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いま、ブランドに起きていること(3) - ユーザーとの接触コストは、ネットよりもリアルが安くなる

ブランド体験を自社のみで提供するのは限界がある

前回は、ユーザーに知ってもらうことの難しさと、ユーザーにブランドをより深く知ってもらう→好きになってもらうために、今まで以上に「体験」が重要になってくるというお話をさせていただきました。

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ブランド側も「体験」を重要な要素として大きな投資をしています。多くのブランドが銀座や表参道でブランド体験のフラッグシップショップを立ち上げています。その多くは、販売を目的にしていない(販売をしていない)お店になっており、未来のテクノロジーを導入し、デザイナーやアーティストとブランドの世界観を表現したお店になっています。

しかし、そのブランドの世界観を「体験」してくれているユーザーは実際にどのくらいいるのでしょうか?

銀座や表参道などの一等地にある旗艦店には、高い家賃に加え、その企業・ブランドの世界観を表現するためのクリエイティブコスト、そしてスタッフや維持コストももちろんかかります。しかし大きな投資をかけたにもかかわらず、そのフラッグシップにお客様が列をなして並んでいる、というシーンは見かけたことはないと思います。

このお店が誰に向けたものなのか、例えば、すでにブランドのコアなファン向けのものなのか、それともまだブランドを体験していない新しいユーザーに向けたものなのか、ユーザーに伝わっていない、ユーザーにそのお店に行って体験してもらう理由が明確化されていないままになっていないでしょうか。

仮に、この旗艦店を@cosme TOKYOの3階にもってきたらどうでしょう。ユーザーは「化粧品が好きな人」「新しい化粧品を探しに来ている人」がほとんどです。そのユーザーに今までにない体験の機会を提供するのです。地代家賃が仮に半分、ユーザーの接触数は少なくとも倍以上になったとしたら、いまのユーザー1人あたりの接触コストは4倍以上の価値になるはずです。大事なのは、体験する場所をつくることだけでなく、体験してもらえるユーザーを増やすことです。

ユーザーとの接触コストが、ネットよりもリアルが安くなる

実は、いまのデジタルの世界も同じことが起きていないでしょうか? 前々回に書いたように、各ブランド毎の世界観をユーザーに体験してもらうべく、メタバースの世界に投資をしています。

ですが、どうやってそのブランドの世界観をネットで体験してもらうのでしょうか?

確かにネットは、商品を理解するという意味ですごくよいツールです。写真も動画も増えて、より世界観を伝えやすくなってきています。しかし、ネットにおいてその「理解してもらう」ためのきっかけをつくる→「知ってもらう」というユーザー獲得のコストは、どんどん上がってきています。前回お話したように、AIの活用によって興味関心が高いユーザーには効率的にコンタクトできるようになっていますが、新しいユーザーを獲得するのは難しくなってきています。

たとえば、100ブランドと出会うのに、ネットとリアルとどちらが効率いいでしょうか?

ネット上で化粧品を探そうとブランドサイトやECサイトを巡っていると、1時間でせいぜい10商品でも比較できれば十分ではないでしょうか。そのうち疲れてしまって、見るのをやめてしまった経験がある方もいると思います。
一方で、@cosme TOKYOに行ってみると、10や20ではなく100近くのブランドを目にします。いろんな商品に触れているうちに、あっという間に1時間経ってしまった、という経験をしてくれているユーザーも多くいます。

そうなんです。実は最初の顧客接点は店舗(リアル)の方が効率的なのです。「テレビや雑誌に比べて、ネットでのプロモーションはコストが安い」というイメージがあると思います。最初の顧客接点は、マスメディアでもネットでもなく、リアルの店舗が安くなってきているのです。とくに新しいお客さまと出会う→セレンディピティ(偶然的な出会い)は店舗の方が明らかに多いのです。

「オンラインメディア→リアル店舗」から「リアル店舗→オンラインメディア」への大きな変化

一番大きなポイントは、店舗が「販売する場所」から「商品に出会う場所」になってきているということです。「メディアで伝えて店舗で買ってもらう」という大きな流れが、「店頭で出会って、ネットで確認・理解して買ってもらう」という流れに変化してきているのです。

ネット黎明期から少し前まで、テレビ・新聞・雑誌・ラジオという4マスにWebメディアという捉え方でした。ブランドは商品を知ってもらうために媒体特性やペルソナを見極めてメディアに出稿し、お客様に店舗に足を運んでもらう機会をつくり買っていただくということが、ある意味ゴールでした。

Webの位置づけは「メディア」のひとつ

しかし、いまは違います。「商品を伝える」という意味でのマスメディアというものが段々難しくなってきています。とくに、若い世代になればなるほど、情報取得がほとんどネットからになり、TVも家にないし、雑誌も新聞も買わない、ラジオは聞いたことがない、という世代です。だからといって「マスメディアを使わなくなってきてネットになっているなら、最初のユーザーとの最初の接点は ネットで」ではないのです。それではメディア的発想から抜け出せていません。

ネットの役割が、ブランド・商品を理解しより深く知っていく場に

ネットは「商品と出会う」という最初の接点というより、「商品を深く知ってもらう」方が効率的なのです。@cosmeにあるクチコミも、より商品を理解してもらうプロセスのひとつです。

では、どこでユーザーとの最初の接点を持つのかといえば、一番新しい化粧品を探している人がいる場所・商品を知ろうとしている人が集まっている場所が店舗です。先ほど書いたように、ユーザーにとって1時間程度で100ブランドと出会うのに「ネット」ではなく「リアル」のほうが楽しくできる。なのでユーザーとの最初の接点は「リアル(店舗)→ ネット」の方が効率が良いのです。

「小売店舗→ネット」への仕組みをつくることが、出会いとファンづくりのために重要

ブランド側も買ってもらったお客様とずっとつながり、ファンでいてもらう、あるいは新規のお客様とも効率的につながっていく必要があります。
ということは、ユーザーに商品を知ってもらう・買ってもらうためのプロセスに必ずネットを踏んでもらう必要があると考えています。そう考えると、この上の図の赤枠、とくに赤矢印のところにこれから投資をしていかなくてはなりません。にもかかわらず、店舗の売上が下がってきている中で、誰がこの赤矢印の開発・投資をしていくのでしょうか

私は、ここに次の新しい可能性があると考えています。ブランドと小売店との新たなパートナーシップ・ビジネスモデルを構築する必要がある、その時期がきていると思っています。

繰り返しになりますが、マスメディアというものが段々機能しなくなってきている中で、店舗はすでに「購入する場所」から「商品と出会う場所」としての役割が大きくなってきています。

しかし、店舗のビジネスモデルは、基本「購入してもらった金額=店舗の売上高」がベースのままです。ECがこれからますます大きな販売チャネルになっていく中で、この「商品と出会う」「ブランドのネットスペースにユーザーを誘導する」ということを店舗の収益構造に大きく組み込んでいくことが、次の店舗の進化・大きな変化につながっていくと思っています。

そのために、私たちはいま@cosmeTOKYOを「ミライの店舗」に位置付けて、顧客台帳やECとの連携などに取り組んでいますが、このあたりはまた、8月以降に詳しく書いていきたいと思います。

メディアとしてのWebへの投資から、小売店舗からブランドのネットスペースへの誘導に投資すべきフェーズ

次回予告:いま、生活者に起きていること - 「失敗したくない」気持ちの高まり

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<著者プロフィール>

吉松徹郎
株式会社アイスタイル 代表取締役社長 兼 CEO


東京理科大学基礎工学部卒業後、アクセンチュア株式会社入社。1999年7月に有限会社アイスタイル(現:株式会社アイスタイル)を設立し、代表取締役社長に就任。同年12月、コスメ・美容の総合サイト「@cosme」をオープン。2012年、東証一部上場。現在は「Beautyの世界をアップデートしながら、多くの人を幸せにしよう」をミッションとして事業を拡大、アジアを中心にグローバルにビジネスを展開。また、公益社団法人 経済同友会東京オリンピック・パラリンピック 2020 委員会副委員長、公益社団法人 経済同友会幹事を務めるほか、公益社団法人アイスタイル芸術スポーツ振興財団を設立し、理事長として現代アートの制作・展示への助成支援やスポーツイベント開催活動への助成支援を行うなど、活動の幅を広げている。「第6回ニュービジネスプランコンテスト」優秀賞(1999年)、ICS「第14回 ポーター賞」(2014年)、「EY Entrepreneur Of The Year Japan 2018」 Growth部門 特別賞(2018年)など、受賞歴多数。