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ナチュラが直面したザ・ボディショップとエイボン統合の難しさ、イソップ売却で立て直しへ

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前回の記事では1969年に設立され、早くからウェルビーイングやサステナビリティを標榜してブラジル最大の美容企業となったナチュラ・アンド・コーの躍進の理由をひもといた。今回は、世界トップ10以内に入るほどの成長をとげつつも、ザ・ボディショップやエイボン・プロダクツなどの買収後のPMI(統合)に苦しんだ背景と今後の方向性についてレポートする。

理念の一致と販売チャネルの多様化でイソップを買収

ナチュラ・アンド・コー(以下、ナチュラ)は2005年頃から、ラテンアメリカに展開するだけではなくグローバル展開を意識してきた。だが、その道のりは「諦め」の連続だった。最初の壁は自らの直販システムにあった。米国やフランスではこの手法がうまくいかず、この事実は「ナチュラの直販システム、地域社会の価値観、持続可能性への焦点に適合する市場を見つけるのは難しい」として、ハーバード・ビジネス・スクールのジェフリー・ジョーンズ教授が2012年7月号のハーバード・ビジネス・レビュー「すぐそばにある成長の機会(The Growth Opportunity That Lies Next Door)」で指摘している。

また、同社は経営陣に経営専門知識が不足していることが、グローバル展開の障壁になっていると認識し、米国のトップクラスのMBAプログラム出身のブラジル人やラテンアメリカ人の採用をはじめた。しかし、肝心の米国進出は2008年のリーマンショックで断念し、ラテンアメリカ市場に焦点を絞り、拡大を続けた。

その後、CEOのアレッサンドロ・カルッチ(Alessandro Carlucci)氏は、ラテンアメリカ以外のグローバル市場を、あくまで自分たちの事業として成長させるという当初の計画をも諦め、直販戦略が生かせる地域でパートナー企業との提携を模索したが、ナチュラのサステナビリティや環境保全に関する価値観が共有できる先が見つからず、こちらも断念。ナチュラの理念を曲げずにグローバル展開するチャンスに恵まれず、ナチュラは結局、それまで築き上げたラテンアメリカ市場にフォーカスせざるを得なくなったという背景がある。

その経験をふまえて、2013年、ナチュラは最初の買収を行った。オーストラリアを拠点とするナチュラル系ビューティ企業のイソップだ。イソップは、ナチュラが信条とする持続可能性や環境保全などの点で価値観が一致していること、そして、ナチュラが展開していない地域でのオペレーションをしていることが決め手となった。イソップの買収は、ナチュラにオーストラリア、ニュージーランド、アラブ首長国連邦、ノルウェー、スウェーデンといった市場へのアクセスをもたらした。

しかし、その後の2014年から2017年にかけて、ナチュラの成長に陰りが生じた。時代の変化で直販、訪問販売といったスタイルがかつてのようには受け入れられなくなったほか、ブラジルの美容新興企業、グルッポ ボチカリオ(Grupo Boticario)がナチュラと同じ直販モデルで急成長しており、競合が増えたことも一因だ。これにより、とくに若年層や高所得者のシェアがとれていない状況があった

また、消費者の行動変化にともない、それまでナチュラの強みでもあった直販、訪問販売チャネルから、リアル店舗やオンライン販売といったチャネルの多様化への変革も迫られていた

ナチュラ&コーの売上高の推移
(Statista、ナチュラ&コー IR資料等から筆者作成)
2004年上場からの株価推移
出典:Google Finance

ナチュラのザ・ボディショップの買収

この時点で、経営陣はナチュラにスケールと経済規模を生み出せる新しいブランドの買収を構想していた。イソップの買収により、百貨店やEコマースでの販売チャネルが加わり、約209の自社店舗も展開していたことから、マルチチャネル化への重要な一歩となっていた。そこで、イソップと同様の視点から買収先候補にあがってきたのがザ・ボディショップだった。

Image via Shutterstock

2017年、ナチュラは、1976年に創設されてサステナビリティや動物実験禁止、フェアトレードに早期から取り組んできた英国の化粧品会社ザ・ボディショップを、ロレアルから10億ドル(約1,496億円)以上とされる金額で買収。ナチュラは、ザ・ボディショップの創業者、アニータ・ロディック氏の精神に立ち戻ると表明したが、2017年といえば、クリーンビューティというトレンドがグローバルを席巻しはじめた時期でもあり、同じようなコンセプトの多数のD2Cブランドが立ち上がってきていた。この競争の激化と厳しい小売環境といった外的要因、また統合における社内のリソース不足などの内的要因で、そもそも経営困難に直面していたザ・ボディショップの立て直しにはかなりの困難がつきまとうことになる

新しいパッケージデザインや詰め替え用パッケージの導入、倫理的な事業運営に重点的に取り組むなどの施策を実施したものの、ザ・ボディショップの売上は減少の一途をたどり、2023年までに、6四半期連続で損失を計上、2023年第2四半期には12%、第3四半期には13.3%の減収となった。

こうした環境のなかで、すでにザ・ボディショップの独自性が薄れてしまっていたことや、大手でもラッシュやロクシタンなどの競合他社が店舗体験やブランディングに多額の投資を行うなかで、ザ・ボディショップの米国や英国の店舗は投資不足で時代遅れに消費者にはうつり、顧客エンゲージメントを失っていった。これが意味するのは、ザ・ボディショップがロレアル傘下にあったときからすでに十分な店舗投資や適切なマーケティング戦略が行われていなかったということだ。最終的に、2023年にナチュラはザ・ボディショップを独のPE(プライベートエクイティファーム)のアウレリウスに買収当時の価格の3分の1程度で売却した。 

その後はアウレリウスもザ・ボディショップを再生することはできず、2024年2月に英国事業が破産管財人の管理下に入り、同3月に米国事業が閉鎖された。フランス事業も同4月に管財人の管理下に入り、世界各地で破綻が続くなか、アウレリウスは、ヨーロッパとアジアの一部における大半の事業を家族経営の企業に売却したと報じられた

ザ・ボディショップ買収から2年後にエイボンを傘下に

ザ・ボディショップを傘下に入れた2年後、2019年にナチュラはエイボン・プロダクツ(以下エイボン)の買収を発表し、2020年1月に買収を完了させた。エイボンの買収も、2000年代後半からナチュラ内では念頭においており、合併プロセスの初期評価を行ったりしていたようだが、事実上検討されるようになったのは、2012年になってからだった。この頃、コティがエイボンに買収提案をしていたが、エイボンの取締役会はそれを受け入れず、当時のCEOシェリー・マッコイ(Sheri McCoy)のもとで自社再建を目指す決断をしたため、ナチュラは動く時期をみはからっていた

Northfoto via Shutterstock

エイボンは2013年までは世界最大の直販企業として知られていたが、若い世代の消費者の変化に対応できず、エスティ ローダー、ロレアルなどのライバルにシェアを奪われ続け、D2Cブランドとの競争にも直面していた。エイボンの最大の市場であり売上の4分の1を占めていたブラジルでも、景気低迷とナチュラとの厳しい競争により、ビジネスは苦戦。2008年の金融危機後、エイボンは若干の改善をみせたものの、売上が5年連続で減少し続け、2014年には、世界最大の直販企業の座をアムウェイに明け渡している。

2015年に北米事業の大半を米国のプライベートエクイティであるサーベラス・キャピタル・マネジメントに売却し、ニューエイボンとして独立させ、その後、2019年4月に韓国のLG生活健康が、ニューエイボンをサーベラスから買収した。そして、同年5月、エイボン・プロダクツとして残っていた事業をナチュラが買収を発表した

当初、この買収によって、エイボンの経営効率が向上し、ナチュラのグローバルな事業展開が拡大すると投資家の間で期待された理由は、ブラジルをはじめとするラテンアメリカで、エイボンはナチュラとほぼ同様の内容の直販ビジネスモデルを展開していたためだ。ナチュラは事業統合により、年間2億5,000万ドル(約374億円)のコスト削減が可能と考え、少なくともその半分をデジタルプラットフォームでのプレゼンスの確立、工場や研究開発、グループの地理的拡大のために再投資するとしていた

ナチュラのリーズナブルかつエシカルな製品は、エイボンが競争力を高めるために活用できると予想されており、また、カラーコスメのカテゴリーでは、高い認知度を誇るエイボンがナチュラの売上増に貢献するとみられていた。さらに、プレミアムスキンケア領域でも、ナチュラのナチュラ・クロノスや買収したイソップと並んで、エイボンのアニューのようなプレミアム・グローバルブランドが製品ラインに加わることのメリットが期待されていた。つまり、M&Aの相乗効果が期待できる補完性が両社にはあったということだ

Darios via Shutterstock

しかし、買収直後の新型コロナウイルス感染症によるパンデミックで、ナチュラがデジタルツールを積極的に導入していく一方で、エイボンのITインフラや販売システムの改善に時間がかかり、このギャップがエイボンの成長の足かせとなってしまった。エイボンは大規模なグローバル企業で70カ国以上で事業を展開していたために統合が複雑になり、ナチュラはエイボンのオペレーションを効率化するのに苦戦し、コストがかさむ結果となった

2024年の現時点では債務返済と財務状況の改善をはたしたナチュラだが、ザ・ボディショップ、エイボンの買収と統合がうまくいかなかったことから、2023年4月、「規律」が必要な時期だとファビオ・バルボサ(Fabio Barbosa)CEOは述べ、その一環として、イソップをロレアルに売却した。「投資家にとって持続可能な価値を実現し、強固な資本構造の維持、コストと経費に対する厳格な財務規律、現金化率の向上という当社の財務上の優先事項を実現するための重要なステップ」とバルボサCEOは発言している

エイボン買収後の株価推移
出典:Google Finance

ザ・ボディショップもエイボンも、ナチュラとの信条的・ビジネスモデルの親和性からスタートしたM&Aだったが、いざ傘下に入れてみるとともにナチュラ本体との統合に苦しみ、利益を出していたイソップを財務改善のために手放すという結果になってしまった。共通する課題は、買収した時点でどちらも業績があまりよくなかったことで、自社でラテンアメリカ以外のグローバル展開がうまくいかなかったナチュラにとっては、業績がよくないグローバル企業を統合するのは至難の業だったと推察できる。プライベートエクイティであればターンアラウンド(企業再生)のノウハウがあり、経験豊富なプロの経営者を据えて必要な投資を行うプロセスを熟知しているが、ナチュラは、その難しさの前に頓挫したといえるだろう。前述したようにザ・ボディショップはナチュラからPEに売却されたが、PEをもってしても再建が難しかったということだ。

ナチュラは現在、ナチュラ事業をエイボンから分離することを検討している。取締役会が分社化の検討を承認し、独立した2つの上場企業としての展開を模索するという。ナチュラブランドをあらためてグローバル展開する計画で、ラテンアメリカではエイボンブランドの伸長を引き続き検討する。エイボンはラテンアメリカ以外の残りの事業を展開し、ナチュラとの商取引を通じて、ラテンアメリカでの売上から間接的に利益を得ることとなる。

今後は、ナチュラ自体のデジタル転換の強化、サステナビリティを中心としたブランドの再構築、直販チャネルの新たなインセンティブ設計なども必要となってくるであろう。ナチュラはアマゾンの希少植物を使ったサステナブルで高品質な商品であることは間違いなく、ナチュラとして一歩ずつグローバル展開を図る方向にシフトするか、あるいはイソップのような規模かつサステナビリティを中心にすえた企業買収に再度挑戦するか、念願のグローバル化にはそのどちらかの方針をとるのが適しているようにも思う。

参考資料:
2004年から現在までのナチュラのアニュアルレポート

Text: 秋山ゆかり(Yukari Akiyama)
Top image: Yau Ming Low via Shutterstock