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欧州初のフェムテック・ユニコーン、月経管理アプリのFlo Healthが支持される理由

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フェムテックという言葉が一般化する前の2015年に、女性の健康課題に取り組むサービスを掲げて英国で創業したFlo Healthは、欧州初のフェムテック・ユニコーン企業に成長した。同社が提供する月経管理アプリ「Flo」は、ダウンロード数とアクティブユーザー数で世界最大級の健康アプリと評価されている。多数の月経管理アプリがあるなかで、Floが頭ひとつ抜き出た理由を考察する。


2027年には600億ドル規模のフェムテック業界を代表するFlo Health

生理や妊娠など女性特有の健康・ライフスタイルの課題にテクノロジーで応える商品やサービスを指す「フェムテック」という言葉が生まれて以降、フェムテック業界は着実に成長を続けている。当初の長年タブーとされてきた領域に関わるニッチな分野という認識は徐々に変化し、2027年までには推定600億ドル(約9兆4,650億円)規模の産業へと成長を遂げる見込みだ。

2021年には、女性と家族のためのバーチャルクリニックである米Maven Clinicが企業評価額10億ドル(約1,578億円)を超え、米国フェムテック業界初のユニコーン企業となった。そして、2024年の7月末には英国発の女性の健康管理アプリ企業Flo Healthが、シリーズCラウンドで米ベンチャーキャピタルGeneral Atlanticから2億ドル(約316億円)を資金調達。欧州初のフェムテック・ユニコーン企業となり話題を呼んだ。

2015年に設立された同社は8年以上にわたって拡大を続け、同社が提供する女性の生理周期をトラッキングする無料の健康管理アプリ「Flo」は、2024年6月時点で月間アクティブユーザー(MAU)が約7,000万人に達し、追加機能が利用できる有料サービス登録者数は前年比55%増の500万人を突破したことが同年8月に発表された。

Floの2023年の年間経常収益は1億9,200万ドル(約303億円)で、2018年以降、約420万回とされる累積ダウンロード数とアクティブユーザー数で世界最大級の健康アプリとしての地位を維持している。また、この急成長は、2024年の総予約額(gross bookings:特定の期間内に商品やサービスの販売やサブスクリプション料金を通じて得られた収益の、税金や手数料または割引などを差し引く前の総額のこと)にも表れており、前年比約50%増の2億ドル(約316億円)を超える見込みだという

Floの中核機能の1つは女性の生理周期とホルモンの変化のトラッキングと予測で、ユーザーが自身の生理を記録することで妊娠しやすい時期を予測し、妊娠あるいは避妊というアクションの選択を可能にする。あわせて、妊娠と出産初期の情報を提供するほか、ユーザーは痛みなどの身体的な症状や気分、性行為の有無といった記録から、生理周期が自分にどのような影響を与えるかの確認もできる。

2023年の時点で、Floのような月経管理アプリのグローバル市場規模は18億7,000万ドル(約2,950億円)と評価されており、実際、市場にはすでに数多くの月経管理アプリが存在する。このなかで、なぜFloは他の追随を許さないほどの成長を実現したのだろうか。

月経管理アプリ「flo」が支持される3つの強み

Flo Healthはベラルーシ出身の双子の兄弟、ドミトリー・グルスキー(Dmitry Gurski)氏とユーリ・グルスキー(Yuri Gurski)氏によって英ロンドンで設立された。提供する個人向けの女性健康アプリFloが多数のユーザーに選ばれる理由として、同社は「正確な予測」と「医学的信頼性」「プライバシーの確保」の3つを挙げている。

具体的には、生理痛や頭痛などを含む70以上の身体的症状をモニターし、AIを活用して生理周期と排卵時期をほぼ正確に予測。また、産婦人科医、カウンセラー、リサーチャーなどからなる約120人の医学および科学の専門家チームが、女性が自分の体についてより深く理解し、ライフスタイルを調整するのを助けるコンテンツ構築を支えており、ユーザーは「ヘルスライブラリー」などの記事や、生理や排卵の計算ツール、また、チャットボットによるパーソナライズされたアドバイスといった形で医学的信頼性の高い情報や専門的なアドバイスを得られる。

ユーザーのプライバシーに関しては、過去に同社がユーザーの個人情報の漏洩を告発され、米連邦取引委員会から罰金を課せられたことをきっかけに改善を果たした経緯がある。2019年に、FloがMetaやGoogleなどの第三者データ分析企業とユーザーデータを共有していたとする複数の報道があった。このデータは、Webサイトの訪問者や特定のプロセスから離脱する可能性のあるユーザーをリターゲティングしたり、類似オーディエンスに対する広告ターゲティングを可能にしたりするのに使用される。Floは情報漏洩を否定したものの、多くのユーザーは、生理周期や性行為を含む自分のプライベートな情報が広告主や広告プラットフォームと共有されていることにショックを受け、それを情報漏洩ととらえてFloアプリを削除する人が続出した。

失った信用を回復するために、Flo Healthはさまざまな対策を実行した。その1つが「匿名モード(Anonymous Mode)」だ。これは、ユーザー名、メール、IPアドレスを共有せずにアプリを使える仕組みで、ユーザーのセンシティブな生殖関連健康情報を保護するために開発されたものだ。同技術は、2023年のTime誌の「Best Inventions」や、Fast Companyの2023年「World Changing Ideas Awards」の迅速対応カテゴリーのファイナリストにも選ばれている。また、2024年1月には、情報資産全般を保護するための認証資格ISO27001に加え、プライバシー保護に特化した国際規格ISO27701の取得を発表している。

出典:Flo Health公式サイト

アプリを通して女性ユーザーのグローバルな連帯を図る


Flo Healthはまた、フェムテック業界のリーダーとして、グローバルな視点から女性の健康を改善する取り組みを始めている。その柱となる「Pass it on Project(パス イット オン プロジェクト)」では、インドやインドネシア、ナイジェリアなど66カ国で最大10億人の女性に対し、通常は有料の「Floプレミアム」サービスを無料で提供して健康リテラシーの向上を目指している。これらの新興国ではすでに1,200万人近い女性がFloを利用し恩恵を受けているという。

この仕組みは、Floの収益の根幹である有料サービスを享受する経済的余裕のあるFloプレミアム会員たちが、金銭的にゆとりのない女性たちをいわば肩代わりしてFloのユーザーコミュニティに包括し、Floを通して女性の健康に関する情報を国境を超えて分かち合う(Pass it on)という形で、女性の連帯を促すものだ。同時に、無料会員がプレミアム会員へアップグレードする動機づけにもなっている

出典:Flo Health公式サイト

女性の連携という面では、健康やウエルネスに関するプライベートなデジタルコミュニティへのアクセスもある。Floは、ユーザーが匿名でさまざまなトピックスについて話し合い、世界中のほかの女性から応答を受け取るための場所として専用チャットスペース「Secret Chats(シークレットチャット)」を開発。チャットはアルゴリズムによって、各ユーザーの年齢や目標にもとづいたコンテンツを提供するほか、事前にモデレートしてチャットとその応答のフィルターを作成し、ユーザーを嫌がらせやいじめから保護するとしている。

また、2023年には、有料プレミアム会員向けにユーザーが生理周期情報をパートナーとシェアできる「Flo for Partners(Flo フォー パートナーズ)」を発表。科学的な根拠にもとづき、生理とは何か、性欲に何が影響するかなどの女性の身体情報を男性にもわかりやすく説明することで、妊活あるいは避妊に関してパートナーの理解と協力を促す仕組みだ。

このようにFloには、精度の高い予測、医学的信頼性、プライバシー保護を核に、多くの女性が互いに助け合い、身近な男性も巻き込んでジェンダーギャップの残るヘルスケア分野の是正にも踏み込む姿勢がみられる。

プレミアム会員を軸とするビジネスモデルで未開拓のユーザー層にもアプローチ

Floは使えば使うほど、蓄積されたデータにもとづく予測の正確性が上がり、提供されるコンテンツやアドバイスのマッチングも高まる。それはユーザーが別のアプリに移行する可能性を低くすることにつながる。このアプリをティーンエイジャーの頃から利用し、今やFloなしの生活は考えられないと話すユーザーもいるという。現在、Floでは大きな広告キャンペーンなどは打っていないが、ユーザー数が増加している背景には、既存ユーザーのクチコミからの流入があるとされる。Floのファンである家族や友人に教えられてFloを知ったり、SNSでの投稿をきっかけにユーザーとなるケースが多いとみられている。

また、米国での有料プレミアム会員費は年間59.99ドル(約9,460円)だが、フリートライアルやプロモーションが積極的に行われており、実際にはより低価格での利用も可能だ。こうした施策により有料ユーザーの維持率が高い点もFlo Healthの業績が右肩上がりで伸びている理由のひとつといえる。

2024年7月の「TechCrunch」のインタビューで、Flo Health CEOのドミトリー・グルスキー氏はFloの今後について、同社の収益化戦略はユーザーに追加機能と洞察を提供するプレミアムサブスクリプションを通じて行われるとして、サブスクリプションは中核となるビジネスモデルであり、これを変更する予定はないとする。あわせて、次の成長フェーズでは、ユーザー基盤の拡大に注力し、更年期前後の女性をはじめ、既存ユーザーのパートナーが利用できる機能を開発し、未開拓のユーザー層へのリーチを拡大すると述べている。

Text: 東リカ(Rika Higashi)
Top image: Lemberg Vector studio via Shutterstock