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クラランスやロレアルの対話型生成AIアシスタント、超パーソナルな顧客体験の始まりとなるか

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美容業界での生成AI活用が加速度的に広がるなか、クラランスとロレアルが対話型生成AIアシスタントを活用した顧客サービスを試験的に開始した。そのサービス内容を具体的に紹介し、顧客体験の未来像について考察していく。


生成AIが実現するポケットに入れられるパーソナルな美容アシスタント

美容業界でいち早く生成AIによるパーソナルビューティアシスタントの開発発表を大々的に行ったのがロレアルだ。2024年1月に米ラスベガスで開催された世界最大級のテクノロジー見本市「CES2024」で、美容企業として初めて基調講演に登場したロレアルグループ CEO 二コラ・イエロニムス氏は、消費者の70%が莫大なビューティプロダクトの選択肢に圧倒され、自分にふさわしい商品を選びきれない「判断麻痺」に陥っているとして、その悩みを解決するために、消費者がポケットに忍ばせて、24時間いつでも呼び出せる生成AIのパーソナルビューティアシスタント「Beauty Genius」を開発したと述べている。

人間と話しているかのような自然な文脈や言葉遣いで、総合的に顧客にサービスを提供する対話型AIは、会話できるという魅力に加え、各ブランドが有する膨大な情報を即座に最適化処理できること、24時間いつでも対応してくれること、また、人間相手だと言い出しにくかったり気恥ずかしく感じたりするような、たとえば、フケや吹き出物などのトピックスに関しても気軽に話しかけられるといったメリットがある。

試験的ではあるものの、すでに運用をスタートしたクラランスの生成AIアシスタントを実際に試してみるとともに、一般ユーザーの使用開始が待たれるロレアルの生成AIアシスタントについて解説する。

グローバルブランドの先陣を切ってリリースしたクラランス

クラランスは、Clarins USAの公式サイトにて生成AIによるカスタマーサポートボット「CLARA(クララ)」を2024年5月21日に試験的にローンチした。これは、プレステージ美容分野では初の試みとされる。同サイトで全体的な顧客エクスペリエンスを評価および最適化する作業を行ったうえで、全世界でクララを展開していく予定だ。

クララは、マイクロソフトの「Azure OpenAI Service」を活用したもので、これまでのボットとは異なり、自然言語インタラクションを統合し、顧客のリクエストをより良く理解し解決することができるという。土台となるのは、クラランスがこれまで蓄積してきた消費者データ、サイトコンテンツ、今までのカスタマーケアで定義された質問と回答、美容部員のための製品トレーニングコンテンツといったクラランス独自のデータである。人間の専門知識と最先端技術を融合させることで、最適な回答を導いていくほか、早朝や深夜といったカスタマーケア部門が閉鎖している時間帯でも即座に対応が可能だ。さらに、クララが対応できない複雑な問い合わせに対しては、情報を聞き出したうえでスタッフに引き継がれるため、スタッフの稼働効率を向上する助けにもなるという。

絵文字も使い、自然な会話の流れで必要な情報を提供

クララは通常のボットのように、Webページの右下に女性の顔のアイコンで表示されている。アイコンにマウスを当てると、「質問ですか?チャットもしくは専門家と話してください」とバナーが開き、クリックすると「ビューティ コーチ(美容部員)」とのコンサルテーションや肌状態をたずねるクイズ(問診)への案内とともに、カスタマーサービスとのチャットオプションが表示される。このチャットサービスを担うのが「トレーニング中のデジタルアシスタント(your Clarins digital assistant in training)」として自身を紹介するクララである。

クララの画面
出典:Clarins USA 公式サイト

質問は選択形式ではなく、フリーテキストで打ち込む。試しに、「南フランスでバカンスの予定なんだけど、何を持っていけばいい?」と投げかけてみると「旅行に持参するリストのお手伝いはできませんが、南仏バケーションにぴったりのクラランスのスキンケア、メイクアップ、日焼け止め商品についてならお伝えできます。具体的に知りたいことを教えてもらえれば喜んでお手伝いします」と絵文字や「南仏」「バケーション」といったワードも使い、自然な回答が返ってきた。

そこで「日焼け止め」と打ち込むと、1. 紫外線防止の顔用日焼け止め、2. 日焼け後のケア、3. セルフタンニングの3つのカテゴリーでそれぞれの特徴と商品ページへのリンクが送られてきた。この間、数秒である。

さらに「島巡りをする1日におすすめの商品はある? 軽い付け心地のものが好み」と言えば、特定の商品を推薦してくれたりもした。絵文字もスマイルや花から太陽に代わり、強い日差しの下で過ごすという話の趣旨を理解している感じがする。

また、商品価格設定や割引など購買に関わる詳細についての質問は、生身の人間である「本物」のカスタマーケアスタッフにつなぐという方法をとっている。ただし、彼らは常に待機しているわけではないので、全員がオフラインの場合はメールアドレスを伝え、先方からの連絡を待つことになる。

一連の自然な会話の流れには、パーソナルアシスタントとしての可能性が感じられる。サイトの入り口として、単に商品検索をするよりも、コミュニケーションとしての面白味があるクララにまずは話してみようという気にもなるだろう。同時に、クララから「年齢は?」「シミは気になる?」などのパーソナルな質問があれば、より自分に関心をもってもらえたと多くの人が感じるだろう。相手がAIであれば、踏み込んだ質問をされても失礼だと思うことも少なく、回答もしやすいはずだ。

現状は、まだ「トレーニング中」ということもあり、使うたびに返答内容が変化している。今後、AIのチューニングなどでさらに自然で求められた回答を返せるコミュニケーションが期待できそうだ。

肌分析もやARバーチャルトライオンも統合するロレアルのBeauty Genius

ロレアル パリの「Beauty Genius (ビューティー ジーニアス)」は、ユーザー一人ひとりに合わせた診断とアドバイスを提供する生成AIを搭載し、さまざまな機能を兼ね備えたパーソナルビューティアシスタントで、消費者は美容に関するあらゆる情報を手軽に得ることができるとうたう。CES2024でベータ版が公開されたが、まだ一般ユーザーは利用できない。

Beauty Geniusの画面
出典:ロレアル公式サイト

クラランスのクララとの大きな違いは、Beauty Geniusが画像認識機能やメタバース技術も搭載したアプリだという点だ。ユーザーは、Beauty Genius と自然言語でやりとりできるだけではなく、スマートフォンで顔を自撮りすることで、AIが肌状態を解析し最適な商品を提案するという。

さらにカラーメイクやヘアカラーの場合は、AR機能を利用して、その商品の色味をバーチャルで自分の顔にのせて好みかどうかを購入前に確認することも可能だ。つまり、これまでロレアルが個別に提供してきたAI肌分析やメイク・ヘアカラーのバーチャル・トライオンをBeauty Geniusに統合し、AIがユーザーをリードしてくれるというわけだ。また、レコメンド可能な製品数は750種類にわたるという。

世界最大の化粧品会社であるロレアルの強みは、世界の37カ国で展開している幅広いブランドとその商品群に加え、美容企業としての長い歴史と「デジタルファースト」施策を進めるなかで加速度的に蓄積してきたLLM(大規模言語モデル)データを含む10ペタバイト(PB)という膨大な美容データにある。

CES2024開幕基調講演にイエロニムス氏に続いて登壇したロレアル 副最高経営責任者 リサーチ&イノベーション / テクノロジー部門担当 バーバラ・ラヴェルノ氏は、Beauty Geniusを構築するに当たり、10種類以上のLLMを組み合わせたと述べた。またこれらのデータを匿名のオンラインレビューやカスタマーサービスでの会話と統合しており、自然な会話を実現する見込みだ。

さまざまな選択肢から最適解を選ぶことが得意なAIは、前述の「判断麻痺」の解消には最適だ。そのときどきの気分や悩みに合わせていつでも呼び出し、美容について相談できる、消費者にとって友人やインフルエンサーよりも信頼できる相手にBeauty Geniusはなりうるかもしれない。

2024年5月に仏パリで開催された「Viva Technology 2024」でロレアルは、Beauty Geniusブースを設置し、ベータ版ではあるが、初めて消費者が実際にアプリを体験する機会を提供した。このブースは大きな注目を集め、世界中のビューティインフルエンサーらが詰めかけた。

Beauty Geniusへの期待の大きさが感じられるが、一方で、実際に体験してみたオンラインニュースサイト「CyberNews」のジョッシュ・マーフィー(Josh Murphy)氏が指摘するように、一部の消費者はブランドにマーケティングや販売ツールを「持たされている」と感じる場合もあるだろう。逆に分析やレコメンドへの信頼が高じてBeauty Geniusがいわば“絶対的”な指標になると、これまで以上に、自分の肌や髪、ルックスが「あるべき状態に達していない、ケアしなければいけない」というプレッシャーを強く受ける恐れも無視できない。

今後は、ユーザーが求めているもの「だけ」をどれほど正確に提供できるか、また、顧客が求めているものだけではなくユーザーにとって納得感のあるセレンディピティ、つまり未知の化粧品との出会いを与えられるのかといったコミュニケーションのバランスが鍵になるとも考えられる。

公式サイトでは、2024年7月24日から一般の利用がスタートする予定になっていたが、ロレアルで10年間テクノロジー育成部門を率いてきたギブ・バルーチ(Guive Balooch)氏は、Viva Technology 2024 カンファレンスのなかで「当社の科学的、臨床的なデータを使い、何度も何度もテストを重ねる。誰にでも使ってもらえると感じてからでないとリリースはしない」と話しており、同年8月21日現在はまだローンチの発表はない。

ユーザーにとって最も利便性の高い対話型生成AI美容アシスタントとは

両社の生成AIを活用した顧客サービスがめざすところは、いずれも一人ひとりに寄り添い、24時間いつでも対応するものだ。クララについてはその自然なチャットを一度体験すると、他社サイトのボットとのチャットにフラストレーションを覚えるほどで、綿密にトレーニングされた生成AIの採用は確実にブランド体験の向上につながっている。

もちろん現段階の生成AIの機能にはまだ限界があり、その活用は発展途上にある。たとえば個人の登録情報や購買履歴などをもとにした双方向コミュニケーションの安全性、また、古い情報、誤った情報、存在しない事実をあたかも真実のように提供するハルシネーションの問題もある。今のところ、どうファインチューニングしていくべきか、確実な方法はまだ見つかっていないともいわれる。また、どこでリアルな人間のカスタマーケアに切り替えるべきか、AIの発言とユーザーのクチコミとの線引きはどうするのかという点でも、これから最適解を探らなければならない。

とはいえ、ベータ版をリリースして、利用するユーザーとともに生成AIを磨き上げていくという意味では、クララとBeauty Geniusの登場は大きな意味を持つ。日本では2023年、「LIPS AI バーチャルビューティーアドバイザー(β)」が先駆けてリリースされたが、ユーザーにとっては、ブランドをまたがってのアドバイスが欲しいケースも多々ある。その意味では、美容プラットフォーム、小売などのポジションにある企業がどのように対話型の生成AIアシスタントの開発・導入をすすめていくかの動向も注視していくべきだろう。

Text:東リカ(Rika Higashi)
Top image: Chay_Tee via Shutterstock