見出し画像

資生堂Uléがいち早く導入、EUの「デジタル製品パスポート」2026年以降は化粧品も義務化へ

◆ 新着記事をお届けします。以下のリンクからご登録ください。
Facebookページメルマガ(隔週火曜日配信)
LINE:https://line.me/R/ti/p/%40sqf5598o

EUが持続可能な循環型経済推進のため、近い将来的に義務化を図るデジタル製品パスポート(DPP)は、ブロックチェーン技術を基盤として製品一つ一つに製品情報などを記録したデジタルIDを発行する仕組みだ。透明性やトレーサビリティを高めると同時に、ブランドにとっては一人ひとりの顧客とのダイレクトなコミュニケーションを強化する可能性を持つ。化粧品業界の先駆けとしてDPP導入を決めた資生堂EMEAの「Ulé」をはじめ、イタリアの革製品ブランド「トッズ」やスキンケアブランド「Dorabruschi」のDPP事例をみていく。


化粧品やファッション分野のDPPは早ければ2026年にもEUで義務化へ

資生堂EMEA(欧州、中東、アフリカを統括する地域本社)が2022年にローンチしたクリーンビューティスキンケアブランド「Ulé(ウレ)」は、2024年2月に美容液「Le C-Bright(ル・シーブライト)」に、ブロックチェーン技術を基盤とするデジタル製品パスポート(Digital Product Passport 以下、DPP)を付けて発売した。

DPPとは欧州委員会が持続可能な循環型経済の加速を目指して進める規制で、EU市場に流通する製品一つ一つに、製造元、原材料、リサイクル性など透明性やトレーサビリティに関する情報をデジタル化(バーコードやQRコード、電子透かしなど)して付与するものだ。このDPP適用は2024年以降EUで分野ごとにスタート予定だが、化粧品やファッション分野でも、早ければ2026年にも義務付けられる可能性があることを受け、資生堂EMEAブランドのUléが先行して導入したものだ。

カーボンニュートラルや循環型経済に向けた取り組みが世界的に加速するなか、欧州委員会はDPPの規制を進めている。海外渡航時に人がもつパスポートと同様に、EU市場に製品を投入するにはこのDPPが必要となる。そこには、たとえば製品にどんな原料を使い、どこで製造され、どのような経路で運ばれ、CO₂をどれだけ排出したのか、またリサイクル素材がどれだけ含まれ、修理可能性や耐久性はどうかといった情報が記録され、製品ライフサイクルのなかで共有されることとなる。自然資源の使用量を削減してリユースや修理を促進(最終的にはリサイクル)し、製品寿命を長くしながら経済発展させることが目的で、EU加盟27カ国で幅広い製品カテゴリーにDPPを導入することでスケールを出すとする。

2024年以降、DPPはまず第一段階として環境への影響が大きく、環境改善につながる可能性が高い電気自動車やスマートフォンなどのバッテリー、電子機器、テキスタイルの3分野に優先導入される。DPP認証がされた製品では、消費者は修理や所有権を移転して再販するなどといったことがより容易になる。分野ごと、あるいは製品別にどんな情報が記載義務になるかはまだ明確に発表されていないが、たとえば、スマートフォン、電化製品などを二次市場で購入する場合、その製品がいつどこで製造され、どのように修理され、どんな故障リスクがあるかなどを把握できるだろう。テキスタイルは素材情報が明確に記載されるため、リユースやリサイクルのための分類がしやすくなり、セカンドハンド市場で販売する際には信用性を高め、中古市場の発展にも役立つと考えられる。

美容やファッション分野でもDPPが必要とされる背景がある。2020年、欧州委員会と欧州連合(EU)の消費者当局は、ファッションと美容ブランドにおけるオンライン上のグリーンクレーム(Green Claim、自社やその製品が環境にポジティブな影響を持つとの主張)を分析し、その42%が誤解を招く(グリーンウォッシングの)可能性があり、EUの慣行規則に違反しているとした。DPP導入によりファッション・化粧品においても、消費者がより良いものを選び、企業がより良い製品を製造することを促し、リユースや再販、リサイクルが進むなどよりサステナブルな循環が期待される。

透明性と持続可能性を徹底するクリーンビューティ「Ulé」のDPP

資生堂EMEAのUléは、環境負荷の削減を徹底するため、階層構造や傾斜面の高さを利用して、垂直的に農作物を生産する方法である「垂直農法」により自社で原料を栽培し、透明性、トレーサビリティ、持続可能性へのコミットメントを全面に出すブランドだ。

2024年2月9日、新製品Le C-Brightセラムの発売に際し、フランスのWeb3ソリューション・プロバイダーArianeeと共同開発したDPPを導入した。詳細は後述するが、Le C-Brightセラムのすべての購入者にDPPが発行される仕組みだ。Arianeeのブロックチェーン技術でトークン化しているため、各製品が唯一無二であることを証明するとともに、DPP情報を改変することはできない。Arianeeはリシュモングループ、モンクレール、ミュグレーやパネライなど40以上のブランドと提携し、すでに160万以上のDPPを発行している。

パリ郊外にあるUléの垂直農法の工場内
写真提供:資生堂EMEA

米メディア『Glossy』によると、Uléの美容液Le C-BrightセラムのDPPは、成分から製造工程に至るまで詳しく記述し、消費者とサプライチェーンに関わる人やステークホルダーなどの関係者に製品のライフサイクルの明確な情報を提供する。DPP導入により、消費者により多くの情報にもとづいた購買決定を促し、環境への負荷が少ない消費行動を促すことを意図する。消費者はこのパスポートで製品の真正性だけでなく、Uléの持続可能性へのコミットメントや、パーソナライズされたサービス、限定された特別体験、ダイレクトメッセージにアクセスできるとする。

UléのInstagramでは、製品発売の告知とともに、DPPをどのように得られるかを説明している。Uléの公式オンラインショップでLe C-Brighセラムを購入すると、注文確認メールが届く。そこに記載されたリンクをクリックすると、パスワード要らずでシームレスにDPPが発行される。DPPを保持すると、オンラインでもオフラインでも、個人情報を開示することなく、製品の真正性と所有権を簡単に証明できるのはもとより、原材料から製品ができあがるまでのUléのサステナビリティへの取り組み、製品情報にアクセス可能だ。また、購入者は、イベント招待、早期アクセス販売、割引などエクスクルーシブな体験やサービスを得たり、Uléからのダイレクトでパーソナライズされたメッセージを受け取ることができる。

Arianeeのプレスリリースによると、発売から2024年2月末までにDPPを10件発行された顧客(=製品を10個購入)のなかから2名を、2024年4月に開催されるイベント「Ulé Earth Day」に招待して同社の垂直農法を見学する特典を提供したほか、すべてのDPPにオンラインサイトで使用できるギフトバウチャーを付けたという。

Uléは化粧品業界でいち早く製品にDPPをつけることで、消費者が求める透明性に応えるとともに、自社の製品に新たなエンゲージメントをもたらしたい考えだ。Glossyの取材に対し、Uléの共同創設者であるサンドリーヌ・エンリー(Sandrine Henrie)氏は「DPPが(製品とその所有権が1対1で結びついているため)譲渡不可能であることは、私たちが提供する特典や体験の独占性と価値を強化するために極めて重要だ。そのことで、顧客との個人的なつながりを維持しながら、顧客のロイヤリティに感謝することができる」と述べた。

また、もう1人の共同創設者リンジー・アズピタルテ(Lindsay Azpitarte)氏は、「現在、ブランド開発の初期段階にあり、顧客理解を深めて、何がUléに興味を持つ原動力となるかを探ることに焦点をあてている」とし、今の段階ではDPPに関連した包括的なCRMプログラムを立ち上げるのは時期尚早であり、DPPをつけた製品の発売を通じてCRM戦略を検討し、真に顧客のエンゲージメントとコンバージョンを刺激するものは何かを把握するまで、さまざまな方法を試す考えを示した。

一方、Arianee側は、DPPは企業の主張や製品情報の信憑性を検証する方法を消費者にもたらすものであり、消費者が製品のサプライチェーンや、公正な労働慣行、環境フットプリントに関する詳細情報などにアクセスできることで、それを提供するブランドを信頼する可能性が高くなるとしている。同時に、DPPはブランドがユーザーコミュニティからフィードバックを受け取るためのチャネルとしても機能し、ブランドは、DPPから収集したデータを使用して、製品をアップデートしたり、新たな商品開発に活かすことも可能だとする

あわせてArianeeは、ボストン コンサルティング グループとグーグルによる2022年の調査を例示した。その内容は、消費者の約45%がパーソナライズした広告作成のためにデータを共有されることに不快感を抱いているが、一方で、90%は、割引や無料サンプル、ニュースレターやコミュニティへのアクセスなど、適切な価値交換が提示されたときには個人データを共有する意思があるというものだ。つまり、多くの消費者には個人データをブランドと共有する意思があるが、大多数はそうするための明確なインセンティブを望んでいるということだ。その意味でDPPは、ブランドが真正な価値を提供することで個人データを得ることもでき、パーソナライズしたCRMに活かせるとArianeeは考えているようだ。

また、ロレアルもArianeeと提携しており、イヴ・サンローラン・ボーテがDPPを導入したとの報道もあるが、詳細についてはまだ公表されていない。

トッズやスキンケアブランドDorabruschiは伊企業TemeraとDPPを開発

2023年11月にはイタリアの革製品ブランド「トッズ」がイタリアのIoTソリューション企業Temeraと協働してアイコニックなバッグ「ディーアイ バッグ」にDPPを導入したことを発表した。

ディーアイ バッグにDPPを導入
出典:Temera公式サイト

ディーアイ バッグの色やイニシャルをカスタマイズすると、バッグに縫い付けられたブランドのロゴマークにNFC(近距離無線通信)が搭載され、DPPが発行される。スマートフォンでNFCを読み込むと、製品の真正性が証明され、原料、製造場所、製造工程を確認できるほか、トッズの特別イベントへの招待など顧客への特典も表示される。製品の背景にあるストーリーや同ブランドの持続可能性に対するコミットメントなどを顧客に直接共有することができ、コミュニティとのさらなる関係強化や顧客体験の発展が期待できそうだ。

また2024年2月にイタリアの環境配慮をうたう美容ブランドDorabruschiが敏感肌用保湿クリームと目元用美容液製品にTemeraの技術を活用してDPPを付与している。パッケージに貼付されたNFCタグにスマートフォンを近づけると、成分、使用方法、製品の写真や動画、サステナビリティ情報、さらにはEコマースのプラットフォームに接続して関連製品の情報を見たり、ブランドに関するポッドキャストなどにアクセスできるとする。

これらの事例からもわかるように、EUが導入予定のDPPは、より少ない自然資源で製品ライフサイクルを長くする循環型経済の発展がおもな目的だが、DPPを介して企業は顧客にダイレクトにコンタクトできることから、ブランド独自の方法で、顧客に合わせたコミュニケーションやサービスをカスタマイズできる可能性が高い。透明性とトレーサビリティがスタンダードになりつつある現在、DPPを活用してどのようにビジネスにポジティブなインパクトを創出できるか検証が進みそうだ。

欧州のラグジュアリーブランドはDPP以前からAURAなどブロックチェーン基盤を創設

欧州では、このDPP導入以前の2019年から、LVMHがマイクロソフト、ConsenSysと提携しブロックチェーン基盤のAURAをローンチしている。その後2021年には、LVMHグループの競合であるプラダとリシュモン傘下のカルティエがAURAにおけるコンソーシアムを共同創設し、話題となった。

当時、LVMHグループが発表した AURA創設の目的は、製品のライフサイクルを通して、消費者に高いレベルの透明性とトレーサビリティを提供することで、消費者が原材料から販売までのバリューチェーンのすべての段階で、製品工程とその信頼性の証明にアクセスできるインフラの提供だった。製品の真正性と所有権を可視化し証明することができるため、偽造の抑制ができる。また、商品メンテナンスの情報を所有権と商品がひも付いた形で追跡、記録することができ、セカンドハンド市場における売買も安全に行え、取引を活性化させることにもつながるとする。

ラグジュアリー業界では偽造品の流通により多大な損失を被っていることから、改ざん不可能で電子証明書の発行ができるブロックチェーンの活用が進んでいた。また、独自のNFTを発行することで希少性や特別な体験の提供が可能なことも早期に導入が進んだ理由のひとつだ。現在、AURAには、AURAメンバーとしては初のDPP発行ブランドである前述のトッズのほか、メルセデス・ベンツやメゾン マルジェラなど40ブランドが加盟するグローバル・ラグジュアリー・ブロックチェーンに成長している。こうした背景もあり、ラグジュアリーブランドにおいては、DPPの発行は比較的スムーズに進むことも考えられる。

Text: 谷 素子(Motoko Tani)
Top image: Ulé公式サイト

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!