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ロレアルの2024年上半期も全事業でプラス成長、その強さはぶれないM&A戦略

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ロレアルの2024年上半期(2024年1~6月)決算は、売上高が前年同期比7.5%増の221億2,080万ユーロ(約3兆4,776億円)、営業利益が同8.3%増の45億9,900万ユーロ(約7,230億円)、純利益が同8.8%増の36億5,000万ユーロ(約5,738億円)と増収増益だった。ロレアルの強さのひとつが、ぶれないM&A戦略だ。2024年上半期の決算をレポートしつつ、2回にわたってその戦略をひもとく。


全事業でプラス成長を果たし、なかでも皮膚科美容部門が最も高い伸び

2024年上半期の決算で、部門別にいちばん伸びたのがロレアル ダーマトロジカル ビューティ事業本部(旧アクティブ・コスメティクス事業本部、臨床皮膚医学や皮膚科学の知見にもとづいて設計されたスキンケア製品ブランド群をさす)で、最も高い成長率を示し、16.4%増の37億9,300万ユーロ(約5,962億円)を記録した。米国と中国の市場状況が悪化するなかでも、スキンシューティカルズ(SkinCeuticals)セラヴィ(CeraVe)が成長を牽引。ラ ロッシュ ポゼは「メラ B3 セラム」の成功により全地域で2桁成長を維持し、ヴィシー(Vichy)スキンベターサイエンス(Skinbetter Science)も成長に貢献。ロレアルの美容医療カテゴリーでのリーダーシップと研究開発基盤が成長を支えた。

ちなみに、2024年上半期の研究開発費用は6億6,730万ユーロ(約1,049億円)で、売上高の3.0%を占め、前年同期の6億2,280万ユーロ(約979億円)から増加している。この投資は、とくにバイオテクノロジーとデジタル技術の分野での革新を強化し、成長を支える重要な要素となっている。

ラグジュアリーブランドの失速などで市場からは評価も分かれる

業績がよかったにも関わらず、株価は乱高下の様相を呈してしまった。その理由は、大きく3つある。中国市場の低迷、ラグジュアリーブランドの不振、新興市場の不確実性だ。これらが期待値をわずかながら下回った。この課題に直面しているのはロレアルだけではないが、投資家心理の不安が表れたともいえる。

ロレアルの株価の動き
出典:Yahoo! Finance

その観点からみると、ロレアルの2024年上半期は、構造改革中でポートフォリオの集中と選択を抜本的に行い市場評価の高いユニリーバより見劣りはするもの、競合のエスティ ローダーやLVMHよりパフォーマンスはよかったといえる。

ロレアル、ユニリーバ、エスティローダー、LVMHの株価の動きの比較
出典:Yahoo! Finance

ロレアルのぶれないM&A投資戦略

ロレアルの圧倒的な強さを支えているのが、同社の成長のドライバーとしても語られるM&A戦略だ。幅広い消費者層をターゲットにする多様なブランドポートフォリオを持ち、ラグジュアリーブランドからマス市場向けのブランドまでを網羅している。なかでも、高成長市場やデジタル技術、クリーンビューティなど、将来の伸びが見込まれる領域の企業を買収し、傘下に入れたブランドをロレアルのリソースで強化してグローバル展開を加速させて大きなビジネスに育てていくことにかけては、ロレアルは一日の長がある。

これまでのM&A戦略を俯瞰してみてみると、そこには3つのポイントがある。

1.戦略的一貫性と長期ビジョン
2.グローバル展開とローカル適応のバランス
3.優れた財務力と買収後のPMI

今回は、戦略的な一貫性とビジョンについて詳しくみていきたい。2.と3.については後編でとりあげる。

自社とのシナジー、長期視点、世界展開。その戦略的一貫性

ロレアルはM&Aにおいて、長期的なブランドポートフォリオの強化という明確なビジョンを持っている。短期的な利益追求ではなく、買収先企業がロレアルの成長戦略にどのように寄与するかを重視しながら選定し、買収後もブランドの成長を継続的にサポートできる体制を整えている。シナジー効果を最大限に引き出すために、ロレアルの持つグローバルネットワークを活用し、買収先のブランドを世界展開させ、ブランドの成長スピードを加速させるのだ。

また、ロレアルが定義するところの「成長領域」に属する企業については、M&A、投資、事業提携で関係性を強化していることでも知られている。現在、ロレアルが成長領域として特定している領域は以下の4つで、2023年下半期から2024年上半期のM&Aや投資もこの領域で行われている。

a. グリーンサイエンスと持続可能な原材料

ロレアルは、2030年までに95%の成分をバイオ由来、豊富に存在する鉱物、循環プロセスから調達することを目標にしている。2023年12月4日にデンマーク・コペンハーゲンに拠点を置くプロバイオティクスおよびマイクロバイオーム研究の大手、ラクトビオ(Lactobio)社の買収完了を発表した。

ロレアルは、マイクロバイオーム領域におけるロレアルのリーダーシップを強化し、皮膚表面に生息する微生物の知見を深め、ラクトビオ社のマイクロバイオームに関する専門知識と重要な知的財産ポートフォリオを活用し、生きた細菌を使用した安全で効果的な新しい化粧品ソリューションの開発など、研究開発における新たな機会をひらくとしている。

b. パーソナライズドビューティ

ロレアルは、消費者一人ひとりのニーズに応じたパーソナライズ化の実現のため、AIやARなどのテクノロジーを活用している。2018年に買収したModiFaceの技術は、消費者が自分の顔写真を使ってバーチャルにメイクアップを試したり、スキンケア製品の効果をシミュレートすることを可能にし、個別化された製品選びを支援している。ModiFaceを傘下に入れたことで、PDCAのサイクルを回すことが自社で可能になり、ロレアルのビジネス戦略の中核として、ブランド価値と顧客エンゲージメント向上に大きく寄与していると評価される。

2022年に買収したSkinbetter Scienceも、パーソナライズドスキンケア製品を提供する企業で、高度な科学技術と臨床データにもとづいて、個別のスキンケアソリューションを開発している。この買収により、パーソナライゼーション技術と消費者向けのカスタマイズサービスの提供を強化した。

ロレアル本体だけでなく、2018年にはBOLD (Business Opportunities for L’Oréal Development)というベンチャーキャピタルファンドを設立し、下記のような美容医療領域、サロン向けソリューション、デジタル時代のクリエイティブとマーケティング領域で積極的に投資している。

Functionalab Group
美容クリニックや医療専門家向けに、スキンケア、栄養補助食品、そして美容治療に関連する製品を開発・販売しているFunctionalab Groupは、「Functionalab」ブランドの高機能スキンケア製品や、医療機関向けの美容施術用機器を提供するだけでなく、「Dermapure」や「Project Skin MD」などの美容クリニックチェーンも運営しており、カナダを中心に、クリニックや顧客に高度な美容ソリューションを提供している。美容医療分野でのプレゼンスを強化し、パーソナライズドビューティやプロフェッショナルなスキンケア市場での競争力を高める目的での投資だ。

SalonInteractive
SalonInteractiveは美容サロン向けのEコマースプラットフォームを提供する企業で、美容サロンが美容製品を顧客に直接販売するためのツールを揃えており、在庫管理や配送サポートも行える。サロンは店舗に在庫がない場合でも顧客に製品を販売することが可能だ。

Slick
ヘアサロン向けの予約管理システム、顧客管理ツール、マーケティングオートメーション機能を備えたプラットフォームを提供するSlickは、サロンの運営を効率化するための支援を行っている。

Replika Software
ソーシャルセリングを支援するソフトウェアプラットフォームを提供するReplika Software。ブランドやリテーラーがインフルエンサーや顧客との連携を強化し、ソーシャルメディア上での販売活動を促進するためのツールを提供している。

Rembrand
次世代のデジタルマーケティングソリューションを提供するRembrandは、AIを活用してクリエイティブコンテンツの自動生成と最適化を行い、ブランドが顧客に対して、効果的かつパーソナライズされた広告のリアルタイムのコンテンツ生成と配信を可能にする。

VLGE
クリエイティブおよびデジタルエージェンシーのVLGEは、主にブランドの成長を支援するための戦略、デザイン、技術的ソリューションを提供。ブランドのストーリーテリングや顧客体験の向上を目指し、デジタル技術を駆使したマーケティングキャンペーンやクリエイティブコンテンツの開発を行っている。

c. ビューティテック

b. のパーソナライズドビューティとも重なる部分もあるが、AI、AR、VRなどの先進技術と、メタバースやWeb3領域を活用することで、消費者はより個別化された美容体験を享受できてブランドとのエンゲージメントが向上するとして、ロレアルはこの領域を積極的に開拓している。

とくにメタバース、Web3関連企業については、BOLDを通じて投資を行っている。次世代のデジタルクリエイティブエコシステムを支援し、デジタルアートやファッション分野での新しい表現方法を模索するための投資とみられる。

HUG
Web3技術を活用したクリエイター支援プラットフォームを提供するHUG。クリエイターがNFT(Non-Fungible Token)やその他のデジタル資産を通じて、コミュニティとの関係を強化し、収益を得ることを支援する。

Digital Village
Digital Villageは、ブランドやクリエイターコミュニティのためのMaaS(メタバース・アズ・ア・サービス)プラットフォームとNFTマーケットプレイスを提供する。ロレアルがメタバースとWeb3領域においてベンチャーキャピタル投資を行ったはじめての案件でもあり、2022年に開始した女性起業家・スタートアップ支援の取り組みである「BOLD Female Founders」による最初の投資ともなった。

d. ヘルスケアとウエルネス

ロレアルは、ヘルスケアとウエルネスに焦点を当て、これらの分野を美容と結びつけて新たな価値を提供している。とくにストレス管理、睡眠の質向上、精神的なウェルビーイングを促進する製品やサービスを開発し、美容を超えた包括的なアプローチを提供している

2024年1月16日には、BOLDが、長寿のためのソリューションを開発するスイスのバイオテック企業、タイムライン(Timeline)社の少数株式を取得したことを発表した。

タイムライン社は食品、美容、健康領域に長寿をもたらす革新的なソリューションの開発を行っており、細胞中のエネルギー生産器官であるミトコンドリアを老化から若返らせる独自の分子、Mitopure®を開発している。

また、2024年8月5日ロレアルは、皮膚科学にもとづいたダーマコスメを開発するスイスのガルデルマ(Galderma)の株式10%を取得して、資本・業務提携することを発表した。この10%の株式は、サンシャイン・スイス社(EQTが率いるコンソーシアム)、アブダビ投資庁(ADIA)、オーバ・インベストメント社から取得した。

ガルデルマとの資本業務提携の意図は、急速に成長する皮膚科領域と美容医療市場における影響力を強化し、戦略的なパートナーシップを築くことにある。もともとガルデルマはロレアルとネスレの合弁会社として設立され、ロレアルは2014年に持分を売却した経緯がある。今回の投資ではロレアルがガルデルマの皮膚科ソリューションや美容医療(インジェクタブルエステティクス)に着目し、ロレアルの持つ皮膚生物学や診断ツールの分野での専門知識を活かし、ガルデルマとの共同研究を通じて新しい技術と価値を開発し、両社の製品ポートフォリオを強化することを目指している

この提携は、ダーマトロジカル ビューティ部門の成長をさらに促すことにもつながりそうだ。

次回は、買収後のPMI(統合プロセス)のうまさ、グローバル展開とローカル適応のバランスについて取り上げる。

Text: 秋山ゆかり(Yukari Akiyama)、BeautyTech.jp編集部
Top image: mariakray via Shutterstock