世界中からテックスタートアップが集結、AIの未来や顧客体験など熱量の高いセッション【Web Summit 2024 ①】
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2024年11月にポルトガルの首都リスボンで開催された、多国籍スタートアップが多く集うテックカンファレンス「Web Summit 2024」では、4日間にわたりスタートアップの展示や多数のセミナー、ピッチコンペ、マスタークラス、ミートアップなどが行われた。現地を取材し、その多彩な内容を2回にわたりレポートする。
女性や新興国の活躍が目立ったWeb Summit 2024
2024年11月10日〜13日、ポルトガル・リスボンで「Web Summit 2024」が開催され、3,000以上の企業が参加、153カ国から、1,000人超の投資家を含む7万1,000人以上が来場した。このカンファレンスは「多国籍のテックスタートアップ」が中心となって形成されるビジネスイベントで、投資家や他企業とのミーティングや商談、あるいはセミナーを通して、さまざま分野のスタートアップが事業成長のきっかけやヒントをつかむことを目指している。
ポルトガルは近年、スタートアップ支援に注力している国だ。2023年にはリスボンが欧州委員会(EC)が選ぶ「The European Capital of Innovation Awards(欧州イノベーション都市賞)」を受賞。また2024年3月には、ファイナンシャルタイムズが選ぶ「Europe’s Leading Start-up Hubs 2024」にポルトガルのスタートアップ支援団体 Startup Bragaが7位にランクインを果たしており、国全体でスタートアップをサポート・育成する土壌を培っている。
Web Summitは、2009年にアイルランドで始まり、2016年にポルトガル政府が10年間の開催権を購入したことにより開催地がアイルランドのダブリンからリスボンへと移動したのだが、リスボンの地理的および歴史的要因もあり、欧州や米国のみならず、南米やアフリカ、中東からも数多くのスタートアップが集まる。今回は、36カ国から62の貿易代表団が参加、なかでもドイツと、ポルトガル語圏であるブラジルからの参加がとくに多かった。
また、3,000社近い参加スタートアップの44%が女性によって創業された企業で、これは過去最高の記録だという。さらに、参加者の42%、登壇者の37%が女性で、ながらくジェンダー格差が顕著だったテック業界への女性の進出が確実に伸びている点も注目された。
なお、Web Summit 2024は、2023年にXでのコメント炎上によりCEOを退任したWeb Summitの共同創設者であるパディ・コスグレイブ(Paddy Cosgrave)氏がCEOに返り咲いたことも話題を呼んだ。15回目を迎えたWeb Summitの規模拡大を受けて、同氏が「Web Summitのエネルギーの震源地」と呼ぶアーリーステージのスタートアップ同士がより深い交流をできるよう、興味、関心に応じて参加できる小さなグループでの「ミートアップ」をイベントの柱にしたのも今回の特徴だ。
人間を超えるAGIと道具としてのAI
CESやVivaTechなど、2024年に開催されたほかの大規模テックイベントと同様に、今回のWeb Summitのバズワードとなったのは、やはり「AI」だ。多くのスタートアップがAIを活用したソリューションを提示するのはもちろん、セミナーやディスカッションでも人々の興味と関心の高いテーマとして熱心に議論された。
「The great AI debate: Who decides our future?(AIをめぐる大論争:未来を決めるのは誰か?)」と題されたオープニングナイトのメインステージイベントでは、AIの安全性を研究する非営利団体Future of Life Institute代表の物理学者でマサチューセッツ工科大学(MIT)教授のマックス・テグマーク(Max Tegmark)氏、AIスタートアップHugging Faceの共同創業者兼チーフ・サイエンス・オフィサーのトーマス・ウルフ(Thomas Wolf)氏、『The Atlantic』誌のCEOニコラス・トンプソン(Nicholas Thompson)氏が、AIの急速な発展がもたらす倫理的影響について議論した。
このなかで、テグマーク氏は、「AGI(汎用人工知能)」と人間が制御できる「道具としてのAI」の違いに触れた。AGIに対しては、人間が実現可能なタスクを人間と同等か、それ以上にこなすことができ、汎用的な能力、学習能力、そして、意思決定能力をもつAGIを人間がコントロールできなくなり、世界にディストピアをもたらす可能性が懸念されているとし、二大AI大国である米国と中国が共同で安全基準を設定する必要性を強調した。
また一方で、同氏は「道具としてのAI」については、「私たちの意図通りに機能する、これまで以上に強力なAIツールによって人間の知能を増幅することができれば、限りなくすばらしい未来が築ける」と楽観的な期待を寄せた。加えて、ウルフ氏が過去数カ月のAI関連のニュースや開発動向から「2025年は、AI・ロボティクスとオープンソース・ロボティクスの年になる」と予想し、加速度的に進化しているAIが人間社会においてさらに身近な存在になるとの考えを示した。
LVMHが掲げるのは人間を背後でサポートする「クワイエットAI」
ビューティ領域における「道具としてのAI」の活用事例としては、LVMHの掲げる「クワイエットAI(Quiet AI:静かなるAI)」がある。
AIが大テーマの基調講演「Smarter beauty: The future of data & AI for luxury brands(よりスマートなビューティ:ラグジュアリーブランドにおけるデータとAIの未来)」に登壇したのは、LVMHチーフ・ビューティデータ & AIオフィサーのジュリー・ドゥ・モイエ(Julie De Moyer)氏だ。LVMHは、パフューム&コスメティクス、セレクティブ・リテーリングなど6つのセクターに集約される75の著名なメゾンから構成されたグループであるが、3,300人がテック部門に従事しており、グループ全体においてAIが導入されているとモイエ氏は明かす。そのうえで「LVMHのAIは、従業員に取って代わるのではなく、各自の能力を増幅するために、背後で静かに機能するクワイエットAIである」と述べた。
2024年にLVMH社内に導入されたAIチャットボット「Maia」の予測によると、「2027年までに世界の美容消費の7割はAIの影響を受け」、さらに「世界のビューティ分野におけるAIは、2023年から2030年の間にCAGR20.6%と他分野よりも早いスピードで成長する」という。
そんななか、ディオール、ゲラン、ジバンシイといったヘリテージブランドからベネフィット コスメティックス、Fenty Beautyといった新興ブランドまで、多様な15ブランドを擁するLVMHのビューティ部門では、各ブランドの異なるデータセットに合わせたデジタルトランスフォーメーション(DX)が推進されている。
具体的には「商品の創造」「製造・物流」「告知」「販売」「顧客との関係の保持」「経営・人事」の6つのカテゴリーを通して、さまざまなAIが活用されている。たとえば、創造の段階では、新たな香水を生み出す際にAIが何千もの原料を分析し、パフューマーのイメージを具現化する原料や使用量を示唆したり、何らかの原料を差し替える必要があるときに、その代替オプションと理由を提示したりする。これにより、最終決定はクリエイターが行いつつ、完成までの過程がより迅速で効率的なものになる。また、製造・物流では需要予測や物流管理、販売では、顧客データを活用したパーソナライズ対応やバーチャルトライオンの提供などがAIの活用例として挙げられるという。
LVMHのAI導入の柱のひとつは、「科学(IT)はアートをサポートするためにある」という信念にもとづいたアート&サイエンスのバランスを重視する姿勢にある。そして、“欠陥があるデータの入力からは欠陥がある出力しか得られない”を意味する「GIGO(Garbage In, Garbage Out)」原則に則りデータの品質を確保すること、また、スタンフォード大学の「人間中心のAI研究所(Human-Centered Artificial Intelligence; HAI)」のAI監査などでみられるようにデータの量より質に重きをおくこと、多様性を尊重するといった企業倫理に根ざしている。
モイエ氏は「(AI導入が進むことで)ビューティ業界の未来は、これまで以上にスマートになり、パーソナライズ化して、“人間的”になるはずだ。(AIと手を取り合う)私たちのテイストメーカーズ(tastemakers:流行を生み出す人やモノ)を称えよう」と講演を締めくくった。
また、マーケティングがテーマのセッション「Levelled up luxury: How tech elevates client experience(レベルアップしたラグジュアリー:テクノロジーが顧客体験を高める)に、ロエベのオムニグロース&データ分析のグローバル責任者を務めるパロマ・フンコス(Paloma Juncos)氏とともに登壇したLVMHのチーフ・オムニチャネル&データ・オフィサーのゴンザグ・ドゥ・ピレイ(Gonzague de Pirey)氏も、LVMHのクワイエットAIについて語るなかで「テクノロジーは、クラフトマンシップ、アート、驚き、感動などを生み出す人間をサポートし、顧客体験をさらに向上させるためのものだ」と繰り返し述べた。
ピレイ氏とフンコス氏は「究極の顧客体験は、(ブランドの)世界観が詰まった実店舗にある」と合意し、AIや仮想体験がいかにもてはやされようとも、リアルな人間のクリエイティビティやホスピタリティ、人間同士のつながりこそ、今後もラグジュアリーブランドが最も重視すべきことだと結論づけた。
チャットボットなどAI導入におけるデータガバナンスの重要性
LVMHのDXでも取り上げられていたが、AI導入におけるデータの品質確保は最重要課題のひとつである。ブランドの顔として顧客とダイレクトにコミュニケーションするAIチャットボットや医療分野のAIカウンセリングなどにおいて、学習データに誤情報が混入することは致命的なミスにつながりかねない。
SaaSがテーマの「Will Gen AI generate value for the corporate landscape?(生成AIは企業環境に価値を生み出すのか?)」と題された対談には、2024年5月に組織全体の生産性とイノベーションを強化する新しい生成AI機能を発表したServiceNowが、そのサービスの導入企業であるBT Groupとともに登壇。ServiceNow AI市場戦略担当SVP兼グローバル責任者のマイケル・パーク(Michael Park)氏は、カナダの航空会社エア・カナダが顧客に誤った情報をチャットボット経由で提供し、裁判で賠償を命じられた事例を挙げ、美容業界でも導入が進む対話型生成AIアシスタントの危うさについて指摘した。
あわせてパーク氏は、対話型生成AIアシスタントは、ローンチまでに正確さを精査する必要があるが、実際に使わないとその精度が上がっていかないため、AIの扱うデータが常にクリーンで信頼できるソースであることはもちろん、その出所が、いつでもさかのぼれるほどクリアで、また顧客に提示できる透明性をもつことが重要であると述べた。
一方、対談セッション「Health by the numbers: Data’s impact on treatment(数字からみるヘルスケア:データが治療に与える影響)」では、メンタルヘルス治療のイノベーションに取り組むバイオテック企業Compass PathwaysのCTO、グレッグ・リスリック(Greg Ryslik)氏と、生物学的年齢を遅らせるためのAIプラットフォームを運営するHumanityの共同創業者でCEOのピーター・ワード(Peter Ward)氏が登壇した。
細心の注意が求められる医療分野での「高品質なデータ収集と患者のプライバシー確保のバランス」という議題には、両氏とも患者のプライバシーの確保は必須で、必要なデータのみを倫理的に収集(データ最小化)、暗号化、合意の徹底などをするべきとした。ワード氏はAIがこれに大きく貢献できるとし、その一例として、リスリック氏は、AIによる患者とセラピストとの会話の分析では、(人を特定できる)音声を取り除き、テキスト化した状態であっても、患者に治療の成果がどのくらい表れているかを正確に判断できると話す。また、このAIによる分析プロセスを経ることで、患者への診療後アンケートなどは不要になり、患者の曖昧な記憶に頼ったり、患者をわずらわせることなく匿名臨床データを収集できるとする。リスリック氏は、1970年代から2000年代初頭の約30年間で、技術革新や科学的理解の進歩により、がん治療の技術が飛躍的に進化したように、この先の数十年は、こうしたAI活用によりメンタルヘルスの領域が飛躍的に進化すると予測している。
クリエイター個人がメタバースプラットフォームを持つ意味
マーケティングやショッピングプラットフォームの領域でも変化が起きている。対談セッション「Ride or die: How to engage a community of 32 million(のるかそるか:3,200万人のコミュニティとどう関わるか)」に登壇したのが、ビューティ系コンテンツクリエイターとして3,200万のフォロワーを持つマリアレ・マレーロ(Mariale Marrero)氏だ。
ともに登壇したのはAIテック企業Infinite Realityの共同創業者兼CEOのジョン・アカント(John Acunto)氏で、彼の協力のもと作り上げたというマレーロ氏自身の没入型メタバースプラットフォーム「Mar Bar」が紹介された。
ユーザーはマレーロ氏の自宅という設定のMar Bar内をアバターとしてバーチャルに探検し、リビングルーム、キッチン、ドレッシングルームなどを訪れることができる。キッチンでレシピ動画を見たり、チャットでの会話を楽しみ、マレーロ氏のおすすめの口紅を購入したり、ドレッシングルームで服を試着することも可能で、フォロワーはマレーロ氏の世界に浸ることができる。
アカント氏によると、このプロジェクトの画期的な点は、「(これまでのSNSプラットフォームとは異なり)クリエイターがこれらの没入型の世界で収集されたデータを完全に所有するところにある」とする。このようにクリエイター一人ひとりが没入的な固有空間を持つようになると、クリエイターが顧客データの透明性とコントロールを確保し、直接ファンとコミュニケーションを図るのはもちろん、広告主に対してもユーザーとの1対1のアクセスの提供ができるようになるという。
上記のようにコンテンツクリエイターの活躍の場は広がっているが、それは同時にブランド発信型の既存SNSプラットフォーム上でのインフルエンサーマーケティングが通じない時代の訪れを意味する。センターステージのパネルディスカッション「This is how you create great content(優れたコンテンツはこうして作られる)」に登壇したソーシャルメディアパーソナリティ&ソングライターのローレン・グレイ(Loren Gray)氏と「スーパーカー・ブロンディ(Supercar Blondie)」ことアレックス・ヒルスキー(Alex Hirschi)氏の2人が口を揃えるように、コンテンツクリエイターにとって最も重要なのは「オーセンシティ(真実性)」であり、消費者はすでに「(スポンサーなど誰かに)言わされている」と感じられるインフルエンサーを信用しなくなっているからだ。
「A new social shopping network(新たなソーシャル・ショッピング・ネットワーク)」セミナーに登壇したヌール・アーガ(Noor Agha)氏は、世界最大の電子商取引市場である中国ではDouyin(中国版TikTok)をはじめとするソーシャルメディアチャネルがオンライン購入体験の主流であり、「すでに真のソーシャルコマース・プラットフォームへの移行が実現した」とする。そして欧米でも、自身が創業したFlipのような、実在する一般人がショッピングにおける正直な感想を話す会話に参加したり、売り手の顔を見て話を聞いて購入ができるソーシャルコマースプラットフォームがユーザーを増やしているとして、ソーシャルコマースのあり方が変わりつつあることを示唆した。
Web Summit会場では、ほかにも「クチコミの価値を民主化する」ことをミッションに掲げた英国のスタートアップのソーシャルコマースプラットフォーム「i love it.」が出展していた。これは、同アプリのユーザーが自分の好きな商品をおすすめするショートビデオを投稿すると、そのコンテンツから発生した購入ごとに報酬がキックバックされる方式で、同時に他のユーザーのコンテンツからダイレクトにショッピングもできる。現在のアプリはフィットネス&ウエルネス分野でテスト運用を開始したクローズドのベータ版で、すでに250以上のブランドの約1万点の商品が取り扱われており、評判も上々だという。ユーザー主導のコンテンツが販売チャネルとして今後ますます影響力を持ちそうだ。
Text: 東リカ(Rika Higashi)
Top image: 著者撮影