いくつかの課題が浮上している。
中国展開のスキンケアブランドCHA LINGにおけるブランドストーリーの誤算
たとえば、LVMHグループ傘下のラグジュアリースキンケアブランド「CHA LING(茶霊)」は2022年、実店舗とテンセントのメッセージアプリ「WeChat(微信)」のミニプログラムの店舗を閉鎖した。同グループの小売チェーン、セフォラとアリババグループのECプラットフォーム「Tmall(天猫)」での販売は続けるという。
LVMHグループの動向に詳しい経営コンサルタントの秋山ゆかり氏は、2016年にスタートしたCHA LINGが、中国の消費者が求めるブランドのあり方とマッチしていなかったのではないかと指摘する。
「中国のユーザーは、中国国産ラグジュアリーブランドや伝統的な漢方成分を配合した製品への購入意向が高まっている。CHA LINGは、原料は中国由来のプーアル茶成分を使っているが、ゲランのプロジェクトとしてゲランが見出した成分で、フランスで技術開発したというブランドストーリーが、自国文化を称揚する傾向にある中国の消費者にアピールしなかった。その意味で、(LVMHには)機能訴求と中国文化の両面をもつラグジュアリースキンケアブランドがポートフォリオに必要だろう」(秋山氏)

出典:LVNH公式サイト
CHA LINGだけでなく、P&Gの「東方季道」など、グローバル大手各社が“中国風”を取り入れたブランドを立ち上げているが、実はこれらもうまくいっているとはいいがたい。ブランドを特徴づけるストーリー性はともかく、製品の機能性面の訴求の弱さが要因ではないかと分析する中国メディアもある。中国のユーザーは、「この製品を使用するとどういう効果が得られるのか」をシビアに判断する傾向があるからだ。
加えて、多くの欧米企業が直面しているのが「中国市場でどのようなブランドを作り上げるべきか」というコンセプトの確立だと、秋山氏は2つめの課題を指摘する。
「欧米では、多様な消費者にあわせて、異なる文化への配慮、ジェンダー表現などを尊重することが大切だが、中国では政府の見解に気配りすることも重要なポイントとなる。またアジア圏では、消費者が高級ブランドを選ぶ理由として、ブランドが何を語っているかというよりも、ブランドの威信を重視する傾向がある」(秋山氏)
美容業界専門メディアのCBOの報道によると、同じくLVMH傘下ブランドであるKENZOの香水やスキンケア用品を扱うTmall旗艦店も閉鎖した。香水市場は中国で急拡大しているが、KENZOはその波には乗れなかったようだ。セフォラでの販売は続けるという。
新設された上海のR&Dセンターはひとつの打開策となるか
LVMHグループの美容部門が中国で苦戦しているのは、ヒットブランドが少ないためだという見方もある。こうしたなか、LVMHは同部門を強化するための施策を打ち出している。
LVMHは2023年、パフューム&コスメティクス事業部の会長兼最高経営責任者(CEO)にステファン・リンデルクネッシュ(Stephane Rinderknech)氏を任命した。リンデルクネッシュ氏は2022年6月にグループ入りし、LVMHホスピタリティ・エクセレンスの会長兼CEOを務めていた。
リンデルクネッシュ氏は2011年に中国に渡り、ロレアル中国の全部門と企業運営を統括する社長兼CEOを務めたこともあり、中国の事情に通じている。しかも同氏がCEOだった時代は、ロレアル中国が大きく成長した時期と重なる。報道によれば、中国の化粧品部門を立て直すことを目的のひとつに、LVMHは同氏を起用したと推察されている。
さらにLVMHは2023年5月、上海市浦東新区に2,200平方メートル超の広さの「LVMHビューティアジアR&Dセンター(LVMH美妆亚洲研发中心)」をオープンした。同センターは「アジア・中国に根を下ろし、世界の美を創造する」ことを使命とし、消費者ニーズと未来のトレンドを洞察。化粧品産業の先端技術、原材料開発、調合の革新、持続可能な発展と未来の化粧品にフォーカスするとしている。サステナビリティの観点では、同センターのラボではすでにペーパーレスを実現し、原材料から調合、包装、生産に至るまで環境に配慮した製品の開発に取り組んでいるとする。

出典:網易 Net Ease
同センターはフランス本国のR&Dセンターとも連携し、革新的思考とブランドコンセプトを組み合わせ、産業チェーンの上流から下流までの企業との協調的な発展を推進し、中国におけるイノベーションを科学面から後押しするという。
セフォラは中国でもアクセラレータープログラムをローンチ
LVMHグループが中国の美容業界で強みとしているのは、ビューティブランドよりも、化粧品小売チェーンのセフォラのほうだ。2022年時点で中国の90都市に324店舗を展開している。同時にセフォラは2023年5月に台湾市場から撤退することが発表された。選択と集中により、中国での投資をさらに強化するとみられる。
これまで中国市場では海外ラグジュアリーブランドを主力商品としていたセフォラだが、昨今の中国国産ブランドの隆盛を受け、中国ブランドにも注力を始めている。2022年6月には、セフォラは「メイド・イン・チャイナ」ブランドに特化したアクセラレータープログラムをローンチした。向こう3年以内に5ブランドが売上高1億元(約19億5,000万円)を超えることを目指しており、中国ブランドの世界進出をバックアップする構えだ。
報道によると、今回のプログラムではCHA LINGのほか「WEI(蔚藍之美) 」「MAOGEPING LIGHT(毛戈平 光韵)」「Herborist TaiChi(佰草集太极)」「INOHERB TANG(相宜本草唐)」「YUMEE(瑜冪)」「COLOR STUDIO BY MARIE DALGAR(瑪麗黛佳色)」など、11の新興ハイエンドブランドを支援している。またセフォラは同月、トラベル・リテールが活況を呈する海南島に初出店したが、同店初のショップ・イン・ショップとして、WEIに販売スペースを提供している。

出典:TRENDSSports Weiboアカウント
セフォラは、2016年から米国でアクセラレータープログラムを開始しており、2023年3月には同じく米国で、TikTokとともにインキュベータープログラムを実施すると発表した。これは、新興ブランドがインフルエンサーと連携することを目的とするものだ。パイロット版には、2021年のアクセラレータープログラムで支援を受けた「イーデム(Eadem)」「トピカルズ(Topicals)」「ハイパースキン(Hyper Skin)」の3ブランドが参加するという。中国でも今後、こうした米国での経験を反映したプログラムがスタートすることも考えられそうだ。

出典:SEPHORA 公式Weiboアカウント
LVMHは傘下のプライベートエクイティL Cattertonを通じて新興ブランドなどに投資を行っているが、とくにスキンケアやヘアケアブランド分野に強いとされる。2021年には米国の「ファンクション・オブ・ビューティ(Function of Beauty)」に、2022年には英国「シュガー・コスメティクス(SUGAR Cosmetics)」に投資をしている。
そのL Cattertonは2022年、人民元建てのファンドを設立している。20億元(約390億円)を集めることを目標とし、資金の半分以上をベンチャーキャピタルに、残りを成長型企業に投資する計画とする。L Cattertonの公式サイトによると、美容分野ではすでに中国ブランド「MARUBI(丸美)」に投資をしている。
投資と研究開発の強化で中国での収益を拡大させようとするLVMHだが、中国市場では、ロレアルなどのグローバルブランド各社がすでに先行している。
「プラダやバーバリーはニューリーテールコンセプトを掲げ、中国を含む世界各地で、この2年ほどさまざまな取組みを展開しており、その成果として中国市場でもプラスの結果を導き出している。ファッション事例だが、面白いのはバーバリーの取組みだ。ラグジュアリー子供服マーケットで多数の成功を収めており、ラグジュアリーを意識するミレニアル・Z世代の取り込みに加え、アルファ世代の取り込みにも成功している。少し遅れをとったかもしれないが、LVMHは、そもそもトライアンドエラーのフットワークが軽いという企業文化もある。施策を実行するプロセスで知見をためて成功モデルをつかんでいくのではとみている」(秋山氏)
Text: チーム・ロボティア(Team Roboteer)、BeautyTech.jp編集部
Top image: T. Schneider via Shutterstock