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ロレアルによるM&Aブランドへの周到なPMI、グローバル展開とローカルナレッジの重視

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ロレアルのぶれないM&A戦略について、前編ではその3つのポイントのうち、「戦略的な一貫性と長期ビジョン」について触れた。今回は、「買収後のPMIのうまさ」「グローバル展開とローカル適応のバランス」について取り上げる。


盤石の財務力と買収後の独立性をもたせたPMI

ロレアルのM&Aについて、市場ではPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション。M&A(合併・買収)後の統合プロセス)への評価が高い。そもそも盤石な財務基盤でキャッシュリッチのため、多少プレミア価格がのっているといわれる案件でも、自社が必要と判断すれば躊躇せずに買収に踏み切れるという背景もある。たとえば、イソップを25億3,000万ドル(約3,592億円)でナチュラ&コー(Natura &Co)から買収した際には、買収価格がイソップの売上高の約4.2倍にあたり、高額ともいわれたが、サステナビリティとラグジュアリーブランドのポートフォリオの観点から、その金額を支払ってでもロレアルは傘下に組み入れたかったブランドなのだ

ロレアルは、買収先企業の独立性や文化を尊重しつつ、自社の文化との調和を図ることにとくに重点を置いている。そのために、多くのワークショップやトレーニングが行われ、従業員のエンゲージメントを維持しながら統合を進める点に特徴がある。買収したブランドが持つ市場での強みを活かし、ローカル市場に合わせた戦略を展開するやり方は、ユニリーバと比較すると対照的にも映る。ユニリーバは、買収したブランドに対して、サステナビリティとインクルージョンという視点で統合にフォーカスするやり方をとっているからだ。

そんなロレアルでもうまくいかなかった例はある。2006年に買収したザ・ボディショップだ。創業者のアニータ・ロディック氏は残ったものの、その情熱はグローバル規模の人権や環境問題の解決のほうに向けられ、2007年には病のため死去する。つまり、精神的な支柱を失い、ブランドの方向性が不透明になり、消費者のボディショップに対する信頼や支持が低下したと指摘された。その間にLUSHをはじめとする、創業期のザ・ボディショップを彷彿とさせる競合も登場し、ロレアル傘下でボディショップは苦戦。最終的には、2017年にブラジルのナチュラ&コーに売却された。このような過去の反省も、その後のM&AのPMIに生かされているといわれる。

ロレアルによるブランドのM&Aで、とくに成功事例といわれるケースを2つ紹介する。1つは、2014年に買収したNYX Professional Makeupで、創業者のトニー・コー(Toni Ko)氏を一定期間経営に残して、ブランド成長のビジョンを尊重。ブランド文化やマーケティング戦略を尊重しつつ、ロレアルのリソースを活用してグローバルに展開することで、両者の文化統合を成功させた。その具体的な取組みには3つのポイントがある。

1.ブランドアイデンティティの維持
ロレアルは、NYXのブランドアイデンティティを尊重し、そのトーンやビジュアルスタイルを大幅に変えることなく、NYXが既に築いていた若年層に対する強い訴求力を維持。

2.デジタルマーケティングの強化
NYXのデジタルファーストの戦略をさらに強化し、インフルエンサーマーケティングやソーシャルメディアを活用したプロモーションを展開。これにより、NYXはグローバル市場でも強いブランドとしての地位を確立。

3.現地チームとの連携
NYXの元々のチームとの密接な連携を保ち、彼らの知識や経験を活かして新しい市場への進出を行った。このアプローチにより、買収後もNYXの企業文化が損なわれることなく、ローカルな市場特性に適応した戦略が展開された。

とはいえ、NYXは、日本中国などのアジア圏ではロレアル主導で再ローンチするも、すぐに撤退している。日本において困難があった背景には、当時、NYXに競合する韓国や中国コスメ、プチプラコスメが台頭していたこと、ロレアル買収後の再上陸のため(2006〜2012年まで日本展開)、離れた顧客を取り戻すには、バラエティショップだけでなく、ドラッグストアチャネルも必要だったなどの理由が挙げられる。

2つめの成功事例は、2017年に約13億ドルで買収したセラヴィ(CeraVe)だ。この買収には、医療グレードのスキンケア市場でのポジションを強化し、グローバル展開を加速させる狙いがあった。PMIは、セラヴィの製品ポートフォリオはキープしたまま、グローバルの販売ネットワークを活用して、ブランドを新興市場・既存市場の双方に展開。ロレアルのサプライチェーンと製造力を取り入れることで、コスト効率と生産性を向上させた結果、ヨーロッパやアジア市場でも成功を収めて、急成長をとげた。

グローバル展開とローカル適応のバランス

ロレアルは自社のアプローチを「グローバルブランド、ローカルナレッジ」と称している。また、「Geocosmetics(ジオコスメティクス)」という概念を全社で共有。国や地域により異なる文化や儀式に関する知識を集め、製品開発に反映させたり、消費者を地域レベルで理解し、製品を最適化するために活用している。これにより、ロレアルは世界各地の主要な市場で同じブランドを展開しつつ、同時に、ブランドが各地域で適切に機能し、現地の文化や消費者の好みに合わせた製品やプロモーションの展開を行い、グローバルなブランド力の維持と現地での競争力を高めることに成功している。

具体的には、ロレアルは2003年に米シカゴに「ロレアル エスニック ヘア&スキン研究所」を設立し、続いて2005年には中国・浦東にリサーチセンターを開設した。これらの施設では、それぞれの地域の肌や髪の構造と行動についての詳細な研究が行われ、地域の消費者に特化した製品開発が進められた。

浦東の施設では、2010年までに中国の消費者に特化してデザインされた300以上の化粧品とヘア製品を開発。このアプローチにより、ロレアルはグローバル製品を地域市場に適合させることができ、ローカルなイノベーションを促進するための基盤を築いている。このような手法が、M&Aで傘下にした企業やブランドにもしっかりと適用されている。

セラヴィの事例では、3つの「ジオコスメティックス」なアプローチがある。

1.製品ラインの調整 
セラヴィのベストセラー商品は豊富な保湿成分で肌のバリア機能を強化することを目的としたMoisturizing Creamで、米国ではアマゾンやウォルマートなどの主要なオンラインや実店舗で販売され、消費者から支持を集めている。欧州でもMoisturizing Creamは人気だが、一般的に湿度が高く温暖な気候環境のアジアで展開する際には、少し軽いテクスチャーに変更した商品を提供している。

またセラヴィは、米国市場ではより広範なラインとし、日焼け止めや特定の肌トラブルに対応する製品を充実させている。製品ラインが調整されている事例としては、CeraVe AM Facial Moisturizing Lotionが米国ではSPF30とSPF50(2024年に追加)であるのに対し、オーストラリア版ではSPF15としているなど、それぞれの地域で認可される日焼け止めの成分の違いに対応している。これも、ロレアルの持つ製造力ゆえに、細かい対応が可能となっている。

2.マーケティング戦略の変更
セラヴィのデジタルとSNS戦略としては、アジアではインフルエンサーや美容ブロガーと提携するほか、WeChatやLINEなど地域ごとに異なるSNSを活用している。

なかでも中国市場は、オンラインショッピングが普及しているため、主にJD.comやTmallといった主要なEコマースサイトを通じて展開している。JD.comでは、セラヴィの製品ページにてJD Healthの遠隔医療サービスと連携して、消費者が製品選択やスキンケアに関するアドバイスを受けられるサービスも提供している。

これにより、セラヴィはオンライン上での消費者との関係を強化し、信頼性を高めることに成功、JD.comで、2021年には売上を2倍にまで拡大した。

また、中国市場向けに特別なプロモーションやギフトパッケージも展開しており、中国の伝統的な行事や消費者の購買習慣に合わせたマーケティング戦略を取り入れている。たとえば、JD.comの「シングルデー」プロモーションや「七夕」のギフトパッケージが成功例として挙げられる。

3.販売におけるパートナーシップを地域ごとに選定
米国はドラッグストア、東南アジアはオンラインプラットフォームに加え、百貨店やセフォラ(Sephora)などの化粧品専門店、中国ではJD.comやTmallなどの主要なEコマースサイト、日本ではアマゾンと、販売チャネルやパートナーシップを地域ごとに変えて、ROI(投資利益率)が最大化するよう設計している。

2023年下半期〜2024年上半期にロレアルが買収、投資した企業

改めて、この直近1年でロレアルが買収、投資した案件をまとめてみると、ロレアルがこの先、商品やサービスのポートフォリオをどう拡充させていくのかの戦略もみえてくる。ハイブランド、ライフスタイル、サステナビリティといった観点から全方位にポートフォリオを充実させるとともに、プロバイオティクス、長寿のためのバイオテクノロジー、美容皮膚科領域と、ウエルネスと美容が融合したサービスをより強化しようという姿勢が感じられる。前編で紹介したロレアルが定義するところの「成長領域」のなかでも、「グリーンサイエンスと持続可能な原材料」と「ヘルスケア&ウエルネス」の領域でとりわけ活動が活発化している。

2023年8月30日 ロレアル、イソップ買収を完了

2023年12月4日 ロレアル、精密プロバイオティクスのリーダーであるデンマーク企業ラクトビオを買収

2024年1月9日 ロレアル、画期的な節水技術を開発した環境ウォーターマネジメントのスタートアップ企業ギオサ(Gjosa)を買収

2024年1月16日 ロレアルのベンチャーキャピタルファンドBOLDがスイスの長寿バイオテクノロジー企業タイムラインに投資

2024年2月9日 ロレアルグループがミュウミュウと全世界での独占ライセンス契約を締結

2024年8月5日 ロレアルグループ、ガルデルマ社の株式を10%取得

Text: 秋山ゆかり(Yukari Akiyama)、BeautyTech.jp編集部
Top image: Sorbis via Shutterstock