見出し画像

LVMHは顧客体験にフォーカス、Lキャタルトンは有望な消費者向けブランドへ積極投資

◆ 新着記事をお届けします。以下のリンクからご登録ください。
Facebookページメルマガ(隔週火曜日配信)
LINE:https://line.me/R/ti/p/%40sqf5598o

LVMH本体は、最高の顧客体験のためのM&Aや投資を続け、LVMH系列のコンシューマ業界に特化した投資会社Lキャタルトン(L Catterton)では、成長著しい有望ブランドへの出資が続いている。直近では仏パリ発の人気レザーグッズブランドのポレーヌや、イタリア発のコスメKIKO Milanoへの投資が話題となった。美容分野を中心に、2024年のLキャタルトンやLVMHグループの投資やM&A活動を俯瞰して紹介する。


消費者向けプロダクトやサービスを専門にした多角的な投資会社Lキャタルトン

Lキャタルトン(L Catterton)は、2016年にラグジュアリー業界トップのLVMHグループと、同グループの会長兼最高経営責任者ベルナール・アルノー(Bernard Arnault)氏一族の投資会社であるグループ・アルノーが、1989年創業のコンシューマ業界に特化したプライベートエクイティ投資会社Cattertonと提携して誕生した。この提携以来、3社は消費者インサイト、ブランド戦略、小売拡大、ポートフォリオ全体のスケールメリットなどの分野で積極的に協力している。不動産、ファッション、美容・パーソナルケア、ヘルスケア、レストラン、飲料、ペット、レジャー領域など、消費者向けのプロダクトやサービスを中心に多岐にわたるポートフォリオを持ち、1989年から数えると275件以上に投資、約350億ドル(約4兆9,280億円)の株式資本を運用している。

ファッション分野では、エトロ、A.P.C.、GANNI、JOTT、ビルケンシュトックなどに投資を行い、2021年に過半数の株式を取得したビルケンシュトックは、新規公開株式時に15億ドル(約2,112億円)だった企業価値が2023年末には104億ドル(約1兆4,643億円)にまで成長している。2024年8月末には、急成長する仏パリ発のレザーバッグブランド ポレーヌの少数株主の株式取得をしたことでも注目を集めた。ポレーヌはすでに米ニューヨーク、東京、韓国ソウルにブティックをオープンしており、2023年には売上1億4,270万ユーロ(約223億円)で前年の2倍の成長を記録、2025年には独ハンブルグ、英ロンドンへの進出も決定している。

また、化粧品領域も利益率、リピート率、ライフタイムバリュー(LTV)の面からLキャタルトンが高い関心を寄せている分野で、日本企業を含め世界30以上の美容ブランドに投資経験があり、オムニチャネル戦略を追求して各ブランドの成長を加速させている。

美容メディア「BeautyMatter」によると、2018年にはハリウッドスターのジェシカ・アルバ(Jessica Alba)氏が立ち上げたベビーケアやクリーンビューティのD2CブランドThe Honest Company に出資したほか、2020年には日本のエトヴォス(ETVOS)の株式の過半数を取得。ヘアケアブランドにも複数出資しており、パーソナライズヘアケア製品のパイオニアとして知られるFunction of Beauty、へアケアを中心に複数のパーソナルケアブランドを傘下に持つ日本企業 Ci FLAVORS、ヘアエクステンションのBeauty Industry GroupBELLAMI Hair、2023年にはヴィーガンヘアケアのMaria Nilaにも出資している。

また、2024年4月には、高品質なプチプラ製品をもつイタリア発の世界最大級の美容ブランドKIKO Milano(KIKO)の大多数の株式を取得した

KIKO は、1997年にアントニオ・ペルカッシ(Antonio Percassi)氏とステファノ・ペルカッシ(Stefano Percassi)氏によって設立された、メイクアップカテゴリーを中心に手頃な価格の高機能製品で知られるブランドで、66カ国に1,100以上の店舗を展開、広範な小売ネットワークと効率的なECプラットフォームを持つ。品質主導でバリューフォーマネーの製品を通じて、多くのロイヤルユーザーを育てており、2023年には約8億ユーロ(約1,253億円)の純利益を記録し、前年比で約20%の成長を遂げた。

Lキャタルトンの株式取得後も引き続き同ブランドの代表を務めるアントニオ・ペルカッシ氏は「Lキャタルトンの化粧品分野における豊富な専門知識、ビジネス機会と人材に関する世界的なネットワークを活用することで、KIKOのグローバル拡大が加速すると確信している」とプレスリリースで述べている。KIKOが180店舗を展開するフランスと、ベルギーやオランダでは、ロクシタンやザ・ボディショップで幹部を務めて市場を熟知するユーグ・ローレンソン(Hugues Laurençon)氏がマネージング・ディレクターに就任する。

また、同年6月には米国俳優ナオミ・ワッツ(Naomi Watts)氏が立ち上げた更年期ウエルネスコスメStripes Beautyの大多数の株式を取得した。同ブランドの登場は健康的なエイジングと更年期障害の市場に大きなインパクトを与え、自社ECサイトとアマゾンで売上を構築してきた。この戦略的提携により、Lキャタルトンは、Stripes Beautyの取締役会長(Présidente executive)に、美容、戦略、小売、運営で豊富な経験を持つ元レブロンCEOのデブラ・ペレルマン(Debra Perelman)氏を、社長には元ロレアル・パリ幹部のカーラ・カメネフ(Cara Kamenev)氏を任命した。マスマーケティングのエキスパートを新しいリーダーに置くことで、手の届きやすい価格帯のラグジュアリーセグメントでの革新的な商品開発、新たな顧客獲得を目指し、国内外での成長を加速する。

さらに、2024年9月上旬には、ラトビア発の化粧品ブランド、ステンダーズ(Stenders)の大多数の株式を取得した。同ブランドは天然成分を使用した石けん、ソルト、スクラブなどプレミアム・バス&ボディケア製品を20カ国、300店舗以上で展開する。世界的なホリスティックなウェルビーイングへの関心の高まりから、バス&ボディケアのニーズは天然素材のプレミアム製品へシフトしており、こうした消費者動向は、バスタイムは体を洗うだけでなく、心をリラックスさせ浄化するためのものと考える、ラトビアの入浴文化を根本にもつステンダーズの成長を後押ししている。今後、Lキャタルトンの専門性やネットワークを活用し、アジア、欧州、中東、米国などグローバル展開を促進するとする。

オムニチャネル戦略とD2C強化、成長市場での戦略的提携

Lキャタルトンは時代や消費者行動の変化に敏感に反応し、デジタル分野で先進的な考えを持つオムニチャネル・ブランド(小売、オンライン、卸売、D2Cなど、複数のチャネルを適切に設計して商品を流通させているブランド)にいち早く投資しているが、出資先企業のマーケティングやECなど、D2Cビジネスをさらに強化するために、2024年2月に主要テクノロジー企業との提携を発表している。ECプラットフォームShopifyをはじめ、メルマガ配信や顧客データの分析、デジタル広告における集客支援・分析などを行うメールマーケティングアプリKlaviyo、マーケティング費用を最適化し収益の最大化をうたうソフトウェアLiftLab、また、Google、Meta、TikTokといった企業と提携し、オムニチャネル展開でビジネス改善とスケールを目指すとする。

また、中国やインドなど成長市場での提携も進んでいる。Lキャタルトン・アジアは、2024年3月にインドのコンシューマ市場の発展を加速すべく、インド人実業家のサンジブ・メフタ(Sanjiv Mehta)氏と消費者向けプロダクトやサービスにフォーカスする合弁会社を設立した。メフタ氏は、消費財のグローバル企業ユニリーバPLCグループで30年以上勤務し、直近ではユニリーバ南アジア社長、2013年から2023年6月までヒンドゥスタン・ユニリーバ・リミテッドの会長兼CEO兼マネージング・ディレクターを務めた。同氏はこの合弁会社の取締役会長(Executive Chairman)を務めつつ、Lキャタルトン・アジアやほかのグローバル・ファンド・プラットフォームにも広く関与し、その見識を活用するとしている。

さらに、世界中の飲料ブランドに豊富な投資経験を持つLキャタルトンは、2024年7月に中国最大の植物性飲料メーカーのひとつVieeに戦略的投資を行っている。中国では食事などの際に食品と一緒に摂る清涼飲料の市場が拡大しており、2028年には約600億ドル(約8兆4,480億円)に達すると予想されている。ピーナッツとクルミを主原料とするVieeの一連の飲料は、香辛料や油脂の「中和剤」としての効果が高く、四川省や重慶など中国南西部の名物の辛い料理を食べるときには欠かせない飲み物だという。Vieeは過去30年以上にわたり、消費者から「おいしくて栄養価が高く、無添加・無防腐剤の飲料」という評価を獲得している。Z世代の間で天然成分を含む健康的な飲料の需要の高まりもあり、中国南西部地域で最も売れる非炭酸・ノンアルコール飲料ブランドとなった。

出典:Viee公式サイト

こうした強力なブランドエクイティ(資産価値)と品質の良さにより、最高レベルのコンバージョン率、再購入率、顧客支持率を誇り、近隣の省でも支持を広げている。同社はサプライチェーンを垂直統合し、長年にわたり販売業者との信頼関係や幅広いネットワークを確立しており、2023年に過去最高の収益を記録したことが、Lキャタルトン・アジアが投資する決め手となったようだ。

加えて、2024年7月には、Lキャタルトンは英大手不動産開発・投資会社 ハマーソン(Hammerson plc)から高級アウトレットモールを所有・運営するバリュー・リテール(Value Retail)を買収した。英オックスフォードシャーに位置するデザイナーアウトレットモール「ビスター・ビレッジ(Bicester Village)」を含む、欧州の主要都市郊外に展開する9つの商業施設の権益が含まれ、枢要な立地でのLキャタルトンの出資先ブランドのプレゼンスを強化する。

また、2024年3月には、2002年創業のリバークルーズのリーディングカンパニーであるアマ・ウォーターウェイズ(AmaWaterways)の株式を取得しており、世界各国のトラベルアドバイザーとの提携のもと、ラグジュアリーな旅行体験の長期的な成長と革新の支援をする

陸、海、宇宙に至るまで、LVMHが見据える最高の顧客体験とホスピタリティ

一方、LVMHグループは、高級ブランドとその顧客をターゲットとした体験にフォーカスし買収や提携の手を休めない。たとえば、2024年6月にはスイスの最高級時計ブランド L’Epee 1839 を所有するSwizaを買収した。同ブランドはこれまでルイ・ヴィトンやティファニーなどLVMH傘下ブランドとも協業しており、専門技術を提供してきた。プレスリリースでは、今回の買収はLVMHグループが歴史的な伝統技術(サヴォワール・フェール)を保存・継承し、今後も発展させる決意の証明だと語っている

また、LVMHグループは、伝説的な豪華列車「オリエント急行(オリエント・エクスプレス)」の現代に合わせた開発と発展を推進させるため、2022年にオリエントエクスプレスを買収した大手仏ホテルグループのアコーと戦略的パートナーシップを締結した。

1883年に初運行したオリエント急行はパリとコンスタンティノーブル(イスタンブール)間を結ぶ長距離列車で、美しく贅沢な内装が施された車両で名高く、1世紀以上にわたって王侯貴族や高級官吏などごく限られた特別な人々に最高級の旅行体験を提供してきた。アコーグループによる買収後、オリエント・エクスプレスは歴史的な列車の復活だけではなく、新しい事業も展開。2026年には初めて ”帆船”の旅を就航するほか、ローマとベニスにホテルをオープン予定で、同時に、世界各地の旅の目的地での厳選された開発を続けるとする。

LVMHグループは世界28カ国で高級ホテル、リバークルーズ、豪華列車などを運営するベルモンド をポートフォリオに持ち、プレミアムレベルの列車旅行のノウハウがある。今回のアコーとの提携で、陸と海を移動する最高峰の体験とホスピタリティの創出が予想される。

また、同じく2024年6月にはパリの老舗レストランであるシェ・ラミ・ルイ(Chez L’Ami Louis)の過半数の株式を取得したことでも注目を集めた。1924年創業の家族経営のこの店はエスカルゴなど昔ながらの典型的フランス料理を提供する高価格帯のビストロで、ビル・クリントン元米大統領、ハリウッドスター、有名スポーツ選手などが来店したことでも知られる。LVMHは今回の買収により、同レストランの個性とアイデンティティを守りながら、フランスの職人技とノウハウを支援し続けるとする

この店が加わったLVMHグループの「LVMH ホスピタリティ・エクスペリエンス部門」には、高級ホテルメゾン シュヴァル・ブラン(Cheval Blanc)も含まれる。2021年にはパリのセーヌ川沿いに「シュヴァル・ブラン・パリ」をオープンし、翌年にはホテル内のフレンチレストラン「プレニチュード」がミシュラン3つ星に輝いた。上述のベルモンドも同部門に所属しており、レストランも展開している。こうしたポートフォリオから、LVMHグループは「食」を介した最高の顧客体験の提供にも早期から注力していることが浮かび上がる。

さらに、2026年にはルイ・ヴィトンが初めてホテルをオープン予定だ。パリ・シャンゼリゼ大通りのルイ・ヴィトンの実店舗の並びにある6,000平方メートルの建物を使用する計画で、以前はディオールの本社にする案もあったが、2023年9月にルイ・ヴィトンのホテルになることが発表された。さらに、米国メディアCNBCが2024年7月に行ったベルナール・アルノー氏へのインタビューでは、イーロン・マスク氏がCEOを務めるスペースXの宇宙船の内装をルイ・ヴィトンが手がける可能性があると伝えており、LVMHグループは宇宙の旅での体験創出も視野に入れているようだ

揺れるラグジュアリー業界、アルノー氏のリシュモン株式取得

2020年末にティファニーを買収したLVMHグループは、カルティエやヴァン クリーフ&アーペルなどハイジュエリーブランドを傘下にもつリシュモングループの株式取得も狙っていると噂されるが、現在のところ、2024年6月にベルナール・アルノー氏が個人的にごく少数の株式を取得するに留まっている。リシュモングループのヨハン・ルパート(Johann Rupert)会長は、同グループの株式の約10%、議決権の51%を保持しており、どの企業にも売却するつもりはないことを宣言している。LVMHグループが買収を試みれば、ブルガリ、ティファニー、ショーメ、フレッド、レポシ、タグ・ホイヤー、ウブロ、ゼニスなどを抱えるLVMHジュエリー・ウォッチ事業は市場で圧倒的な支配力を持つことになるが、独占禁止法の調査の対象になる可能性もあり、今後の動きが注視される。

ラグジュアリー界の帝王と称されるベルナール・アルノー氏だが、Lキャタルトンを通じて、すでに巨大なコンシューマ市場をポートフォリオに取り込んでおり、適切な人材の配置、重要な立地(不動産)の確保などによって出資先ブランドの成長を世界規模で加速させている。今後も消費者や世の中の動きを緻密に分析しながら、Lキャタルトンとして、LVMHグループ、グループ・アルノーと積極的に協力しながら、スケールメリットやシナジーを図る。

Text: 谷 素子(Motoko Tani)
Top image: Gunay Abbas via Shutterstock