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花王とパナソニック、ファインファイバー用“精密機器”で協働、1,000億円事業へ

◆ English version: More than skin deep: Kao and Panasonic co-develop high-precision device for weaving fine fiber in a new 943 million-dollar business
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未来の皮膚=フューチャースキンを実現する独自のファインファイバーテクノロジーを、初めてスキンケア分野で実用化した花王の新製品「バイオミメシス ヴェール」。本製品の要であり、極薄膜の形成に欠かせない精密美容機器の開発は、パナソニックとの協業あってのものだ。花王、パナソニック両社の開発担当者に企業文化の違いを乗り越えたコラボレーションの道のりを聞いた。

2019年11月1日、花王は、極細繊維を直接肌に吐出して積層型の極薄膜を形成するファインファイバーテクノロジーを応用した商品を、花王の「est」から日本を含むアジア圏で、カネボウ化粧品の「SENSAI」からは欧米圏を中心に発売すると発表した。

バイオミメシス ヴェール」は、夜のスキンケアの最後に行う2ステップからなるスペシャルケアで、「ヴェールエフェクター」(美容液)を肌になじませたあとに、「ヴェールディフューザー」(高性能小型機器)に「ヴェールポーション」(化粧液)をセットして肌に直接吹き付ける。これにより、肌の上で極薄ヴェールが形成され、ひと晩中、肌の湿潤環境を整えるという、これまでにないナイトケア習慣を提案するものだ。

不織布の繊維を細くできないかという命題から研究がスタート

花王が、ファインファイバーテクノロジーの開発に取り組んだのは、今から13年前の2007年に遡る。床掃除シート「クイックルワイパーの改良」という命題のもと、クイックルワイパーのほか、おむつやマスクなどにも使われている不織布自体の性能を高める研究に着手。ナノファイバーをつくる技術には、当時注目が集まっていたエレクトロスピニング法という極細紡糸技術を採用した。

エレクトロスピニング法とは、極細の糸を電気的に紡ぎ出す技術で、プラスに帯電したポリマー溶液を、マイナスに帯電した対象物に向けて噴射することで、溶液が糸状に引き伸ばされながら勢いよく噴射し、表面で幾層にも重なり合って膜を形成するというものだ(下記画像参照)。

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エレクトロスピニング法を用いた
ファインファイバー技術。
1本の糸が左右に振れ、
幾層にも重なり合いながら膜を形成する。
提供:花王株式会社

繊維が細くなればなるほど、柔らかさや感触、密着性というさまざまな性能が桁違いに変わることは想像できた。しかし、シート状では取り扱いが非常に難しく、研究は難航した。それを打開したのが、「肌に直接吹き付けてはどうか」というアイディアだった。「さっそく、試してみたところ、端面がなく、肌に自然になじんで剥がれにくいことがわかった。

さらに、社内の異なる分野の研究者が、積層型極薄膜は、肌表面を均一になめらかに整えるだけでなく、肌の動きに自然に追随し、高い毛管力(繊維と繊維の隙間が管のような役割を果たして液体を吸い込む力)により、化粧品製剤を保持したり、均一化したりするのに極めて優れていることを指摘。こうした特性を鑑みて、皮膚にのせる皮膜としてスキンケア分野に使用できるのではないかと具体的な検討が進んだ。花王では、基礎研究を担う「基盤技術研究」と技術を実用化する「商品開発研究」が交わりながら研究・開発を推進する「マトリックス運営」が特徴で、その強みが発揮された瞬間だったという。

そこで、「一般的な生活環境下で極薄膜を安定して形成するための美容機器の開発を目指し、装置の小型化と、最適な電圧・流量制御の検討が始まった」と話すのは、花王株式会社コンシューマープロダクツ事業部門ソフィーナ事業部開発マネジャー 楠見伸子氏。この時点で、研究をスタートしてから11年の月日が流れていた。

ピストル型画像s

初期の試作機は、
マシンガンのような形状をしていた。
提供:花王株式会社

精密機器開発に向けて、パナソニックとの協業がスタート

商品化を実現させるためには、女性が片手で持てるサイズで、かつ安定してポリマー剤を噴霧できる精密機器の開発が必要だった。そこで2015年秋に、美容家電の開発・製造にノウハウを持つパナソニックに協力を依頼した。

パナソニックで美容家電を担当するアプライアンス社ビューティ・パーソナルケア事業部 商品企画部 エステ・レディ商品企画課 課長 北岡慶子氏は、「協力依頼の話がきた当初は、将来、商品化されるかどうかもわからない状況だったため、社内の限られた人的リソースをどこまであてたらよいか、正直躊躇していた。しかし2016年6月、花王が多人数のモニター調査を行うということでテスト機が複数台必要になったタイミングで、改めて将来的な構想も含めた中期ビジョンを説明され、花王側の本気モードに突き動かされて、社内でも正式なプロジェクトとして進めることになった」と当時を振り返る。

開発を担当した同社同事業部ビューティ・アイロン商品部 エステ商品設計課 課長 藤原充氏は、「試作機の製作は、自社製品ではせいぜい1台、多くても2台が限度。しかし、ヴェールディフューザーの開発では、結局試作機を100台も製作することになり、文化の違いも感じた。良いものを作りたいという花王の思いが非常に強かった」という。2018年にソフィーナ事業部内でプロジェクトが立ち上がってからは、商品化に向けた開発が加速していった。

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パナソニック株式会社アプライアンス社
ビューティ・パーソナルケア事業部
商品企画部 エステ・レディ商品企画課
課長 北岡慶子氏(左) 、
同社同事業部
ビューティ・アイロン商品部
エステ商品設計課課長 藤原充氏(右)

小型化、精度、開発プロセスの違い…立ちはだかる難関

開発においてもっとも難しかったのは、機器の小型化の部分だ。ポリマー剤に1万5,000ボルトの高電圧をかけてマイナスに帯電し人体にむけて噴射させる際に、自然放電してしまわないように容器内でしっかりと絶縁し、容器の外縁まで一定以上の距離を保つ必要があった。この要件を満たしながら、パウチの容量(9ml)を確保し、女性が片手で持てるサイズにしなくてはならない。また、人体をマイナスに帯電させるために、機器を持ったときに自然と指で電極を触っていなくてはならない。爪が長い女性は持ち方も変わってしまうのだが、試作機の開発はおもに男性がメインで行っていたため、当初は気づかなかったという。

「花王で実施したモニター調査の結果、誰でも自然と握れる場所に電極をつけるように工夫したり、化粧品のついた手で触っても滑らないように表面に凹凸をつけたりなど、細かい調整を何度も繰り返した」(藤原氏)。

また、極微量のポリマー剤を吸い上げて繊維化するのにはギアポンプが必要で、その精度向上も一筋縄ではいかなかった。ミクロン単位の精度のギアを作成し、毎分110mg(7〜8秒で一滴程度)の速度で剤を吸い上げなければならない。ギアポンプ自体は非常にシンプルな技術だが、その小ささと精度が求められるため、試作金型を3回も作り直し、量産用金型は日本でも最高レベルの精密金型メーカーにオーダーしたという。藤原氏は、「長いエンジニア経験でも、ここまで精度が求められた部品は初めてだった」と振り返る。また、剤が通液する部分の樹脂の安全性や、使い続けていくうちに溶出しないかなど、部品の素材選びについても、いつも以上に気を使う必要があった。

「化粧品メーカーと家電メーカーとでは、商品開発のプロセスや、それぞれ関門となる視点が異なる。ゴールまでの時間軸が決まっているなかで、それらを一つひとつクリアしていきながら、タイミングよく試作機を提供するのが非常に難しかった。でも、絶対に乗り越えなければいけない壁をクリアする方法は、とことん考えればなにかでてくる。これがだめだから商品化はあきらめようという選択肢は、私の経験上ありえなかった」(藤原氏)。

開発プロセスだけでなく、生産段階における重要性の違いもあった。たとえば、量産前の評価審査について、花王では試作を繰り返したあとに最終商品仕様で試作生産を行うが、パナソニックでは、金型を発注する前段階での仕様が重要視される。こうした細かな違いをすり合わせながら、次々と起こる難題を乗り越え、無事に製品化までこぎつけることができたのは、ひとえに「信頼関係があったからだ」と北岡氏は話す。

「商品化までなんとしてでもやり抜くという覚悟と気概をもって、同じ方向を向いて取り組むことができた。花王は、ただ要求を突きつけるのではなく、一緒にモノづくりをしているという感覚が強く、試作品に対するフィードバックやモニター結果などもすぐに連絡があり、密にコミュニケーションを取りながら進められたのもよかった」(北岡氏)。

花王側が話を持ちかけてから4年の歳月をかけて共同開発された「ヴェールディフューザー」は、企業文化の違う2社のオープンイノベーションの結晶ともいえよう。

ファインファイバーテクノロジーで、将来的には1,000億円規模の事業へ

estは、2019年12月4日から東京、名古屋、大阪などの百貨店6店舗と銀座の直営店で先行販売を開始した。一式揃えると7万円(税別)する商品だが、売上は想定通り、堅調に伸びているという。

花王のコンシューマープロダクツ事業部門ソフィーナ事業部 新開龍一郎氏は、「蓋をあけてみると購入者の8割が初めてestを購入する新規顧客だった。通常のスキンケアアイテムの新規顧客が2割程度であることを考えると非常に高く、これまでにないスキンケアを試してみたいという層に受け入れられている」と分析する。購入者からは、「朝、ヴェールを剥がしたときの肌触りが違う」「夜寝ている間に効率よくスキンケアができるのが新しい」「エステの代わりをしてくれる」といった声が届いているという。

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花王株式会社
コンシューマープロダクツ事業部門
ソフィーナ事業部
開発マネジャー 楠見伸子氏(左)、
同社同事業部 新開龍一郎氏(右)

現在では、国内のest約100店舗に導入を拡大しており、西武・そごうのe.デパート、伊勢丹のmeecoやHANKYU BEAUTY ONLINEなどのECサイトでの販売も始まっている。アジアでは、中国の越境ECサイトTmall(天猫)est旗艦店での発売開始を皮切りに、韓国の免税店(新世界)やシンガポール、香港、台湾、中国でも発売していく。SENSAIについても、英国やフランスの旗艦店での発売がスタートしている。

花王の新開氏はデジタルマーケティング施策について、「YouTuberとの取り組みにより、使用体験をデジタル上で伝える施策を行う一方で、顧客にはまず、実際の体験を通して使用感を実感してもらうことが大事だと考えている。今後はホテルやエステサロンと連携して、体験の機会や場を増やしていく予定だ」と話す。その第一弾として、コンラッド東京の「水月スパ&フィットネス」で、「バイオミメシス ヴェール」を用いたスペシャルメニューの提供もスタートした。

花王では、今後、極薄ヴェールを形成するポーション(化粧液)や組み合わせて使うヴェールエフェクター(美容液)の剤を変えることで、メイクやボディメイクなどにも応用できるよう新商品の開発を進めている。

花王の澤田道隆代表取締役社長は2019年11月1日に開催した新製品発表会の場で「ファインファイバーテクノロジーを、将来的には医療分野にも応用して1,000億円規模の事業にしていく」と発表した。この技術は、人工皮膚と呼ばれる分野では現在のところ、その薄さや自然さ、性能、そして実用化において一歩リードしているといえるだろう。社内と社外のそれぞれのオープンイノベーションが、まさに1,000億円への第一歩となる好スタートを支えたのだ。

Text: 小野梨奈(Lina Ono)

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