I-neのファブレス企業としての開発方法論、ヒット商品を生むまでのインサイトとR&Dの「すりあわせ方」
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工場を持たないファブレス企業として多くのOEMなどとともに製品づくりをするI-ne(アイエヌイー)。BOSS(生活者)のインサイトを深掘りしながら、協力会社と理想の商品を磨き上げていく同社のプロセスを、ヘアケア製品プロジェクトを事例にみていく。
ファブレス企業としての製品開発とOEMとの連携
I-neは、ファブレス企業として、日本国内を主とした200社以上のネットワークを活用してOEM企業とつながり、製品開発を行っている。
I-neにおける製品開発の中心的な役割を担う株式会社I-ne ビューティケア事業本部 商品企画開発部 部長 西林遼一郎氏は、同社がOEM企業とともに理想とする製品を開発するにあたってスムーズな連携が行われるよう両者を結ぶ、いわば橋渡し役だ。前職で大企業のR&D部署に所属していた経験もある西林氏が、I-neに移ってまず驚いたのが処方決定プロセスのハードルの高さだったという。
「R&Dの部署を持つ企業であれば、社内にR&Dのスペシャリストがいて、そのスペシャリストの評価にもとづき、ある処方をGoするか、もしくはNo Goかを決定する場合も多いと思う。しかし、I-neでは、BOSS目線(I-ne社内の用語で「生活者目線」の意味)という行動指針に沿って、社内外の多数のモニターに開発中のサンプルを使用してもらい、『実際に買いたいか』とリピートの購入意向を問い、そのリピート購入意向の率で、その処方を採用するか否かを決めている。Go となるには、既存商品で最高レベルのリピート率をもつ「BOTANIST(ボタニスト)」と同等レベル、もしくはそれ以上でなければならないというルールがある」(西林氏)
I-neのヘアケア開発もBOSS目線、BOTANISTからWELLP、Qurap
I-neは、2023年にドラッグストア市場での売上シェア日本1位を獲得した「YOLU(ヨル)」のほか、BOTANISTやそのサブブランド「WELLP(ウェルプ)」、2024年4月発売の「Qurap(キュラップ)」など多様なヘアケアブランドを展開してきた。その中核には、前述したように「常にBOSS(生活者)のニーズを満たしつつ、半歩先の新しい価値を提供する」という同社の開発方針がある。
同社のリピート率の基準ともなっているロングセラーのBOTANISTは2015年に発売、2023年に2回目のフルリニューアルを行った。デプスインタビューや定量アンケートを行うなかで、髪を染め始めたなど、髪質が変化してそれが気になりだしたタイミングや、髪に対する意識が高まったタイミングでプレミアム価格帯のアイテムを手に取る生活者が多いことがわかり、そのニーズにもっと応えていけるようにと、このフルリニューアルでは、髪の内側から保湿・修復し、根本ケアができる処方に改良したという。
また、ボタニストから派生する形で2024年2月に登場したのが頭皮ケアに特化した医薬部外品サブブランド、WELLPだ。フケやかゆみなど、従来のBOTANIST製品ではカバーしていなかったニーズに応える。
2024年4月には新ブランドのQurapを発売した。同ブランドでは、ヘアカラーを楽しみながら髪質改善も行いたいという、従来相反すると思われていた2つのニーズに同時に対応する。「髪のダメージの原因となる悪い影響を減らす」アプローチではなく、「毛髪への”良い影響を増やす”ことで、好きなヘアスタイルを楽しめるよう導く」という考え方をコアとして開発した。とくに近年のハイトーンカラーブームのなか、新しい価値を提供するブランドとしてI-neでは位置付けている。
株式会社I-ne執行役員CMO 上田隆司氏は、「キュラップは、髪を染め続けたいがダメージは避けたいというニーズに応えるために、多くの試行錯誤を経て製品化した」と語る。
一般的に、社内にR&D部署がある企業では、その部署の一存で処方が決定されたり、社内である程度の納得感があれば処方が決定されるケースも多く、 I-neのモニター調査の規模の大きさ、そしてクリアしなければならない基準値の高さは、西林氏のこれまでの体験とは異なるものであったという。「客観的に数字で基準を定めてジャッジする基準の高さと、その高さに社内メンバーが皆コミットして乗り越えていくプロセスを目の当たりにした」(西林氏)
また、新製品を実現させるにあたり、モニターからリピート購入意向を獲得するためには、求められているニーズに合わせて開発途中の商品の品質を高めていく必要があるが、その過程で西林氏がもっとも大事であると感じるポイントは「OEM企業や社内とのコミュニケーションで使用する言語のすり合わせ」だという。
社内にR&Dがある場合、開発中の処方に関する情報が社内である程度オープンになっており、かなえたい使用感やコストなどをR&Dを含めた関係部署間で比較的密に会話できる環境があるのが一般的だ。しかし、I-neのようなファブレスメーカーでは、処方に関する詳しい情報を持つのはOEM企業であり、共通言語を持たない企業同士が齟齬なく正確にコミュニケーションする必要があるわけだ。
「たとえば、I-ne社内では『ぷるんとした髪』といった最終的なマーケティング目線の言葉を使って使用感を表現し、それで意思疎通ができていたとしても、研究開発がメインのOEM企業では違う言語表現をしており、両者で考えていることがうまく伝わらない場合がある。そうした言語の違いをまずすりあわせていくことが大事だ。I-neの開発担当としてはBOSS(生活者)の声はもちろんのこと、OEM企業、社内のPR担当など、開発から販売に関わるさまざまな人の言葉の翻訳者でありたい。それには、マーケティングの理解から成分レベルのインプットまで、細かなコミュニケーション力が求められる」(西林氏)
つまり「泡立ちがよい」という言葉ひとつをとっても、人それぞれで捉え方が違う。ある人は、泡立て直後や2秒後程度の泡の総量のことを思いうかべ、またある人は泡立ちしきった後の泡の密度や、あるいは泡の弾力性のことを言っているのかもしれない。こうしたケースでは、I-neではOEM企業に対して、言葉ひとつひとつの定義の確認とともに、定量・定性的な評価の両軸で伝えているという。
「泡立ちについては、全体的な満足度に対しこの項目が◯%低かった」といったモニター結果にもとづいて、どのように改良したいのかを具体的に細かく伝えるのと同時に、「この製品のこの部分のパフォーマンスを向上させて欲しい」とサンプルを提供することもある。また、I-ne社内にはテストマーケティング用のシャンプー台を備えたヘアサロンや、香りや泡立ちを評価できるラボも併設され、そこにOEM企業を招いたり、I-ne側からOEM企業に出張して「この洗い流し時の指通りをこんなふうに改良したい」と、実際に毛ウイッグや実際の人頭の髪を一緒に触りながら、共有したり評価し合うこともある。
一方で、成分に関する知識があり、評価ができるのは西林氏のようなR&D出身のメンバーだけではない。I-neでは、商品企画開発部のメンバーが主体となって社内全員で新商品コンセプトのアイディア出しをする仕組みを持つが、そうして立案されたコンセプトを、日頃から成分に関する知識を充実させることに努めている企画やマーケティング担当もプロジェクトに落とし込み推進している。
「成分に関する知識や評価力をI-ne社内のマーケティング担当メンバーが広く身につけることで、OEMとのディスカッション内容を把握し、開発の初期段階から製品が市場に出るまでの過程に関わっている。社内メンバーの平均的な製品評価力はR&D部門を社内に持つ大手企業と比較しても高いと感じている」(西林氏)
Text: 大塚愛(Megumi Otsuka)
Top image:株式会社I-neプレスリリース