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美容ブランドがメタバース参入時に考えることは?【後編】カネボウ化粧品ALLIEの事例から

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美容ブランドとしてメタバースへの参入を検討する際に、実際の稼働イメージや期待する成果についてどうつかんでいけばよいか。前編に続き、今回は、カネボウ化粧品「ALLIE」のメタバース空間「ALLIE BEAUTY UP ISLAND~みんなで美しくなる島~」のプロデュースを担当したクラスター株式会社に、その事例とともに美容ブランドがメタバースに進出するにあたって理解しておくべきことや、メタバース空間づくりや運用において必要なことを聞いた。

「リアル再現型」か「世界観反映バーチャル体験型」か。企業のメタバース2つのタイプ

2023年3月、カネボウ化粧品のサンスクリーンブランド「ALLIE」のメタバース空間「ALLIE BEAUTY UP ISLAND~みんなで美しくなる島~」が、メタバースプラットフォーム「cluster(クラスター)」内にオープンした。

これは、同社によれば、clusterにおける世界初の化粧品ブランドによる常設のメタバース空間で、cluster内のワールド(バーチャル空間)のひとつとして展開され、ユーザーはアバター姿でワールド内を自由に動きまわったり、実際の海岸の清掃活動と連動したワールド内でのゴミ拾いといったアクティビティができる。

同ワールドのプロデュースを担当したクラスター株式会社は、自社のメタバースプラットフォームを展開するとともに、さまざまな企業や自治体のメタバースの企画・制作を手がける。クラスター株式会社 エンタープライズ事業部 マネージャー 亀谷拓史氏は、まず最初に、企業がメタバース空間を作る場合、業界ごとの特徴やイベントのニーズなど、さまざまな要素にあわせて空間をデザインしていく必要があり、その方向性は大きく2つに分けられると話す。

クラスター株式会社 エンタープライズ事業部 マネージャー 亀谷拓史氏
プロフィール/慶應義塾大学卒業後、株式会社サイバーエージェントにて広告営業/アカウントプランナーとして従事したのち、株式会社Airporterにてマーケティング・ディレクターとしてマーケティング全般を担当。2020年10月にクラスターに入社し、ビジネスプランニング事業部でプランナーを務める。2022年よりエンタープライズ事業部マネージャーとしてクライアント担当のほか、メンバーのマネジメントを行う

1つめのタイプは、リアル空間の資産をそのままメタバース空間に持ち込む方法だ。cluster内で展開されているものでは、KDDIなどによる東京都渋谷区公認の「バーチャル渋谷」や、三菱地所などによる「バーチャル丸の内」、近鉄不動産による「バーチャルあべのハルカス」といったものがある。これらは、自治体や不動産デベロッパーが持つ現実の街や建物をデジタル空間に再現している。企業のオフィスをそのまま再現して入社式や内定式をそこで行うケースもあり、それらもこのタイプに分類できる。

「バーチャルあべのハルカス」は、大阪のあべのハルカスを再現したcluster内のワールド。2023年3月に正式オープン(著者撮影)

2つめが、ブランドの世界観を表現し、リアルではできない演出や体験を実現するメタバース空間だ。たとえば、2022年10月にcluster内の「バーチャル渋谷」で開催されたハロウィンイベントでは、花王の入浴剤「バブ MONSTER BUBBLE」のコンテンツを展開。メタバースの渋谷の街に設置された巨大なバスタブにつかる入浴体験や、湯船から吹き出すジェット発砲でアバターが空中に打ち上げられる体験などが提供された。

2022年10月に「バーチャル渋谷」内で開催されたイベント「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス 2022」内で展開された「バブ MONSTER BUBBLE」の体験コンテンツ(著者撮影)

そして、カネボウ化粧品のALLIE BEAUTY UP ISLANDもこのタイプとなる。イベント用のステージは巨大な真珠貝を模したデザインとなっており、ステージ両脇からは水柱が上がる。また、ビーチには商品の巨大なオブジェが置かれたり、大きな象がいたりと、現実離れした不思議でワクワク感のある空間演出としている。

「ALLIE BEAUTY UP ISLAND~みんなで美しくなる島~」は、ブランドの世界感をメタバース空間で表現(著者撮影)

メタバース空間へ繰り返し訪問してもらうための仕組みづくり

メタバースを作る際に考えなければならない重要事項のひとつに、「いかにユーザーの再訪をうながすか」があげられる。初回はもの珍しさから訪問したものの、それだけで終わってしまうのでは、時間とコストをかけて制作した空間を活かすことができないからだ。

一度きりの訪問になってしまいがちな空間の特徴として、亀谷氏は「手ざわり感がない」「コンテンツに変化がない」ことをあげる。

「メタバースの価値は、3D空間で身体性をともなう体験ができる点にある。自分の分身となるアバターを使って、自分の意思で空間内を歩いて回ったり、空間内にある物を持つ・投げるといったアクションをしたり、乗り物に乗ったりといった行動が取れることで、従来のECにはない、その場に参加している実感を伴う“手ざわり感”のある体験を提供できる」(亀谷氏)

これに加えて、再訪性を高めるためには、コンテンツに変化を持たせて飽きさせない工夫も必要だ。たとえば、ALLIE BEAUTY UP ISLANDでは、ワールドを訪れるたびに少しずつ異なる体験をもたらす施策として、「バーチャルビーチクリーン活動」が用意されている。ユーザーのアバターがメタバース空間内のビーチに落ちているプラスチック容器などのゴミを拾うと、メタバース空間のゴミ1個につき実際のゴミ1グラムとして、提携しているNPOによる実際の海岸の清掃活動に反映されるというものだ。

メタバース空間に落ちているゴミを拾う行為が、リアルな海岸の清掃活動として反映される「バーチャルビーチクリーン活動」(著者撮影)

このほかには、訪問するごとにスタンプがもらえるログインボーナスのような仕組みを設け、スタンプが貯まると商品購入に利用できるクーポン券との引き換えや、実店舗で商品サンプルと交換可能にするといった方法が考えられるという。

こうした、バーチャルでありながら身体性をともなう体験の創出がメタバースのメリットだが、clusterの場合、メタバース空間内のさまざまなデータを取得できる点も大きな強みだと亀谷氏は説明する。

たとえば、空間内に2枚のポスターを展示して、どちらのポスターがより長く見られたかを調査したり、異なる商品の3Dモデルを置いた複数のブースを設けて、それぞれのブースに入ったユーザー数の統計をとるといったことも可能だ。これは、同社が企画・制作からプラットフォーム提供までを一気通貫で手がけているからこそ実現できるものだとする。

より多くの人に自社のメタバース空間の存在を認知してもらうという観点からは、拡散手段としてのSNS活用も重要となる。clusterの場合、アプリ内のカメラ機能から簡単に自撮りができ、シェア機能でそのままTwitterなどに投稿することが可能で、ハッシュタグやワールドへのリンクも自動で追加される。

アプリ内の機能で自撮りを行い、共有機能を使ってそのままTwitterなどに投稿できる(著者撮影)

「従来型のフォロー&リツイートキャンペーンの場合は同じツイートが増えていくだけだが、自撮りを活用したメタバースのキャンペーンでは、ユーザー各自が好きなタイミングで撮ったベストショットが拡散され、リアルのイベントでのユーザー行動に近い形での展開ができる」(亀谷氏)

ブランド理解をうながすことで相性のよいユーザーがECへ流入

企業のメタバースでは、ECサイトに移動して商品を購入する導線を設けているケースも多い。今回のALLIEのワールドにも、メタバース空間内の3Dモデルと商品説明からECに移動して商品を購入できる仕組みが用意されている。通常のECだけを使った販売と何が違うのだろうか。

亀谷氏は、「Web広告やSNS広告でターゲティングを行って直接ECに誘導するのと比べると、決して効率がよいとはいえない」としたうえで、メタバースならではのメリットを次のように語る。

「メタバース空間内でブランドの世界観を体験し、ブランドへの理解を深めた状態でECを訪問することになるので、相性のよい顧客が集まりやすくなる。すぐにコンバージョンにつなげることを目指すのではなく、平均購入金額やLTVとしての購入金額を引き上げる施策として考えるのがよいと思う」(亀谷氏)

商品の3Dモデルをタップすると商品説明のパネルが現れ、そこからECサイトに移動(著者撮影)

たとえば、ALLIEのワールドの場合、ブランドが手がけるサステナビリティへの取り組みや、環境に配慮した設計のビーチフレンドリー処方の商品であることを体験できる設計になっている。その結果、単に検索で日焼け止めを探してたどり着いたユーザーに比べ、ALLIEというブランドのもつ価値観を理解し、共感した顧客が集まりやすくなることが期待できる。

物販以外の収益化手段としては、メタバース空間内で利用できるアバターや衣装を販売するという展開も考えられる。「メタバースになじみのない方は、アバターやその衣装をわざわざ購入するユーザーが本当にいるのか?と疑問に思うかもしれないが、メタバース空間での活動や生活にリアルと同等の価値を感じ、アバターにお金をかけるユーザーは少なくない」と、これまでの経験から亀谷氏は断言する。

clusterでは、ユーザーがアバターのアクセサリーやワールドに設置する家具などを製作して販売する仕組みをすでに用意している。現在は個人ユーザー間での制作・販売に限られているが、将来的には企業のワールドとクリエイターエコノミーを融合させていくことも考えられるとする。

ユーザー滞在時間の長いメタバース、企業やブランド提供空間が歓迎される傾向

一般的にはまだまだ、メタバースに対して「特別なもの」「一部のゲーム好きが遊ぶ場所」というイメージを抱きがちだが、clusterの場合、ユーザーの男女比は同程度で、10代後半から30〜40代まで広い世代が利用するなど、すでにマス層に浸透している段階にあるという。

さらに、週6~7日clusterを利用するスーパーロイヤルユーザーの一回の平均滞在時間は4時間、初めて訪れた人でも約3時間滞在するなど、ユーザーがメタバース空間で過ごす時間は長い。メタバースを現実の空間と同等にとらえ、そこで過ごすことに価値を見出している人は確実に増えている。

リアルな世界と同様に、自由に動きまわったり服を着替えたりできることがメタバースの魅力(著者撮影)

そして、「企業が作ったワールドだから、商業臭が強いのではないか」という理由でユーザーが敬遠することはほとんどなく、むしろ、予算をかけしっかりした企画で質を担保した「クオリティの高いコンテンツが楽しめる場」として受け止められるケースが多いとされる。つまり、メタバースに参入していることで企業イメージを高められる可能性があるのだ。

とはいえ、メタバースはまだ初期段階にあり、どれほど事例を学んでも、実際に使ってみないとわからないことも多い。企業として参入を考えている場合、担当者自らが「まずは実際にメタバースのサービスを徹底的に触ってみること」を亀谷氏は勧めている。

その際には、音声やテキストでリアルタイムのコミュニケーションがとれるメタバースの良さを体感するためにも、できれば複数人で同時にログインして実際に会話をしてみるとよいとする。

「企業がメタバースを利用する場合、何をKPIとするかの設計や、そこからどう逆算するのかといった設計が、前例がないために難しい場合が多々ある。ブレストの段階からの相談も歓迎しており、これまでの経験をシェアしつつ、どのようなワールドを求めているのか、目指すものは何かなどを細かく話し合い、ともにメタバースを作り上げていくのが我々のような企業の得意分野だ」(亀谷氏)

Text: 酒井麻里子(Mariko Sakai)
Top image: ALLIE BEAUTY UP ISLAND~みんなで美しくなる島~(著者撮影)

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