見出し画像

プライベートコレクションの台頭、マルチカルチャー化に注目【フレグランス・イノベーション・サミット(後編)】

◆ 新着記事をお届けします。以下のリンクからご登録ください。
Facebookページメルマガ(隔週火曜日配信)
LINE:https://line.me/R/ti/p/%40sqf5598o

仏パリで開催の「フレグランス・イノベーション・サミット」の現地取材をもとに香りの分野におけるイノベーションやトレンドを紹介する後編では、消費者とのコミュニケーションという観点から、大手ブランドによるプライベートコレクションの開発・強化や、ミニサイズの活用といった販売コンセプト、フレグランスにおける包括性などのトレンドを紹介する。


フレグランスのトレンドからインクルージョン、AIの活用まで

2024年11月27日に仏パリ市内で開催された「フレグランス・イノベーション・サミット(Fragrance Innovation Summit)」(以下、サミット)では、大手化粧品企業、原料メーカーなど業界関係者が集結し、数多くのセッションが開かれ、フレグランス分野におけるイノベーションやトレンド、課題や展望が議論された。

前編ではフレグランス分野の7つのトレンドのうち、スキニフィケーションをはじめ、神経科学にもとづいた機能的なフレグランス、リフィルなどサステナブルな取り組みの3つを紹介した。後編はトレンドコンセプトでもあるプライベートコレクション、ホームフレグランス、インクルージョン、そしてAIバーチャルインフルエンサーの活用の事例をレポートする。

活況を呈するプライベートコレクションとニッチフレグランス

プライベートコレクション:大手ブランドの世界観を表現した特別なプレステージコレクション

ここ10年ほど、芸術性や世界観を重視した個性的な香りのニッチフレグランスの台頭により、フレグランス市場の競争がますます激化している。世界的なヒットを狙ったマス市場向けのファッションフレグランスとは違い、ニッチフレグランスは小規模生産で調香師やブランドの世界観を大切にして開発・販売され、熱心なファンをもつブランドや製品を指す。

このトレンドを受けて大手企業による有望なニッチフレグランスの買収が続いている。一例では、エスティ ローダーは2014年に「ル ラボ(Le Labo)」や「フレデリック マル(Frederic Malle)」を買収。2022年にプーチがスウェーデン発の「バイレード(Byredo)」の過半数株式を取得している。

そして、大手企業が自社でプライベートコレクションを出す動きも活発化した。大手ブランドがニッチフレグランス的なコンセプトで単価200ドル以上の特別なコレクションを展開するケースだ。2024年はランコム、メゾン マルジェラ、ヴァレンチノ、フェンディ、ディプティックといった大手ブランドが、プライベートコレクションを開発あるいは強化して著しい成長をみせている。英国の高級百貨店リバティのような実店舗では、フレグランス売り場でのニッチフレグランスやプライベートコレクションの占める割合が高まっているという。

セッション「Market Overview : The Global Fragrance landscape(グローバル市場におけるフレグランス分野の展望)」に登壇した調査会社サカーナによれば、プライベートコレクションやニッチフレグランスの売上は前年比31%増加したとされる。

ランコム「Absolue Les Parfums」(左)、
コティ「インフィニメント コティ パリ(Infiniment Coty Paris)」
出典:ランコム公式サイトインフィニメント コティ パリ公式サイト

ミニサイズ:フレグランス販促のキーアイテム

また、サカーナは、ミニサイズあるいはトラベル用のフレグランスも12%増加しており、ミニサイズの購入者の23%がフルサイズも購入、そして、フルサイズの購入者の6.5%がミニサイズも購入しており、クロス販売で市場を成長させているとする。

この傾向はフレグランスの消費額が圧倒的に大きい米国で顕著で、ミニサイズはフルサイズの3倍の数量が販売されており、Z世代は他の世代よりも30%多く購入している。また、高価格帯のボディスプレーも若い世代を中心に125%増と伸びており、TikTokでは「#bodymist」のハッシュタグがついた動画が8億8,500万回再生されているとサカーナは示した。

ユニークな香りの拡散方法で存在感を高めるホームフレグランス

ディフューザー:ノスタルジックなぬくもりや、テレビ画面との連動

ホームフレグランスにおいては、デザインや香りの拡散方法が独創的な新しいディフューザーが登場している。たとえば、仏ディプティックが発売した「バランシング ディフューザー」は、香りを含ませたセラミック製の白いスティックと丸い木製のベースで構成され、おもちゃの“おきあがりこぼし”のような動きでゆっくり揺れ、香りを拡散させる仕組みだ。同ブランドは過去にガラス製の砂時計型ディフューザー「ル・サブリエ」を発売しており、香りに包まれる時間やプロセスを楽しむコンセプトが特徴だ。

「バランシング ディフューザー」
出典:ディプティック公式サイト

また、LVMHグループのオフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーは、香りのビーズを入れたメタリックケースを壁のフックなどにかけて香りを放つ「ボワット・メタリック・オドリフェラン」を発売。同ブランドは2022年には電球の熱によってキャンドルの蝋を温めて香りを引き出す「ランタン・オドリフェラン」、また、2020年にはセラミック製のペンシル型ディフューザー「クレヨン・オドリフェラン」を発売している。

「ボワット・メタリック・オドリフェラン」
出典:オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー公式サイト

両ブランドともノスタルジックな発想の製品が多く、独自の世界観を表現することで市場での存在感を高め、顧客をつかむ意図がうかがわれる。

さらに、AIベースのソリューションを提供するiRomaScents は、自宅のテレビと香りを連動させて、画面に映る映画やビデオゲームのシーンに合わせた香りを放出するデバイスを開発し、ホームエンターテインメントをよりリアルに楽しむ体験を提案する。

出典:iRomaScents公式サイト

ソーシャルアクションの側面をもつフレグランス

包括性:マイノリティサポートや独自のローカルブランドの誕生

インクルーシブな製品開発やコミュニケーションはフレグランスの分野でも進化がみられる。製品面では、米国ブランドのアバクロンビー&フィッチ(Abercrombie & Fitch)の香水「Fierce」では、LGBTQ+コミュニティーのムーブメントであるプライド月間の限定モデルとしてレインボーカラーのパッケージを発売。また、ディオールのアイコニックな香水「ジャドール」では、俳優のシャーリーズ・セロン氏が長年ミューズを務めていたが、2024年に褐色の肌でバルバドス出身のリアーナ氏が抜擢されて話題となった。

「Fierce」
出典:Abercrombie & Fitch公式サイト

また、アフリカ大陸では独自の文化やアフリカ産の原料に光をあてたローカルブランドも誕生している。物流など課題は多いものの、ガーナではアフリカ神話の伝説に着想を得たフレグランス「Scent of Africa」が登場、トレンドセッターの南アフリカでは Mami Wataのフレグランスが人気を博している。人種や国を超えた多様性のある美容イベントプラットフォーム「The Colors」の主催者アウェヤ・モハメド(Haweya Mohamed)氏は、サミットのセッションで「(人口増加により大きな市場となる)アジア、アフリカ、ラテンアメリカの消費者の香りの嗜好や選ぶ基準、そして感受性は、欧州や北米市場とは異なる」と指摘し、フレグランス業界のさらなるマルチカルチャー化の必要性を強調した。

AIがサプライチェーンや顧客コミュニケーションに果たす役割

昨今のデジタル化により、フレグランスもオンライン購入が普及しつつあるが、マーケティングや購買プロセスにおいては、五感への考慮や特別な体験は依然として重要であり、顧客体験のさらなる刷新や最適化が必要とされる。AIは、原材料の選定、市場や消費者インサイト分析、パーソナライズした製品のレコメンデーションなど、製品開発のあらゆる面で重要な役割を果たすとともに、コストを抑えつつクリエイティビティの幅を広げる生成AIを活用した広告なども今後さらに加速するとみられる。

AIバーチャルヒューマン:Z世代との親和性の高さからキャラクター起用の増加も

SNSマーケティングでは、AIバーチャルヒューマンがフレグランス分野でも起用されている。バーチャルインフルエンサーの先駆者といわれる米カリフォルニア州を拠点とするリル・ミケーラ(@lilmiquela)は、プラダやシャネルといった高級ブランドとのコラボで注目を集め、インスタグラム単独で240万人のフォロワーを誇るが、それを大きく上回るのがブラジル出身のルー・ド・マガルー(@magazineluiza)だ。Instagram単独で760万人のフォロワーを抱え、生活雑貨からビューティ、ウエルネスなど幅広い分野で企業とコラボし、多くのターゲット層にリーチしている。バーチャルインフルエンサーはSNSでの投稿頻度を増やすことが生身の人間より簡単でコンテンツ制作の自由度も広く、ターゲット層の注目を集め続けられる点でブランドのニーズを満たしており、デジタルキャラクターに親和性の高いZ世代向けのブランドには適したアプローチといえそうだ。

サミットでは、フレグランスの最新トレンドをはじめ、持続可能な開発を可能にするイノベーション、リフィルやボトルの再利用など循環型経済の実現に向けた取り組みの進捗状況や課題などが共有された。前編で述べたように、世界的にウェルビーイングが大きな関心を集めており、製品や体験を通して楽しさと喜びを提供する「ジョイ・エコノミー(Joy Economy)」を築きうるフレグランスは大きな成長が見込まれる。サカーナのマチルド・リオン(Mathilde Lion)氏は、「フレグランスブランドが成功するには、ウエルネス、セルフケア、現実逃避などのトレンドを活用しながら、ポジショニングと需要創出にフォーカスすることが必要だ」と話している。

次回のフレグランス・イノベーション・サミットは2025年11月26日開催を予定している。

Text: 谷 素子(Motoko Tani)
Top image: フレグランス・イノベーション・サミット公式サイト