ブラジル最大の美容企業ナチュラ・アンド・コー、その先進性と起死回生への道のり
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1969年に誕生したブラジル最大の美容企業であるナチュラ&コー(Natura &Co)。アップダウンの激しいブラジル経済において、同社は南米各国への進出に成功し、1998年からサステナビリティに取組みB Corp認証も取得済みの企業だ。2000年代以降はグローバル事業展開を加速させる目的でイソップやザ・ボディショップ、エイボン・プロダクツなどの買収を行い、2020年にはグローバルランキングトップ4に一気にランクインした。しかしその後は、買収した企業の統合に苦しみ、ボディショップはPEに、イソップはロレアルへ売却。苦境を乗り越え起死回生に挑むナチュラ&コーの全容についてとりあげる。
直販からスタートしたブラジル最大かつ美容グローバル大手企業のひとつ
ブラジルの「優等生企業」とも称されるナチュラ&コー(以下、ナチュラ)に触れる前に、ブラジルの経済概要と美容業界についてみておきたい。外務省のデータによると、ブラジルは日本の約22.5倍の面積をもち、人口は約2億1,531万人(2022年時点)、南米最大の経済国で2023年のGDPは世界第9位の2兆1,700億ドルだ。(日本は第4位でGDP 4兆2,106億ドル)、天然資源が豊富で、コーヒー、オレンジなどは世界1位の生産量、世界第2位の鉄鋼輸出国でもある。
2010年までは好調に経済成長したものの、2011年以降のコモディティ価格の下落と政府の失策により景気後退を招き、2014年3月からはじまった南米史上最大の汚職摘発「ラヴァ・ジャット作戦」では、国営石油会社ペトロブラスを中心に、多くの政治家や企業幹部らが汚職に関与していたとされ、政府の政策実行能力を弱めただけでなく、経済成長を妨げた。
混乱の2010年代のあと、新型コロナウィルス感染症の影響により、2020-2021年はGDPが約4%減少し、失業率の増加やインフレの上昇などの影響が生じたが、2021年には一部回復を見せ、経済成長率は4.6%に達した。2022年以降は、世界的なコモディティ価格の回復に支えられて農業と鉱業セクターの輸出が増加して貿易収支も改善、経済成長を支えている。また、政治的な安定が部分的にではあるが回復し、外国投資の増加や主要産業の伸びにつながっている。その一方で、インフレと金利上昇の問題、アマゾンの森林伐採による気候変動問題、エネルギー政策における環境保護課題が山積しており、それらを克服する必要があるとの指摘もある。
2023年時点において、美容・化粧品はブラジルの重要な産業のひとつとなっており、調査会社Mordor Intelligenceの試算ではその規模は2024年に331.4億ドル(約4兆9,431億円)に達するといわれる。南半球最大の都市サンパウロが位置するサンパウロ州だけでも関連企業1,414社が登録しており、14万4,000の直接雇用を生み出している。
女性の社会進出によって裁量的支出に使える所得が増え、化粧品への支出も増えている。特に、ナチュラルコスメ、クリーンビューティやアンチエイジング製品が消費者の支持が高い。アンチエイジングについては、先進国同様に人口動態が変化しており、1970年は24歳以下が62.2%だったが、2019年には35.0%まで減少、出生率も1970年代の女性1人あたりの子どもの数5.76人から、2023年には1.57人へと減少している。また、平均寿命は、1980年に61.78歳だったのが、2021年では72.25歳と大幅に伸びている。
1990年当時ですでにウェルビーイング企業を目指していたナチュラ
ナチュラ(ポルトガル語ではナトゥーラ)は、ブラジルの経済状況が激しいアップ&ダウンを繰り返すなか、1969年にルイス・セアブラ(Luiz Seabra)氏が、植物成分配合をうたう化粧品ブランドとしてスタートさせ、翌年に1号店をオープンした2024年で創業55年の企業だ。1974年には、主に地方や低所得層の女性たちに直接商品を卸して販売してもらう直販システムを展開し、1979年に男性化粧品市場に参入して事業を展開してきた。1984年には詰め替え用製品の販売、そしてのちに大きな成功をおさめる石鹸を中心としたスキンケアブランドErva Doceラインが誕生した。
2024年時点でのブランドはナチュラと買収したエイボン(北米のエイボン・プロダクツ)の2つで、自社ブランドであるナチュラはすべてブラジルの植物資源を活用し、サステナビリティを重視した商品ラインだ。ナチュラ・ブランドには、アマゾンの天然資源を活用したスキンケアやボディケア製品である「エコス(Ekos)」、アンチエイジングに特化したスキンケアラインの「クロノス(Chronos)」、親子の絆を深めることをコンセプトにしたラインの「マザー&ベビー(Mamãe e Bebê)」、サトウキビ由来の 100% オーガニックアルコールから作られたフレグランスラインの「エッセンシャル・ナチュラ(Essencial Natura)」などがある。また、男性特有のニーズに応えたメンズコスメ、「ナチュラ・ウーモ(Natura Homem)」も揃えている。
同社の初めての海外進出は1982年で、チリで事業を開始し、1988年にボリビアに進出、1989年にナチュラ・システムの4社と合併しブラジル最大の化粧品企業となった。1990年当時にはすでに、ナチュラはウェルビーイングをめざす企業としての立ち位置を明確にしており、人間関係の重要性、真実へのコミットメント、継続的な改善、多様性の刺激と固定観点にとらわれないビューティのあり方、社会的豊かさの推進者となるといった項目を企業コミットメントとして発表した。
1993年に、親子の絆を深めるとうたうマザー&ベビーラインを発売。1995年にブラジルの公教育の改善を支援する「Crer Para Ver(信じることは見ること)」プログラムを創設、1996年に「本当に美しい女性」をコンセプトにしたキャンペーンを展開し、女性の美しさは年齢には関係ないというメッセージを訴えた。
サステナビリティ施策にもいち早く取り組み、1998年に全プロセスの環境影響分析を実施し、ナチュラの活動が環境に与える影響の体系的な監視と管理を開始。2000年、ブラジルの生物多様性に富んだ環境から採取した原料を持続可能な形で使用したエコスラインを発表し、原料認証プログラムもスタートした。
2004年にサンパウロ証券・商品・先物取引所(BM&F Bovespa)に上場すると、翌2005年にパリで初店舗となるメゾン・ナチュラを開設した。「メゾン(家)」とあえて命名したのは、この店舗が単なる化粧品の販売の場ではなく、ブランドの哲学を体現する体験型の空間としてデザインされたからだ。店舗コンセプトにはブラジルの自然資源やエコロジーを反映させ、インテリアもバナナ繊維や自然素材を使用。ナチュラの製品を試すことはもとより、製品が作られる背景、ナチュラが重視するブラジルの生物多様性にもとづいた製品開発の過程などの取り組みを学ぶ場としても設計されている。
同じ2005年はメキシコでも事業を開始し、植物由来の原料を使用した石鹸の製造をはじめた。また、販売スタッフ、つまりビューティコンサルタント(BC)の研修の一環として「ナチュラ・ムーブメント(Movimento Natura)」を開始し、「私たちのビジネス」「私たちの地球」「私たちの人々」の3つの持続可能性を柱とし、接客コンサルティング活動の評価をはじめた。たとえば、環境への配慮を意味する「私たちの地球」では、詰め替え用製品の購入奨励などが主な活動にあたる。また、BCが顧客から包装材を回収するなどのリサイクルプロジェクトも開始している。
2006年には動物実験を廃止。2007年にカーボンニュートラルプログラムをスタート。生物多様性に配慮した製品流通を目指す倫理的バイオトレード連合(UEBT)の創設メンバーとして、調達が生物多様性の保全を促進し、伝統的知識を尊重し、サプライチェーン全体にわたっての利益の公平な分配を保証することの確保を目指し動き出した。
2009年に創業40周年を迎えたナチュラは、100万人のビューティコンサルタントを抱える節目の年を迎え、ナチュラのステークホルダーをつなぐバーチャル・コミュニティとして「ナチュラ・コネクタ」を立ち上げた。その後2013年にはオーストラリアのナチュラル・コスメメーカーであるイソップを買収。2010年代後半には、ブラジルでの市場シェア23.6%、世帯普及率55%。ブランド認知度ほぼ100%と推定されるブラジル消費財業界のリーダーに成長した。
たとえるならナチュラは、その成り立ちではユニリーバがインドで実施した「プロジェクト・シャクティ」のような直販モデルで業績を伸ばし、その後はサステナビリティやクリーンビューティへの取組みをいち早く実現し、その理念に合う化粧品ブランドを買収するなど、世界でも先進的な企業であったといえる。
ナチュラの躍進を支えた5つの要因
ナチュラのこうした成功は、以下の5つの点において消費者、ビジネスパートナー双方と信頼関係を築いてきた結果だといえよう。
1. 持続可能なビジネスモデルと環境問題への取り組み
ナチュラは早期から持続可能なビジネスモデルを模索し、とくにアマゾンの天然資源を持続可能な形で使用し、地域コミュニティを支援することで、社会的な責任を果たしながら成長した。このエコフレンドリーな姿勢は、顧客に強く支持され、ブランドの信頼性を高めた。
2. 社会的責任と企業文化
従業員、パートナー、顧客とすべてのステークホルダーに対して高い社会的責任を果たす企業文化を重視し、それをシステム的に実行できるように作り上げている。ナチュラ・ムーブメントや、生物多様性に配慮した製品流通を目指す倫理的バイオトレード連合(UEBT)創設をはじめとする、社会的なプロジェクトに積極的にかかわり、企業の社会的責任を強調することで、顧客からの信頼と共感を得ることに成功している。世界最大のB Corp認証企業であり、製品ポートフォリオが単に高品質であるだけでなく、環境・社会的影響を考慮して作られていることを示している。
3. ダイレクトセリングモデル(直販)の成功
直販の手法を採用し、ブラジル国内で女性の個人事業主を支援。このモデルは、ユニリーバのプロジェクトシャクティと同様に、経済的に自立したいと考える女性の多くに仕事の機会を提供し、地域に根差したビジネス展開を可能にするものだ。ナチュラの販売員として独立するには、経験も正式な雇用契約も開業資金も不要で、この柔軟性により、直販は家計を補う魅力的な選択となった。同時に、このアプローチはナチュラ製品をより身近なものとし、顧客との強固な関係を築くことに繋がった。ナチュラはまた、ビューティコンサルタントとの関係を強化し、研修、表彰、旅行、ギフト、特別イベントへの招待などのインセンティブを提供し、コンサルタント1人あたりの年間売上高は、2005年には業界平均の1.6倍にあたる12万3,000レアルに上昇し、ナチュラの最も価値ある資産の1つとしてアナリストから評価されるようになった。
4. 革新的な製品と自然志向
ナチュラの製品は、ブラジルの豊かな自然資源を活用し、天然成分を中心に作られていることが特徴で、この自然志向の製品開発戦略により、競合他社との差別化が図られ、健康志向の強い消費者から高い評価を得た。とくにエコスシリーズは、アマゾンの天然成分を使用し、地元コミュニティに利益を還元するモデルになっている。
また、製品の革新性と品質の高さも、ナチュラが国内外で成功する要因となった。ナチュラは、バス&ボディケア、フェイシャルケア、ヘアケア、フレグランス、メンズなど、幅広いカテゴリーの展開をしているが、製品開発においては、常に革新を追求しており、たとえば2020年には、過去2年間に発売された製品が売上の54.3%を占める結果になっており、既存品だけでなく新製品もしっかり受け入れられる好循環をつくりだしている。
5.地域に溶け込む形でのラテンアメリカ市場の開拓
ラテンアメリカ全体の経済状況がよくなかった時期でも、各国ごとに異なる物流の仕組みやBCとのインセンティブ契約などへの細やかな対応により市場を開拓した。アルゼンチン、チリ、ペルーの各市場で学んだことを、ラテンアメリカで2番目に大きな市場であるメキシコで展開するなど、過去からの学びを最大限に活かして、進出市場を拡大している。2007年には、ブラジル以外のラテンアメリカ事業は売上高3,600万ドル(約53億7,000万円)を達成し、収支均衡に近づいていた。しかし、モルガン・スタンレー ラテンアメリカCEO年次会議(Morgan Stanley Annual Latin America CEO Conference)で、ブラジル以外の国のシェアは平均0.3%で、成長の余地は十分にあるとナチュラは語った。
しかし、ナチュラはラテンアメリカでは強くても、それ以外の海外市場展開にはいくつかのハードルがあった。それゆえ次々とグローバルブランドの買収に踏み切ることになるのだが、その経緯は次回に取り上げる。
Text: 秋山ゆかり(Yukari Akiyama)
Top image: OleksandrShnuryk via Shutterstock