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メナードの人工全顔皮膚モデル、本人の幹細胞から「顔」を再現することでパーソナルな美容提案へ

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日本メナード化粧品株式会社は、皮膚を再生する毛包幹細胞と独自の培養技術により、本人の幹細胞から本人の「顔」を再現する人工全顔皮膚モデルを開発した。顔の立体的な形状と、細胞レベルで本人の皮膚の性質を再現できるため、今後はパーソナルな美容提案や化粧品の開発、一人ひとりの皮膚の老化メカニズムの解明に役立てられるほか、再生医療、ロボット業界など他領域への応用も期待されている。


人工全顔皮膚モデル開発の背景

日本メナード化粧品株式会社(以下、メナード)は、これまでに幹細胞を利用して独自の3次元培養皮膚モデル(以下、人工皮膚モデル)の作製やその応用について研究を進めてきた。2021年には、人工皮膚モデルにゲノム編集技術を組み合わせることで、さまざまなレベルのバリア機能を持つ人工皮膚モデルの開発に成功し、Japan BeautyTech Awards 2021では大賞を受賞している。

この技術をさらに進化させ、ある特定の個人の皮膚をよりリアルに再現すべく開発されたのが、個人の幹細胞を使って全顔を再現する「人工全顔皮膚モデル」だ。本人の顔の形状から肌の性質までをそっくり再現した人工全顔皮膚モデルは、紫外線などの外的刺激やストレスに対する感受性、化粧品成分の有効性や安全性の評価、顔の形状を考慮した老化メカニズムの研究などへの応用が可能となる。また、毛髪由来の幹細胞を使うことで、近年盛り上がりをみせるiPS細胞を用いた皮膚の作製よりも短期間、かつ低コストで簡便に作製が可能だという。

“本人の顔の形”を再現した人工皮膚モデル

全顔皮膚モデルを開発した理由について、日本メナード化粧品株式会社 総合研究所 応用細胞研究グループ 主任研究員 宮地克真氏は次のように説明する。

「パーソナライズな化粧品の開発が求められている時代においては、その人の顔の老化がどのように進むのかを解析し、一人ひとりの皮膚に適した化粧品を開発して評価する技術がますます重要となる。しかし、従来の人工皮膚モデルは平坦なシート状で、かつ本人の細胞を用いていないため、一人ひとり個別の皮膚の性質を再現できていないという課題があった。そこで、従来のモデルでは捉えられていない、立体の肌内部で起こっている現象を正確に把握し検証するために、本人の顔の形と皮膚の性質の両方を再現した人工全顔皮膚モデルの開発を行った」(宮地氏)

この技術は、顔に関連した研究分野の従来の枠組みを超えたネットワークの創造や学術発表を行う第29回日本顔学会大会で発表され、着想と構想において顔学構築にインパクトをもたらす研究であるとして同学会前会長 菅沼薫氏から「菅沼賞」を受賞した。

日本メナード化粧品株式会社 総合研究所 応用細胞研究グループ
主任研究員 宮地克真(みやち かつま)氏

プロフィール/2014年に日本メナード化粧品株式会社へ入社。総合研究所に配属され皮膚の幹細胞研究と三次元培養皮膚モデルの開発業務を担当。新しい3次元培養皮膚モデルを開発し、化粧品開発に応用している。あわせて、研究に関わる知財業務を担当

化粧品開発を応用し、足場材料を選定

人工全顔皮膚モデルの作製にあたり、まず行ったのは、幹細胞の3次元培養に適した「足場材料」の選定だ。細胞を立体的に培養する技術はこれまでになく、まずはその技術を確立するところから着手した。

顔の複雑な立体構造を再現した人工皮膚を作製するためには、細胞培養の足場として使用する素材が重要で、その選定に約1年の時間を費やした。高い成型性と培地の含水性を備えた素材として、これまで化粧品などにも用いられてきたハイドロゲルを応用し、ゲル化時間のコントロールが可能なアルギン酸ハイドロゲルを選定。3Dスキャンを用いて顔の3次元形状を精密に再現した鋳型をつくり、そこにアルギン酸ハイドロゲルを注いでゲル化させることで、顔の形状を精密に再現した細胞培養の足場を作製した。

次に、真皮幹細胞を含有したコラーゲンゲル(人工真皮層)の表面に、表皮幹細胞を播種して作製した組織を培養足場に被覆させて皮膚組織を再生した。この手法で作製したモデルは、立体的に顔の皮膚を再現できていた。また、病理学的な評価から、表皮と真皮が正常に形成された皮膚組織が構築できていることや、本物の皮膚とほぼ同等の弾力性を持っていることも確認した。さらに、毛髪の毛包組織から採取した幹細胞を用いて、同様にモデルの作製をすることに成功し、個人の幹細胞から顔の形と皮膚の性質を再現することが可能になった。また、毛髪の採取から約1カ月でモデルを作製することが可能である。

人工皮膚モデル研究の近未来

メナードはこの全顔人工皮膚モデル開発にいたるまで、2003年から藤田医科大学医学部と皮膚における幹細胞の共同研究を開始している。1,000人の皮膚の幹細胞を解析し、幹細胞を起源とした肌の再生メカニズムの全体像をつかみ、それを2023年7月に発表した。

それによると、皮膚の幹細胞は、千人千様で一人ひとり大きく異なっていることや、年代とともに皮膚内部の幹細胞が減少することがわかったほか、皮膚の再生の起点はやはり幹細胞であり、幹細胞から新しい細胞が供給され、その後、その細胞が老化し、最終的に老化した細胞が除去されることで、再び皮膚の再生が繰り返されていることを突き止めた。

また、メナードは2024年8月に、皮膚内部の幹細胞の数や分布を可視化する独自AIシステムを開発し、皮膚内部の幹細胞の加齢変化を非侵襲的手法でイメージとして捉える世界初の技術も発表。「これらの技術を組み合わせることで、一人ひとりの皮膚内部の幹細胞の状態を把握し、皮膚の再生サイクルを正常に維持するために、どのようにアプローチするかを適切に見極めることができる。一人ひとりの皮膚内部の状態にあったパーソナライズ化粧品の提案を、あと数年以内には実現したい」と宮地氏は意気込む。

LC-OCT技術とAIを活用して皮膚内部の表皮幹細胞を予測するシステムの概要

幹細胞化粧品の発展性

現在、人工皮膚モデルの研究には、他人の皮膚細胞を使う方法、本人の皮膚細胞を使う方法、そして、iPS細胞を用いて皮膚を再生する方法の大きく3つの方向性がある。

iPS細胞は受精卵のような状態の細胞を作製する、つまり、どの細胞にもなれる状態の細胞であるが、これに対して幹細胞にはさまざまな種類があり、皮膚にとっては皮膚をつくる幹細胞が重要だ。そして、iPS細胞も幹細胞自体も一人ひとり異なる。「iPS細胞作製技術や幹細胞の培養技術が今後さらに進化すれば、将来的には、本人の細胞から本人の皮膚を再現できるようになり究極のパーソナライズ化粧品の開発が可能になる」と宮地氏は予測する。

いずれにおいてもカギとなるのはそれぞれの細胞の培養技術で、どのような培地や足場を使うかといった技術の蓄積が重要だという。その点においては、メナードは幹細胞を用いて平面ではなく立体的に培養できる独自の培養技術や、幹細胞を用いた個人の皮膚の再現において、他社を一歩リードしているといえる。

メナードでは、今後も人工皮膚モデルに毛や毛穴、神経、血管を組み込んだり、人工筋肉で表情を再現したり、血液成分に似た培養液を使用することで、本当の人の皮膚に近い状態を反映した皮膚モデルの研究を進めていくという。

「顔を細部まで再現できれば、さらに高度な研究や製品開発が可能になる。こうした研究と並行して、皮膚の移植医療やロボットの被覆材としての活用など、他分野での応用についても検討していきたい」(宮地氏)

Text:小野梨奈(Lina Ono)
Top image & photo: 日本メナード化粧品株式会社