
フレグランスがスキンケア化、感情にもより働きかける存在に【フレグランス・イノベーション・サミット(前編)】
◆ 新着記事をお届けします。以下のリンクからご登録ください。
Facebookページ|メルマガ(隔週火曜日配信)
LINE:https://line.me/R/ti/p/%40sqf5598o
世界的に盛り上がるフレグランス業界。2025年に進むであろうトレンドが示されたのが2024年11月にパリで開催された「フレグランス・イノベーション・サミット」だ。現地取材でわかった7つのトレンドを2回に分けて紹介する。前編では、コンセプトとしても、また、開発過程でも進むフレグランスのスキンケア化と、神経科学などに裏打ちされた感情に働きかける機能的な香り、そしてサステナビリティの現在地についても取り上げる。
消費者が求めるのは心に喜びを与えてくれるウェルビーイングなフレグランス
仏パリで毎年開催される「フレグランス・イノベーション・サミット(Fragrance Innovation Summit)」(以下、サミット)が2024年11月27日に行われた。仏美容業界メディア「Premium Beauty News」が主催するこのイベントは、大手化粧品企業、原料メーカーなど業界関係者が集結し、フレグランス分野におけるイノベーションやトレンド、課題や展望などが議論される。第7回を迎え、英国、日本からもゲストスピーカーが参加した。
欧米のフレグランス市場では、環境に配慮した容器設計やリフィル、アルコールフリーでウォーターベースの処方などクリーンで持続可能な製品開発が急速に進んでいるほか、原材料調達、製造工程などすべてのバリューチェーンで透明性が求められ、企業は規制を含めたこの環境下でブランドアイデンティティを維持しながら独自性や価値の創出に取り組んでいる。
今回のサミットでは、フレグランスカテゴリーにおいてもウェルビーイングが関心を集め、「スキニフィケーション(スキンケア化)」や「神経科学」をもとに心や感情に作用する機能的なフレグランスなどがトレンドとして挙げられた。
世界保健機関(WHO)のデータによると、世界では10億人以上が何らかの精神的健康障害に苦しんでおり、日常生活に疲れていたり、戦争、経済、気候変動、セキュリティなどを心配しているという。そうしたなか、人々がウェルビーイング、なかでもメンタルヘルスについていかに美容製品に期待しているかという調査がある。
サミットのセッション「Market Overview : The Global Fragrance landscape(グローバル市場におけるフレグランス分野の展望)」に登壇した調査会社サカーナによると、クリエイティブエージェンシーのWunderman Thompsonの調べでは、61%の消費者はビューティブランドが製品やマーケティングを通して強い感情を与えてくれることを望んでおり、83%が喜びや幸せをもたらす体験を積極的に求めている。フレグランスに関しては、消費者の48%がストレス解消、集中力、活力を与えるといった身体的・精神的な健康に利点をもたらす製品に関心があり、この傾向はミレニアル世代(56%)とZ世代(49%)でとくに顕著だ。この状況から同エージェンシーは「現実逃避」が消費者衝動のトレンドで、製品や体験を通して楽しさと喜びを提供する「ジョイ・エコノミー(Joy Economy)」がビジネス成長の鍵となり、フレグランス業界の小売業やブランドは販売やロイヤリティを向上させる良い機会だとする。

出典:Fragrance Innovation Summit公式サイト
また、サカーナが2023年に23カ国で行ったフレグランスに関する調査によると、フレグランスを購入する一番の理由は「自分へのご褒美」が46%を占め、すべての年代で10人に8人がフレグランスは気分を高めるのに役立つとし、また、他人に好かれる香りよりも自分が好む香りを選び、本当に気に入った香りであれば価格がより高くても購入すると回答。さらに、10人に7人が高濃度で香りが長く持続するフレグランスを求めているとする。
このような消費者意識を受け、サミットでの数々のセッションを通して共有された、2023〜2024年に発売された製品を中心に分析したフレグランスの7つのトレンドについて、前編・後編に分けてレポートする。
スキンケア化したフレグランスと科学にもとづく感情イノベーション
スキニフィケーション:フレグランスのスキンケア化
ひとつめのトレンドは「スキニフィケーション(Skinification)」だ。スキニフィケーションとは、スキンケアと同様に肌への安全性や環境への影響を配慮して製品を考案・開発することを指す。フレグランスも肌に直接つけることから、敏感肌でも使用できるアルコールフリー、ウォーターベース、自然由来の成分、固形フレグランスなどの新製品が次々とローンチされている。
たとえば、ディオールから発売された固形のスティックフレグランス「ミス ディオール ミニ ミス」はアルコールフリーで自然由来成分を使用しているほか、仏大手ロジェ・ガレ、サステナブルブランドSIS、仏スタートアップMaison Dakotaなどは、口紅のような容器で首元や手首などに直接塗る、新しい香りのまとい方を提案している。練り香水タイプでは、米Fulton & Roarkのように携帯用のジュエリーボックスのように小さく、スライド式で簡単に開けられるデザインとし使いやすさへの配慮もみられる。

出典:ディオール公式サイト、Fulton & Roark公式サイト
また、アルコールフリーのフレグランスでは、ウォーターベースや香油(オイル配合)を用いた製品ブランドに加えて、香りの強さや持続性を強調するブランドが登場している。サステナブルな開発を追求する米Clean Beauty Collectiveは、敏感肌対応のウォーターベースのフレグランス「Clean Reserve H2Eau」を発売。アジア最大の香料メーカーの1社である高砂香料の特許技術ハイドロテック(Hydro-Tec)で肌に潤いを与えながら香りが長持ちするとしている。ディオールのメンズフレグランスからは独自処方のウォーターベースにフレグランスオイルを融合させ力強い香りを持続させる「ソヴァージュ オー フォルト」が登場した。また、米モデルのベラ・ハディッド氏が立ち上げたブランド「Orebella(オーラベラ)」はエッセンシャルオイル入りで、よく振って混ぜ合わせてから使用するフレグランスを発売、香料メーカーのDSMフィルメニッヒとロベルテグループと協働した処方で肌を保湿するとうたう。

ディオール「ソヴァージュ オー フォルト」
出典:Clean Beauty Collective公式サイト、ディオール公式サイト
また、リシュモングループのカルティエは希少なモリンガぺレグリナオイルを配合したフレグランスオイル「レ グット ドゥ パルファン コンサントレ」を発売。わずか一滴で鮮やかな香りに包み込み、かつ肌をケアするとし、スキンケアにカテゴライズできそうな製品だ。

出典:カルティエ公式サイト
さらに、スイス企業Microcapsは、特許取得の香りや成分を包み込んでカプセル化する技術を開発。香りの極小カプセルはパールのように輝いてラグジュアリーな印象を与えるうえ、使用時にカプセルが弾けて香りが放たれるセンソリエルな感動体験を提供できるとし、高価格帯フレグランスブランドへの導入を目指す。

出典:Microcaps公式サイト
「スキンケア化」の台頭はヘアケアやボディケア製品にもみられる。消費者の安全を確保するために米国で2022年に制定された化粧品近代化規制法(MoCRA)への準拠や、若い世代を中心とした消費者の「製品の成分を理解したい」という安全性や透明性の要望などいくつかの要因によって加速しており、それにともなってさまざまな処方のイノベーションが誕生している。
神経科学:科学的根拠に裏付けられた機能的フレグランス
多忙な生活や不安定な状況によるストレス、プレッシャーなどから解放してポジティブな気持ちへの切り替えを促すなど、ウェルビーイングにもとづく機能性を備えたフレグランスが複数のブランドから登場している。サカーナによると、Z世代は1つの香りだけを使用するのではなく、そのときどきの気分によって香りを選ぶ傾向にあるといい、感情に作用する機能的なフレグランスは若い世代の需要を満たすとされる。
2024年、仏スタートアップAmoiが発売したフレグランスは、香りで心を落ち着かせたり、元気を出すといった感情への作用を神経科学的に証明したことで話題となった。また、コティとライセンス契約を結ぶアディダスはポジティブな気分をもたらすムード・フレグランス「Adidas vibes」を発売。顔の表情の反応分析、神経科学、セミオロジー(記号論)の技術を活用して香りのもたらす効果を計測し、「Energy Drive」「Full Recharge」「Happy Feels」など6つのポジティブな感情を生み出すユニセックスな香りを提供する。
また、プーチグループのシャーロット・ティルブリーは、最先端の神経科学とAIで感情をブーストするフレグランスコレクションを発売。米国の大手香料メーカーInternational Flavors & Fragrances(IFF)の特許AIツールを使用して原材料を厳選し、独自の香りを開発している。
一方、日本の伝統的な香文化と最新科学の融合により機能性フレグランスを提案する日本発の化粧品ブランド シンピュルテ(Sinn Purete)は、現在の瞬間に集中して心を落ち着かせる「マインドフルビューティー」の哲学を軸に、脳波解析を活用して感情状態を最適化する香りを提案する。「心の浄化」「情熱的な目覚め」「静けさのエナジー」の3種をベースに、スキンケア、メイクアップ、ヘアケアなどのルーティーンを香りで豊かにする製品を展開。また、生理周期などから引き起こされる女性特有の感情のリズムを調和しバランスを整えるフェムケア観点のフレグランスも開発中で、2025年春に発売予定だ。

出典:シンピュルテ公式サイト
さらに、仏の香料メーカーのマン(Mane)は、香りの感情への影響を測る科学的な方法として、唾液の分析を含めた処方開発プラットフォーム「WELLMOTION™」を発表。唾液に含まれるコルチゾール、アルファ・アミラーゼ、DHEA、オキシトシンの4つのバイオマーカーを測定することで、香りに引き起こされる感情的な作用を迅速かつ正確に評価。このプラットフォームは認知科学、神経科学、心理学、言語学、AIなどを組み合わせたツールで、ブランドが望む処方の実現に貢献するとしている。
エコキャップやリフィルなどサステナビリティ施策
欧米企業の多くはCSR(企業の社会的責任)にもとづき、早期から事業の透明性や持続可能な開発に努めているが、消費者の環境配慮への関心の拡大とともに、フレグランス市場でもボトル容器の再利用、レフィル、低炭素、低エネルギーのガラス製造、水を使用しない容器洗浄などの取り組みが加速している。また、DSMフィルメニッヒなど大手香料メーカーは事業の透明性を強化、コティグループではより環境負荷の少ない原料や抽出プロセスを実現するため、大気中のCO₂から生成したエタノールを採用している。そのほか、仏企業 La fabrique végétale はぶどうの搾りかすを蒸留したアルコールを提案するなど原料のアップサイクルも進んでいる。
容器キャップの革新:エコ・コンセプトとプレミアム性
パッケージ(容器・包装)設計において、注目を集めるのはキャップのエコデザインだ。プラスチックの代替として、キャップもリサイクルしやすいアルミニウムやナチュラルな印象を与える木材などが採用されている。アルミニウム100%のキャップを採用したロレアルグループのメゾンフレグランスブランド、アトリエ・コロンは、ブルーとゴールドの2色2層構造でブランドの世界観とプレミアム感を演出。同じくアルミニウム製を採用したクリスチャン ルブタンのジェンダーレスな香り「フェティッシュ」では、同ブランドを代表する先の尖ったハイヒールに着想を得た彫像のような造形のキャップで、ブランドアイデンティティを全面に出した印象的なデザインだ。

クリスチャン ルブタン「フェティッシュ」
出典:アトリエ・コロン公式サイト、クリスチャン ルブタン公式サイト
木製キャップは複数のブランドで採用されているが、なかでも、ケリング ボーテのボッテガ・ヴェネタのフレグランス「Acqua Sale - Eau de Parfum」は、円筒ではなくわずかに波打つような形状で、かつアイテムごとにキャップの色を変えている。キャップの下部にはゴールドの金属リングをあしらい、手吹きガラスのようにあえて気泡を入れた半透明のガラスボトルにはグリーンの大理石を台座にするなど、異素材を合わせた芸術性の高い設計となっている。一方、モンクレールのフレグランス「シエル ディヴェール」やシャネルが2024年に限定販売した「シャネル N°5 ロー オードゥ トワレット」は、容器とキャップに同色のガラスを採用し、重厚感や高級感をもたらしている。

出典:ボッテガ・ヴェネタ公式サイト、モンクレール公式サイト、@cosme
容器の再利用:消費者のエコ・アクションをいかに起こせるか
また、フレグランスのリフィル対応は確実に進んでいるが、消費者がリフィルを購入するという点ではまだ低いレベルにとどまっている。一般的な詰め替えの方法としては、リフィルを単体で購入して自分でフルサイズのボトルに補充する方法と、ユーザーが実店舗に空の容器を持っていき同じフレグランスを補充してもらう方法の2つある。パネルディスカッション「How can fragrance refill transform the retail experience?(詰め替えによって、実店舗でのフレグランス体験はどのように変わるか)」では、セフォラのレティシア・キャバンヌ(Laëtitia Cabannes)氏が、すでにセフォラの店舗は複数ブランドの補充装置を設置しており、レフィルの品揃えも増えているとして、対面接客やイベントの開催でレフィルをきっかけとする顧客ロイヤリティの強化や、ユーザーの環境意識を高めて補充やリフィルへの移行を促進できる可能性を示唆。しかし一方で、消費者にとっての最も大きなリフィル購入動機は価格である現状を共有した。
同時に、フランスにはもうひとつ克服すべき課題がある。同国では循環型経済に関する廃棄物対策法(AGEC)により、2027年までに仏市場に流通する製品の10%をリサイクル容器を使用した製品にすることが定められたため、フルサイズの空ボトルを回収して再利用する必要がある。そのため、2023年にロレアル、シャネル、イヴ・ロシェなど大手フレグランス企業14社によるコンソーシアムが結成され、実店舗で容器を回収して工場で洗浄し再利用する仕組みづくりが進められている。
現在のところ、容器の回収を促進するには、こちらも金銭的なメリットが消費者の最も大きなモチベーションであることから、実店舗に空ボトルを持っていくと、新しい製品の割引、あるいは数ユーロをキャッシュバックするシステムが有効とされている。セフォラ、Nocibé、イヴ・ロシェなどの一部の店舗(50店舗)では2024年から回収が始まっており、たとえば、セフォラでは、市場で販売されているすべてのフレグランスが対象で、セフォラで販売されていない製品の空ボトルでも回収し、新しいフレグランスを20%引きで購入できる。この割引を使って違うブランドのフレグランスの購入も可能だ。このように、企業はブランドの垣根を超えた取り組みを推進しているが、循環型経済の実現には消費者が関与して積極的なアクションを起こすことが肝といえる。

左から、Fragrance Foundation Franceのアンヌ・ソフィー・トゥシェ(Anne-Sophie Touchais)氏、セフォラのレティシア・キャバンヌ(Laëtitia Cabannes)氏、Techni-Plast のロイック・ブエ(Loic Bouet)氏、We Don’t Need Roadsのアルノー・ランスロ(Arnaud Lancelot)氏、BR Conditionnementのマリー・ドゥヴォー(Marie Devaux)氏
出典:Fragrance Innovation Summit公式サイト
一方で、リシュモングループのカルティエでは、顧客のロイヤリティを高めながら、エコ・アクションを促すアプローチがみられる。同ブランドは好みのフレグランスを携帯できるアルミニウム製の香水ケース「レ ネセセール ア パルファン カルティエ」を2021年に発売している。ケースは、マグネットを内蔵しており、ガラス製の香水ボトル(リフィル)をしっかり固定できる仕組みで、表面にはブランドを象徴するモチーフなどのデザインが施され、イニシャルも刻印できる。定期的に限定モデルも発売されており、価格は510ユーロ〜1,210ユーロ(約8万2,000円〜19万4,000円)と高額だが、腕時計を長く使い続けるための電池交換やメンテナンスと同様に、顧客がフレグランスの補充をしたり、リフィルを購入するために来店するという動機づけが、宝飾品ブランドならではの手法といえそうだ。
フレグランス・イノベーション・サミットの後編では、フレグランス製品のトレンドや、インクルージョン、AIバーチャルインフルエンサーなど残りのトレンドをレポートする。
Text: 谷 素子(Motoko Tani)
Top image: フレグランス・イノベーション・サミット