コーセーなど3社が顧客自身のiPS細胞を用いた超パーソナライズ美容商品を2026年に商品化へ
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株式会社コーセーは、2024年5月、iPS細胞関連事業を展開するアイ・ピース株式会社、レジュ株式会社との技術提携を発表した。ユーザー自身のiPS細胞を作製し、そこからの抽出成分「iPSF」を配合したパーソナライズ美容商品を開発する目的だ。同年8月から年間30人を対象に技術面・事業面における実証実験を行い、2026年の正式ローンチを目指す。同事業に関わる3社の担当者に、商品の詳細と今後の展望について聞いた。
コーセー、アイ・ピース、レジュの3社の技術提携の背景
ユーザーが自分自身のiPS細胞を使ってパーソナライズされたスキンケア商品を使う時代が実現できるのではないか。こんな期待を持って、コーセーとiPS細胞関連事業を手がけるアイ・ピース、レジュの3社が技術提携を行った。
この技術提携における3社の役割は次のとおりだ。まず、個人向けiPS細胞バンキングサービスや企業向けに医療用・研究用iPS細胞の受託製造・販売を行うアイ・ピース社が、ユーザーの血液などから採取した体細胞からiPS細胞を作製する。それを用いて、レジュ社が成長因子や独自成分を多く含む「iPSF」(iPS細胞抽出成分)を生成。また、使い心地やテクスチャーなどをパーソナライズした製剤をコーセーが開発する。そして、iPSFと製剤を、提携したクリニックで調剤して提供する。顧客のはじめてのクリニック来院から美容商品ができあがるまで約1年を要する、究極のオーダーメイド商品だ。
株式会社コーセー 経営企画部 経営戦略室長 田中健一氏は、提携のきっかけについて次のように話す。
「創業80周年に向けた中長期ビジョン『VISION 2026』でも触れているが、コーセーはBeautyを軸にしつつ、Health、Cureといった周辺領域にも提供価値を広げていくために、技術面・事業面での検討を進めてきた。弊社は、機能性や使い心地などが異なる千差万別の化粧品づくりやブランドづくりを強みとしているが、その一方で、一人ひとりに合った化粧品を届けるというパーソナライズの要素が十分に提供できていないという歯がゆさがあった。そんなタイミングで、アイ・ピースの田邊氏と出会い、話をしていくなかで、自分自身のiPS細胞を活用すれば究極のパーソナライズ美容商品をつくれるのではないかとの可能性を感じ、技術提携に至った」
アイ・ピース社やレジュ社としても、iPS細胞を一般の人たちにもっと身近に、すぐに使える技術として活用・事業化できないかという課題感があったという。
アイ・ピース株式会社 創設者・CEO 田邊剛士氏は、「iPS細胞は、名前は知っているけれども、医療や創薬での活用をイメージされる方が多く、一般の方からするとかなり遠い、自分には関係ないものとして捉えられている。それをいかに民主化していくかというのも、我々のミッションのひとつであると考えている」と話す。そして、レジュ株式会社 CEO 神谷友里江氏は、「アイ・ピースのiPS細胞バンキングを利用するお客様から『iPS細胞って何に使えるの?』という声があり、すぐに使える商品を開発するために立ち上げたのがレジュ社だ。iPS細胞を健康や美容というコンシューマーサイドに近い分野で技術を応用することができれば、iPS細胞がもっと身近になり、浸透していくのではないかと考えた」と話す。
iPS細胞から抽出する成分「iPSF」の可能性
開発される美容商品に配合されるiPSF(iPS細胞抽出成分)とはどういったものかを説明する前に、まずiPS細胞がどのように作製されるのかを知っておきたい。
私たちの体は、1個の受精卵からはじまり、それが細胞分裂によって約60兆個のさまざまな種類の細胞に分化し、体がつくられる。そして年齢とともに細胞が老化していくが、iPS細胞技術を用いることで、血液などに含まれる体細胞をもとに細胞年齢を逆戻りさせて受精卵のような状態の細胞を作製することができる。
受精卵の状態に戻ると、細胞は活発に成長・分化し、その過程でiPS細胞ならではのさまざまな成分を分泌することがわかっている。その分泌成分を精製濃縮したものがiPSFだ。試験管モデルでは、ヒアルロン酸やコラーゲンの産生を高めたり、毛乳頭細胞の活性化、創傷治癒効果など、細胞の活性化に幅広く効果があることがわかっている。
スキンケア市場で浸透しつつある「幹細胞」と大きく違うところは、iPS細胞自体の作製に若返りプロセスが入るという点だ。幹細胞は、採取時の年齢の細胞であるが、iPS細胞は作製する過程で、細胞自体を若返らせることができる。
また、自分自身のiPS細胞を用いることも特長であり、メリットは大きく3つある。1つめは、かなり確率は低いが、他人由来の成分には何らかのウイルス等が含まれることによる感染症を引き起すリスクがある。自分自身の細胞由来のiPS細胞は、そうしたリスクをかなり極小化できるという。2つめは、自分自身の細胞由来の成分が入っていることで、化粧品などその製品に対し深い愛着が湧くとの知見が得られている。そして3つめは、アイ・ピース社の技術なら、1度少量の体細胞を採取すれば、そこから安価にiPS細胞を無限増殖させることができる点だ。十分な量のiPSFを確保できることが想定でき、iPSFに含まれる成分の構成を自分好みにカスタマイズしていける可能性もある。
将来的には「肌がきれいな」人のiPS細胞由来コスメの可能性も
第一弾は自分自身のiPS細胞由来のiPSFを配合した美容液を開発し、提携する美容皮膚科で院内調剤する美容商品としての販売を予定しており、一般的な化粧品に近いものとして毎日安心して使える点を最優先に開発を進めている。2024年8月から技術面・事業面における実証実験を開始し、年間30名、2年で約60名への提供を予定している。販売価格は、美容液を年間12本提供するサブスクリプション契約で、クリニックでのカウンセリングなどのサービス料込みで年間110万円(税込)とする見込みだ。田中氏は「サイエンス、エビデンスに満ちた、これまでにない最高級ブランドとして、お客様一人ひとりに愛される商品づくりを行っていきたい」と語る。また将来的に十分な検証が進めば、たとえば「遺伝子的に肌の老化が遅く、きれいな肌の持ち主である他人」のiPS細胞由来のiPSFを使った化粧品を安全性を考慮しつつ生み出せる可能性もあるという。
アイ・ピース社のもつ独自技術により、これまでは年間1人あたり10億円かかっていたiPS細胞作製費用が、1人あたり300万円程度まで低下し、かつ年間数千人分を量産できるようになった。この革新的な技術を活かし、一人ひとりに対応した高級化粧品の価格帯で購入可能な美容商品を作っていく。レジュ社では、ローンチに向けて、年間数百名分のiPSF生成を見据えた開発体制を整えていくとする。
プレスリリースの公開後、アイ・ピース社の個人向けiPS細胞バンキングサービスを利用している日本人ユーザーから多くの反響があったという。田邊氏は、「バンキングサービスを利用しているお客様は海外の方も多く、関心をもってもらえることが予想される。将来的には、日本だけでなく、海外への提供も視野にいれて、日本の新しいサービス、産業のひとつにしたいと考えている」と展望を語った。
iPS細胞をテーマにしたスキンケアは、今後の低価格化、汎用化でさまざまな企業の参入も予想される。2024年7月には、エスヴィータ株式会社が、iPS細胞を用いたスキンケアの企画・製造・販売を行う株式会社ICELLEAPと協業し、iPS細胞上清液を用いた完全オーダーメイドスキンケア「iPSYA(イプシア)」の受注販売を開始すると発表した。
レジュ社の神谷氏が指摘するように、自分のiPS細胞を作製して人生100年時代の美容や健康に生かしていくことが珍しくない未来は、そう遠くないだろう。iPS細胞を用いた化粧品が、その先陣を切ることになりそうだ。
Text: 小野梨奈(Lina Ono)
Top image & photo: 株式会社コーセー、アイ・ピース株式会社、レジュ株式会社