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英ラッシュCDOが明かすSNSもCRMも「やらない」戦略、業界に投げかけるユーザーファーストの意味

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2021年、メンタルヘルスに悪影響を及ぼすアルゴリズムへの懸念からInstagramなど一部 ソーシャルメディアの無期限使用停止を発表したラッシュ。2年余りを経て、そのエシカルな理念にもとづきリアル店舗をハブに顧客体験にフォーカスし、CRMも行わないという独自のマーケティングを推進する。ラッシュCDOのジャック・コンスタンティン氏とラッシュジャパン Eコマース/マーケティングマネージャー 近藤義也氏へのインタビューをもとに同社独自の戦略をひも解く。



2021年よりTikTokやInstagramなどの公式アカウントとその使用を無期限停止に

シグネチャー商品であるバスボムをはじめカラフルなバスプロダクトや100%ベジタリアン対応の自然由来素材の化粧品で知られる英国ブランド、LUSH(以下、ラッシュ)。環境に配慮してシャンプーなどをウォーターレスで製造し、商品を使うときにはゴミになってしまう包装をせずに販売する「ネイキッドプロダクト」や、化粧品業界における動物実験廃止や同性婚法制化に向けた取り組みなど、エシカルなメッセージを積極的に発信するのも特徴のひとつだ。2021年11月には、TikTokやInstagramといった主だったSNSの使用を全世界的に無期限停止するという大胆な決断を発表した。

それから2年余りが過ぎた現在、ラッシュはどのようにマーケティング施策を推進しているのか。ラッシュグループのチーフ・デジタル・オフィサー(CDO)であるジャック・コンスタンティン(Jack Constantine)氏と、ラッシュジャパンのEコマース/マーケティングマネージャーの近藤義也氏にそれぞれインタビューを行い、この方針に至った背景や決断後の影響について聞いた。その結果、一部SNSからのサインアウト(離脱)だけではなく、顧客行動データの取得を行わない、店舗スタッフ用マニュアルがないなど、一般的な消費財ブランドとは真逆ともいえるラッシュ独自の姿勢が浮き彫りになった。

Instagram、Facebook、TikTok、Snapchatの使用停止を発表したラッシュは、その理由として、こうしたSNSのアルゴリズムが、他者との比較による自己肯定感や自尊心の低下、摂食障害やうつ、自傷行為を引き起こす要因となり、とくに若い世代のユーザーに有害であることを挙げている。実際、ラッシュの決断に先立つ2021年9月以降、Facebookの元社員の内部告発にもとづき、SNSが若者のメンタルヘルスにもたらす悪影響が懸念されているにも関わらずFacebookが放置している実態などが大きく報じられていた

コンスタンティン氏は、「我々の顧客の中心である若者やティーンエイジャーを不健康に導くアルゴリズムに賛同できなかった。我々がこうしたプラットフォームにコンテンツを載せることは、プラットフォームが持つ問題の一端を担ってしまうのではないかと考えた」と決断の背景を語る。

「私たちは顧客のために安全な空間を作ることに情熱を感じている。だから、問題のあるプラットフォームには関わらないと決めたのだ」として、ソーシャルメディアはラッシュが創業当初から重要視している「エシカル」や「ウェルビーイング」の理念に反するとの見方を示唆する。

ラッシュでは、PinterestYouTubeなどは、同社が問題視しているアルゴリズムとは異なるという認識で使用を続けており、今後もしMetaやBytedanceといった運営企業がコンテンツ表示アルゴリズムを修正すれば、停止したSNSアカウントを再開する可能性もあるというが、現在のところ、同社が運用を停止しているプラットフォームにはそのような傾向はみられないとしている。

LUSH チーフ・デジタル・オフィサー(CDO)/商品開発者
ジャック・コンスタンティン(Jack Constantine)氏

プロフィール/ラッシュビジネスにおいてWebサイトやアプリ、インストアの会計システムまでデジタルに関する全てを管轄。1989年にバスボムを発明したラッシュの共同創業者であり、自身の母親でもあるモー・コンスタンティン氏とともに、バスボムの商品開発者としてキャリアをスタート。その後、ラッシュ初のキャンペーンにて、ラベルデザインやウィンドウデザイン等に幅広く関わる。チーフ・デジタル・オフィサーとして、ラッシュのビジネスで使われる、より良く公平で、サステナブルなテックソリューションを見つけ出す責任を担うとともに、常識にとらわれないデジタル上での顧客コミュニケーションの創造に挑戦している

反響を呼んだSNS撤退後はONE PIECEなどとコラボ施策を推進、新規顧客を獲得

InstagramやTikTokといった主要SNSからの撤退については、当初、スタッフや顧客からも懸念の声があがったという。だが実際には撤退後も経営指標上の悪影響はなく、とくに日本に関しては現在も毎年10%の売上増加を続けている。コンスタンティン氏によれば、SNS上でのラッシュブランドへの関心は今なお非常に強いため、ラッシュ側から発信を行わなくても、ユーザーが自発的にラッシュの話題や製品を取り上げるオーガニックな投稿は活発に行われており、つねに多くのレビューがアップされている状態だ。

また、SNSでのプロモーションに代わり、2022年から開始した他ブランドとのコラボレーション施策により、認知拡大や新規顧客獲得も進んでいる。アニメ『ONE PIECE』や映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』、ファッションドールの「バービー」、英国のファッションブランド「Lazy Oaf」等々、1年に3〜4件のペースでさまざまなパートナーとのコラボ商品を発売している。

「LUSH × ONE PIECE」キャンペーンビジュアル
出典:ラッシュジャパン プレスリリース

日本ではLINEの使用は継続するなど、展開する50の国と地域の事情により柔軟な対応

ラッシュによる一部SNSからのサインアウトは英国本国はもとより、ラッシュが展開している50カ国の国と地域すべてで同様に行われており、日本も例外ではない。ただしすべての施策を一律に本国と共通化しているわけではなく、たとえば、日本ではメッセージ手段としてLINEが広く普及しているため、ラッシュジャパンから顧客に向け新製品やキャンペーンの案内などの情報を伝えるメディアとして使用している。また英語圏の顧客向けにはDiscordのラッシュコミュニティが存在するが、日本ではDiscordがあまり使われていないため、代替できるツールを模索中だとする。

また、環境や人権といった課題に対する意識が欧米の消費者とは異なる日本の消費者に対しては、どのようにラッシュの理念を伝えているのか。近藤氏によれば、ラッシュにはプラスチック容器の循環をはじめ、CO₂や廃棄物の削減などサステナブルという側面だけではなく、たとえば同性婚法制化推進など社会的な取り組みをする活動や、特徴的な商品そのもののインパクトなど、ユーザーがラッシュブランドに触れ、興味を持つきっかけとなるさまざまな切り口があるため、多角的な場面で一定の共感を得られているという。また、SNSを停止したことで、ブランドとしての姿勢の一貫性に注目が集まり、消費者の認知と信頼度が高まったとの手応えもあり、自然発生的なバズが起こる機会もむしろ増えたように感じていると語る。

ラッシュジャパン合同会社 ブランドチーム Eコマース/マーケティング マネージャー
近藤義也(こんどう・よしや)氏

プロフィール/2006年ラッシュジャパン入社。原材料・パッケージのバイイングを経験した後、セールスプロモーション業務に従事。一度離職し、2年間の国際環境NGOでの勤務を経て、2019年に復職し現職に

ラッシュ3つの強み「顧客体験への注力」「ユーザーのためのテクノロジー」「理念と事業性のバランスのための努力」

多くの企業・ブランドがSNS上でのマーケティング効果の増大に注力するなか、独自路線の顧客コミュニケーションを貫き、確実に事業拡大を続けているラッシュの強さはどこから来るのか。コンスタンティン氏と近藤氏へのインタビューから浮かび上がったのは3つのポイントだ。

その1: 実店舗の接客や製品そのものの使用感など顧客体験への徹底した注力

公式SNSの更新を停止しても顧客発のオーガニックなバズが止まらないのは、独自性の高い商品と、それに伴う店舗や製品使用時の体験価値の高さがあるからだ。コンスタンティン氏は「我々は競合にはフォーカスしない。製品と顧客にフォーカスしている」と語る。

世界で展開する900以上の実店舗では、プラスチック包装を排した「ネイキッド」な商品の陳列により、足を踏み入れた瞬間から商品の色や香りがダイレクトに五感を刺激する店内設計をはじめ、スマホをかざすだけでアプリを通して商品情報の提示や使用法ビデオなどが見られるデジタル体験、バスボムが溶けるイメージを映像化したアート感覚のディスプレイに、実際の商品デモンストレーションやさまざまなイベントの開催など、その内容はオンラインとオフラインをクロスオーバーして多岐にわたる。

またラッシュでは、店舗を「思いやりのオアシス」と定義し、店舗スタッフが顧客にとっての「デイ・メーカー」(1日を素晴らしい日にする、幸せな気分を与える人)であることを目指し、それに沿ったトレーニングも行っている。店舗には固定の接客マニュアルは存在せず、個々の来店客に合った接客を各スタッフが考えて実践しているのも大きな特徴だ。「今日はちょっと気持ちが冴えないなと思って店舗にいらしたお客様と、スタッフが会話をしながら、お客様の気分を変えるような商品を紹介したり、購入に至らなくても、こんな体験ができるんだと知っていただけるだけでもいいと考えている」(近藤氏)

加えて、ラッシュにとって店舗は単なる「商品を売る場所」ではなく、情報を発信する「メディア」としても位置づけられている。そのため複数の方法で行っている「ミステリーショッパーリサーチ(覆面調査:調査員が一般客として店舗を訪れ店内を観察した結果をレポートする)」では、販売スタッフが顧客とどのような会話をしたか、ラッシュが重視するエシカルなメッセージが感じられたかどうかまで詳細にチェックしているという。

ラッシュ新宿店

その2: ユーザーの快適性のために使用されるテクノロジー

テクノロジー活用には積極的なラッシュだが、前述したようにユーザーのメンタルヘルスに悪影響を与える一部SNSプラットフォームのアルゴリズムに違和感を感じてサインアウトした経緯から、認知拡大や売上につながるとしても、結果として顧客体験を損ねることにもなりかねないテクノロジーの使い方はしないポリシーといえるだろう。

そのためラッシュは、ブランドやリテーラーにとっては当たり前のCRMも行っていない。つまり、実店舗やアプリ、ECストアなどでの顧客行動データから購入履歴や年齢層に応じたフィードやレコメンドなどはしていないのだ。「そうした行動は、結局、私たちが否定するSNSプラットフォームと同じことをしていることになるからだ」と近藤氏は説明する。「テクノロジーは売上などお金のためにあるものではない。人々の生活や気持ちを快適にするために使用されるべきだと私たちは考えている」(近藤氏)として、把握しているデータは各店舗の来店者数や売上といった結果の数字のみだとする。

その3: 理念や倫理を守りつつ、事業性を高めるための努力

コンスタンティン氏は「顧客やユーザー(の幸せや利便性)より利益を重視するような巨大企業がいることが問題だ。そんななかでも、我々の顧客が、ラッシュのしていることや使っている原料、テクノロジーを信頼してくれていることは、社会にとっても良い未来を示していると思う。現代社会は、信頼できる企業をもっと必要としている。ラッシュはそんな希望の指針になっている」と話す。一方、近藤氏も「ラッシュは本気で世界を変えようと思っている」と言い切る。

とはいえ、人間性の尊重や倫理を重視する姿勢を徹底しながらも、営利企業である以上は利益を出し成長し続けなければならない。コンスタンティン氏は、たとえば、100%サステナブルな製造工程など理想を今すぐに実現することは難しい局面もあるが、そうしたチャレンジを克服すべく努力を続け、利益を上げられる事業を作り出そうとしているとする。

また近藤氏によれば、ラッシュの信念と売上など現場の間で判断が難しい場合、英国本社のエシカル・ディレクターに判断をあおぎ、意志決定をしているという。

バスルームの未来を体現する新製品、デジタルバスボム「Bath Bot」

顧客体験を最重要視するラッシュはテクノロジーを活用し、ついに独自のハードウェアも開発した。2024年4月27日、バスボムの発明者としてラッシュが定める「世界バスボムデー」に、英国、米国、日本、そしてオーストラリアで発売予定の新製品、浴室で使えるデジタルバスボムの「Bath Bot(バスボット)」だ。主力製品のバスボムをデジタル化するコンセプトイメージで作られた。

Bath Botはバスボムと同等サイズの球体スピーカーで、浴槽に浮かべてバスボムとともに使うことを想定している。内蔵のライトを操作しバスボムに合わせた色で光らせたり、振動機能を使ったり、音楽を聴いたりすることで浴室のムードをカスタマイズすることができる。バスタイムに新たな体験を持ち込むことが期待されている。

「Bath Bot自体が製品であり、かつ既存製品をサポートするものでもある。Bath Botを使うことで、顧客は入浴中に音楽とともに30分のライトショーを楽しむことができ、自分自身の時間、空間を持つことができる。スマートフォンをスクロールする手を一旦止めて、セルフケアの時間を持ってもらうという意味で、ソーシャルメディアへの挑戦でもある」(コンスタンティン氏)

Bath Botイメージ

このBath Botの開発過程に関しても、ラッシュらしいエピソードがある。浴槽に入れられる防水スピーカーはほかにもあるが、従来のウォータープルーフの家電製品に使用されるのは動物由来の接着剤だったため、ラッシュとしては違う手法を開発する必要があったという。ラッシュにとってガジェットは初めての挑戦だったが、試行錯誤の結果、接着剤を使わずに防水化する方法を編み出すことで100%ヴィーガンなガジェットができた。加えてユーザーにとっての「修理する権利」を実現すべく簡単に修理可能な設計にし、また、リサイクルできる素材を使うなどのこだわりが詰まった製品としている。

コンスタンティン氏はラッシュの今後について「Bath Botのような、我々にとっても新しく、今までにないものをもっと増やしていき、ラッシュが新しいバスカルチャーを創造しバスルームの未来を切りひらいていければ」と語る。

Text: 福田ミホ(Miho Fukuda)
Top image and photo: ラッシュジャパン


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