見出し画像

三越伊勢丹がメタバース起点イベントでファッション業界の課題と未来を提示する理由

◆ 新着記事をお届けします。以下のリンクからご登録ください。
Facebookページメルマガ(隔週火曜日配信)
LINE:https://line.me/R/ti/p/%40sqf5598o

三越伊勢丹が開催した「FUTURE FASHION EXPO」は“もしも”の未来の暮らしを想像することからファッションの可能性を考えるリアル×メタバース横断イベントだ。その背景には、環境負荷や過剰生産、廃棄などファッション業界の今の課題を、未来思考で見つめ直す意図と同時に、近い将来に向けたメタバース活用の事業戦略の布石の意味も込められている。


未来思考で創造性を活性化させるリアル&バーチャルイベント「FUTURE FASHION EXPO」

三越伊勢丹が展開する「REV WORLDS」は、新たな顧客接点の創出や顧客体験の提供を目的に2021年にスタートしたメタバース空間だ。社内起業制度から生まれたプロジェクトで、これまでも企業とのコラボイベントやバーチャルファッションショー、実店舗と連携したイベントの開催などさまざまな取り組みを行ってきた。

2023年11月から2024年3月にかけて開催された「FUTURE FASHION EXPO」は、このREV WORLDSとリアルな場をまたいで行われたイベントだ。“ファッション”と冠しているものの、現在の社会課題やテクノロジーを背景に想像した“もしもの未来”の暮らしのあり方を幅広く考える内容に設計された。

具体的には、「雨の止まない世界」「空中で暮らす世界」「月を行き来する世界」の3つのシナリオの世界観をテーマにしたファッションデザインコンテストと、小中学生を対象にしたファッションデザインワークショップを開催し、受賞作品をアバターが身にまといランウェイを歩くバーチャルファッションショーを行った。あわせて、一部のデザインは生身の人間が着られるリアルな衣装に具現化して展示した。

FUTURE FASHION EXPOイベントを通して三越伊勢丹が目指している未来の事業設計や、リアルとメタバースの双方で開催した背景、一連の取り組みの裏側などについて、REV WORLDS マネージャーの仲田朝彦氏および同アシスタントマネージャーの浅賀遼太氏に聞いた。

株式会社三越伊勢丹 営業本部 オンラインストアグループ デジタル事業運営部
レヴワールズ マネージャー 仲田朝彦氏

プロフィール/2008年に株式会社伊勢丹(現三越伊勢丹)に入社。紳士服担当として店頭・バイヤー業務を経験。2019年に社内起業制度を活用し、アバターへのファッション価値やライフスタイルを提案する「仮想店舗とデジタルウエア事業」のトライアルを実施。 2021年よりメタバースを活用したスマホアプリ「REV WORLDS」事業の運営を開始、現在に至る
株式会社三越伊勢丹 営業本部 オンラインストアグループ デジタル事業運営部
レヴワールズ アシスタントマネージャー 浅賀遼太氏

プロフィール/2016年に株式会社三越伊勢丹に入社。婦人服担当として店頭・バイヤー業務を経験。デジタルウェアを通して、アパレル業界に変革を起こしたいという想いから、社内公募制度を活用して2021年より「REV WORLDS」事業に参加、現在に至る

未来を考えることが現代の社会課題を考えることに直結

FUTURE FASHION EXPOの最大の目的は、「社会課題と未来の暮らしについてファッションを通じて考えること」だと仲田氏は話す。単に未来のファッションデザインを募集するのではなく、まず、起こりうるかもしれない未来の暮らしに想像をめぐらせ、そこでの生活ではどのようなファッションが生まれるのかを考える企画であるところが重要なポイントだ。

たとえば、雨が止まない世界では、人々の生活様式はどうなるのか、どんなコミュニケーションをとるのか、どんな乗り物が使われるのか、そしてどのようなファッションが必要とされるのか…といったように、大胆な未来予測から掘り下げていくことで、現代の今ある社会課題や未来の暮らしについて思考する機会を創出するのを狙いとしている。

ファッションデザインを募集した3つのテーマに2つのテーマを加えた5テーマでの対談記事も配信

そのため、テーマの設定においてもエビデンスを重視したという。雨が止まない世界であれば、実際に開発されている水陸両用の乗り物や、全長170キロメートル、高さ500メートルの巨大建造物のなかに人間の生活環境を作るサウジアラビアのスマートシティ計画といった、構想が発表されている事例を挙げることで、すでに存在する環境問題を極大化させた先にある未来の世界を描きやすくした。

こうした地球環境をテーマとした取り組みを行う背景には、ファッション業界が抱える過剰在庫や破棄などの課題がある。在庫という概念のないメタバースでまず製品をローンチし、その後にリアル生産を行うスキームが実現すれば、環境への負荷を軽減しながら新たなファッションを生み出せる可能性がある。FUTURE FASHION EXPOでのメタバースの活用は、そんなサステナブルファッションへの挑戦という意味も持つのだ。

画力やデザインにとどまらず包括的に審査

FUTURE FASHION EXPOは初めての取り組みということもあり、当初は100〜200作品程度の応募を見込んでいたという。ところが、実際には予想を大きく上回る1,320点の作品が集まった。服飾やデザイン分野の学校に対して積極的なアプローチを実施したこともあり、応募者の9割近くを20代以下の若年層が占めていた。

一般の募集と並行して、次世代を担う子供たちに未来の暮らしを想像してもらうことを目的に、小中学校3校を対象にワークショッププロジェクトも実施した。各校2カ月から4カ月をかけてワークショップ授業を行うなかで、大人には考えられないようなデザインやアイディアも生み出された。

「雨が止まない世界だったらどうなるかについての答えは、我々大人も持っていない。正解を教わるのではなく、正解のないテーマを先生や周囲の大人たちと対等な立場で考えていく体験は、子どもたちの自己肯定感を高めたように感じた」(浅賀氏)

審査では、テーマに対して未来がどのような世界になっているのかを想像してストーリーに落とし込む「未来の暮らしに対する想像性」、それぞれの世界でファッションがどのような役割を果たしているのかを描く「未来に向けたファッションの可能性の拡張」、そして、「デザイン」の3つの軸で選考を実施した。応募用紙にはコンセプトを文章で記載するスペースも設け、デザインだけではなく、未来の世界に対する包括的な考えを評価した。

3つの審査基準で受賞作品を選考
出典:FUTURE FASHION EXPO公式サイト

公募によって集まった作品および小中学校向けに実施したワークショップの参加者の作品それぞれについて、大賞各3作品をリアルな服として生産。さらに、大賞作品に優秀賞6作品を加えた計12作品をCGで制作した。

「応募作品に描かれた未来世界を大胆にイメージする2Dのイラストを、現実の服として作り上げるのは一筋縄ではいかない。それでも、リアルで作れそうなもののなかから大賞を選ぶことだけは絶対にしたくなかった」と仲田氏はいい、参加者の自由な発想を一番に尊重する姿勢を示す。服の製作にあたっては、さまざまな工房をめぐって企画意図を伝えて協力をあおぎ、最終的に4社の協力を得て実現にこぎつけた。

なかでも「雨の止まない世界」の大賞作品「伝統のダンス衣装」の実現はとくに難航したという。頭に被ったスチール製の大きな帽子に雨があたると音を奏で、雨水がドレスを伝って滝のように流れるというコンセプトの作品で、帽子の再現が難しく試行錯誤をくり返した。結局、ドレス部分のみを工房で製作し、帽子部分はチームメンバーがREV WORLDSで培ってきた3DCGのスキルを生かして3Dプリンターを使用することで形にできた。苦労は多かったものの、この挑戦のプロセスこそが、今後につながる貴重な体験になったと仲田氏は振り返る。

「雨の止まない世界」の大賞作品「伝統のダンス衣装」のデザイン画をもとに制作されたリアルな服のショーウィンドウ展示の様子とアバター
出典: REV WORLDS / FUTURE FASHION EXPO 公式note

「もし(リアルな服が)作れなかったら、今の技術ではこれが限界だと正直に公表し、実現のためのアイディアや知見を集める呼びかけをしようと考えていた。挑戦によって新しい選択肢が開拓でき、そこから新しいファッションの技術や可能性が広がっていくので、挑戦することこそが重要だと思っている」(仲田氏)

メタバースとリアルの双方で感覚を共有しつつ体験することの意味

リアルで再現した作品は、伊勢丹新宿店のショーウィンドウで展示された。仲田氏は、展示期間中に目にした、父親に抱かれた幼い子どもがショーウィンドウに向けて手を伸ばし、展示作品を夢中で見ている光景がとても印象に残っているという。

「自分の信頼する人と一緒に感覚を共有しながら何かを見るという経験をもたらせる、それこそが、リアルで展示をしている理由になると改めて感じた。そして、さまざまな人の挑戦の積み重ねで誕生した作品が、それを見た次の世代の子どもたちに継承されていく、それが我々の考える最大のゴールビジョンだ。これを実現できる点が、リアルがもつパワーだと思っている」(仲田氏)

伊勢丹新宿店のショーウィンドウに展示された総合グランプリ受賞作品「雨の止まない世界」カテゴリーの「雨晒しのカプセルコレクション」

リアル展示と同時期に開催されたREV WORLDS内でのバーチャルファッションショーは、毎日13時・17時・21時・23時の4回の配信を実施。メタバース空間に作られたランウェイを受賞作の衣装を着たアバターが歩く様子を見ながら、観客同士がチャットを使って交流することも可能だ。

バーチャルファッションショーは、会期中1日4回決まった時間に開催(筆者撮影)

「極論をいえば、ファッションショーの映像をYouTubeで流せばいつでも見ることができる。あえてそうしなかったのは、メタバースの会場に誰かと一緒に入り、同じ空間で一緒にショーを見る体験が重要だと考えたからだ。ユーザーが集中する状態を作ることでコミュニケーションを誘発しやすくするために、1日4回に限定して開催した」(仲田氏)

さらに、REV WORLDSではそれぞれのテーマの世界を再現した特設のワールドも展開された。「今回はワークショップやコンテストを実施したのちにバーチャル会場をローンチしたが、先にワールドを用意すれば、テーマである未来の世界に対する解像度を上げられたかもしれない」と仲田氏は振り返る。

「雨の止まない世界」を再現したREV WORLDS内のワールド(筆者撮影)

このほかにも、リアル展示と一緒に掲示したQRコードからARアバターが着た状態で衣装を見ることができる仕掛けを用意するなど、さまざまな接点について検証を行った。

FUTURE FASHION EXPOに関連した一連のイベントを通して、これまで30代〜50代が中心だったREV WORLDSのユーザー層にも変化がみられ、10代未満から20代にかけてのシェアが徐々に上昇してきたという。

一方で、一般のユーザーに広くリーチするという面では課題も残されていると仲田氏は話す。「今回のバーチャルファッションショーの開催がどれくらいの人に知られているかという点では十分ではない。関連ワールドもREV WORLDSの既存ユーザーには新しいコンテンツとして楽しんでもらえたものの、一般への認知はまだ弱い」(仲田氏)

REV WORLDSは三越伊勢丹の社内起業制度からスタート

これだけの大規模なイベントを実現できた背景には、どのようなチーム体制があったのか。FUTURE FASHION EXPOの実行メンバーは、REV WORLDSメンバーが中心となっている。前述のように、REV WORLDSは社内起業制度によって発足したプロジェクトだ。

「ちょうどiPhoneが発売された2008年に入社し、当時、現実世界で起きている社会課題や経済的な課題は、iPhoneのような新しい技術によって改革できるのではと感じていた」という仲田氏。社内起業制度が始まったことを機に、仮想世界におけるバーチャルファッションと、そこから広がるリアルの店舗とのシナジーを検証するための事業を2019年頃から構想。2021年に3名のメンバーでスタートしたのがREV WORLDSだ。

「REV WORLDSチームのメンバーは、紳士服や婦人服、広報などバックグラウンドはさまざま。共通するのは新しいことに覚悟を持ってチャレンジしたいと考えるメンバーが、自ら希望して集まっている点だ。FUTURE FASHION EXPOは、通常のメンバーだけではなしえない企画ということで、たくさんの人たちの協力のもとに実現した」(仲田氏)

FUTURE FASHION EXPOは全日程で138日間、前半はワークショップや作品募集に費やし、後半で制作などのアウトプットを行っている。2024年1月上旬に受賞作品が決定し、そこからわずか2カ月ほどでリアル作品およびCGの制作を同時進行で実施した。「制作を行っていた2カ月は、不安で眠れなくなるくらい大変な時期だった」と仲田氏は明かす。

このように困難もあるメタバースの世界で、ファッションや暮らしを考えていくことは、将来的に三越伊勢丹の事業展開にどのような恩恵をもたらすのだろうか。

「仮想空間に顧客接点を持つことで、リアルではなし得ない、商圏を超えた接点や次世代との接点という新しい顧客接点が生まれる。あわせて、今回のようなファッションショー体験や、アバターの衣装としてのデジタルデータの販売といった事業の検証も進めている。将来的にはきちんとビジネス化していきたいと考えている」(仲田氏)

ミッションと収益のバランスがとれた設計づくり

すでに次回に向けての企画も動き出しているというFUTURE FASHION EXPOでは、今後、アバターが装着するプロダクトを販売することも検討していきたいとするが、その際にはミッションと利益のバランスについての設計をしっかり考えていく必要があると仲田氏は考えている。

たとえば、サステナビリティの文脈においては、リアルとバーチャルの双方でファッションのあり方を考察し、新たな業務フローを作っていくことが重要になる。

「一例では、リアルで新しい洋服を売り出す際に、プロトタイプをバーチャルで作って検証を行い、その後に受注生産に移行したり、データ販売の収益を原資にリアル生産を行ったりという流れが検討できる。バーチャルのプロトタイプの制作で使ったCGデータを活用することで、サンプルのコストを削減できる可能性もあり、打ち手は多いと思っている」(仲田氏)

FUTURE FASHION EXPOは、三越伊勢丹にとって、単にリアルとバーチャルの双方で開催することで認知拡大や訪問者増加につなげるための施策ではない。業界の将来を見据えて今ある課題を解決に導くというミッションのもと、それを実現するための手段のひとつとしてメタバースが活用されているのだ。

「メタバースの取組みが目新しいから訪問する」段階を過ぎた今だからこそ、メタバースを活用したイベントには、リアルとの融合のあり方の設計をしっかり行うことや、ビジネス化含め、何を目指すのかとの明確なミッションを定めることが必要になっていくだろう。そのプロセスを三越伊勢丹は早くも見極めつつあるといえそうだ。

Text: 酒井麻里子(Mariko Sakai)
Top image: REV WORLDS / FUTURE FASHION EXPO 公式note


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!