コーセーの社内事業創出、消費者のペインからプロテインドリンクや更年期サポートプラットフォームが誕生
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コーセーの社内公募型新規事業創出プログラム「LINK」は開始当初、人事研修の意味合いが強かったが、現在では実際に新規事業立ち上げの基礎となるプログラムへと進化した。対価を支払う人、すなわち顧客への徹底したヒアリングを行うことで、さらなる顧客体験をクリエイトし新たな提供価値を生み出すことが目的に位置づけられている。同社におけるLINKの意義とその背景に加えて、2つの採択プロジェクトの起案者へのインタビューを交え、LINK発の事業の詳細を紹介する。
「顧客への検証」がLINKの基本活動、徹底した顧客ヒアリングで課題を深掘り
コーセーグループの社員を対象とした社内公募型新規事業創出プログラム「LINK」は2024年9月、2023年度採択プロジェクトとして「ポジティブ・エイジングを叶える更年期のセルフケア事業」を選出した。同じく9月には、2022年度の採択プロジェクトを起点とした新インナービューティブランドが立ち上げられ、第一弾商品として「イーストプロテイン アソートセット」が発売された。
LINKの始まりは、2010年にさかのぼる。当初は人事研修の色合いが強かったが、徐々に新規事業立案を主とする内容へと変化し、その過程では「コーセーとの共創におけるInnovation Program」として、2018年に量子コンピュータ技術を扱うMDR社(現blueqat株式会社)と協業し自動処方生成の技術開発を開始したり、2019年には、当時、高校生が代表を務めるSunshine Delight社と協業して幼児に対する紫外線対策事業をスタートするなど、スタートアップとの共創というオープンイノベーションの側面も追加されてきた。
ここ数年は、採択案は事業化することを前提に実施されており、たとえば、幼少期からのスキンケア習慣の定着を目指すプロジェクトをもとにした子供向けスキンケアブランド「Dear Child Skin」のローンチや、カラーメイクで何を選びどう使っていいかわからないなどの苦手意識をもつ顧客に対して3品で仕上がるメイクを提案するサービス「Mymits(マイミッツ)」が公式オンラインサイト「Maison KOSÉ」に実装されるなど、実際に形となって世に出ている。
LINKの年間スケジュールは、2023年度を例にとると、6月から社員に事業アイディアを募集し、12月に一次審査、翌2024年4月に二次審査の結果を発表し、通過したファイナリストは市場調査や試作品の開発などより深いPoCを行い、同年9月に最終的な提案を発表する流れとなっている。プログラム期間中は、社内のLINK事務局に加え、外部有識者として経営コンサルタント企業のUNIDGEがメンターとして、研修や伴走型で活動をサポートする。
募集テーマは、顧客課題(toB/toC)に関して、起案者が解決したいと願うコトやモノをテーマとして設定する。その裏には「事業が成功するかどうかの“正解”を教えてくれるのは、その事業に対して実際にお金を払う“顧客”である」との考え方がある。つまり、顧客が本当に求めていることに応えられるサービスや商品を届けてこそ、事業として成り立つというのだ。そのため、LINKの起案者はプロジェクトを進めていくにあたり、徹底した顧客ヒアリングを重ね、顧客課題の深掘りをして、その解決策となりうる事業のあり方を探求、構築していく。LINKの肝はまさにこの「顧客への検証にもとづき、顧客体験をさらに拡張する事業」を、コーセー社員が自ら手を挙げ、起点となって見つけることにあるといえる。
更年期の悩みに応えるパーソナライズなセルフケア・プラットフォーム
LINKの最新版2023年度の採択プロジェクトに選ばれたのは、tarte事業管理室 tarte事業管理課 安藤麻衣子氏による「ポジティブ・エイジングを叶える更年期のセルフケア事業」だ。更年期症状の悩みを抱えるユーザーが、専門家によるアドバイスを受けたり、同じ悩みを持つ人々と情報交換をしたり、自分に合うセルフケア製品のレコメンドから商品の購入までを一気通貫でおこなえる更年期サポートプラットフォームというビジネスモデルだ。自社で更年期向けのセルフケア・プロダクトを開発し、そのプラットフォーム内で販売することも検討している。
安藤氏は更年期というテーマを選んだ理由について「実はエントリーシートの段階ではPMSなど生理の悩みに応える事業を考えていた。だが、ヒアリングを始めてみると、イライラ、抑うつなど、原因がよくわからないがなんだか調子が悪いという、いわゆる不定愁訴を訴える大人女性が多いことや、アラフォー女性が『今から更年期が怖い』と人知れず怯え、リアルに悩んでいることがわかった」ためだと話す。
更年期がいつ起こるのか、どんな症状があるのかなど、更年期についてよく知らない人が多く、また、個人差も大きいことから、複数の症状を抱える更年期の患者にとっては、一人ひとりに合った個別の治療やケアがなかなか見つからない状況にあると考えられた。同時に、世間一般に更年期の悩みを口にするのはタブーとの意識が強く、当事者が誰かに相談するのには心理的な抵抗があり、また、更年期の手前の世代の人も、会社の先輩などの年長者に更年期について聞きにくく感じていることもみえてきたという。
「現在、更年期症状に悩むかなりの数の人が、ひとりで必死にネット検索をして、クチコミ上位の市販薬やサプリを買って試したり、近所の婦人科を探して診察を受けたりしている。だが、メンタルの不調を含む、人それぞれ異なる複雑な症状をすべて解決するような治療法はなく、何が自分に必要なのかもわからない。そのため、当座の症状を和らげる漢方薬の処方やホルモン治療を受けたとしても、結局、満足が得られないまま、“その次”を探してまたネット検索をしている。いわば、出口の見えない無限ループを孤独にさまようジプシーのような状況だ」(安藤氏)
安藤氏は、こうした「ひとりで戦う」更年期女性が求めていることを、「悩みや知恵を共有し安心感や情報を得たい」「エビデンスにもとづいた自分に合った解決策を知りたい」「医療だけでは解決しきれない不定愁訴の緩和」の3つの“価値”として定義。UGC(ユーザー生成コンテンツ)による情報共有とパーソナライズしたケアプラン、各自に合ったセルフケア・プロダクツの3つの要素を備えたプラットフォームという解決策の仮説を立てた。そして、その検証として、コーセーの女性社員22名を対象に個別のセルフケア提案をLINEで送付しニーズの確認やCV(コンバージョン)を計測するプロト検証をはじめ、二次審査以降は協業先のパートナー企業とより大規模な市場調査を行うとともに、独自のセルフケア・プロダクツの試作品の開発に着手した。
約13万人のMaison KOSÉ会員宛にメルマガで「セルフチェック」を案内し、反応があった人に対しSMIスコア(簡略更年期スコア)を中心にした簡易アンケートを聴取。タイプ別に用意したパーソナルレポート(ケア提案+商品レコメンド)を提示、さらに、商品紹介ページに購入ボタンを設置してCVを計測した。その結果、実際に、個別のケア提案を通じて購買行動が起きることが確認できた。加えて、各レポートのレコメンド商品のなかに、試作品を1点、企画検討中の自社品として紛れ込ませたダミーマーケティングを行ったところ、アイテムごとのCV率において、試作品が最も高い結果になったという。
「今後は協業先のパートナー企業とプラットフォームの実装に向けて作業を進めていく。私としては、コーセーだけではなく、他社製品も取り扱う開かれたプラットフォームとすることで、ユーザーの更年期のセルフケアの選択肢が増え、より皆さんの役にたつことができるのではと考えている。そのための方法も思案中だ。あわせて、社内のモニター参加者から好評を得られた試作品の商品化も検討したい」(安藤氏)
ユーザーの不満ポイント一つ一つに応えるビューティプロテインドリンク
一方、2024年9月、コーセーによるウェルビーイング領域での新しい取り組みとして立ち上げられた新インナービューティブランド「Nu⁺Rhythm(ニューリズム)」と、その第一弾商品である栄養機能食品「イーストプロテイン アソートセット」も、2022年度のLINK採択プロジェクトから誕生した事業だ。
イーストプロテイン アソートセットは主原料としてパン酵母から抽出した高タンパク質原料「酵母プロテイン」を配合。高い栄養価に加え、ホエイ(牛乳由来)やソイ(大豆由来)のプロテインに比べて、製造時の環境負荷が少ないサステナブルなプロテインとして海外を中心に注目を集めている。これに加え、森永製菓が独自開発したフルーツ由来の素材「パセノール」をはじめ、コラーゲンペプチドや11種のビタミンといった、皮膚や粘膜の健康維持を助け、抗酸化作用をもつ栄養素など、美容効果が期待できる成分が配合されているのが特徴だ。
事業のもとになったLINKプロジェクトの起案者であり、現在はNu⁺Rhythm事業を主導する経営企画部 経営戦略室 事業開発課の菅井蔵氏はプロテインマイスターの資格を持ち、プロテインを活用した暮らしの提案をするなかで、生活者はプロテインには「運動好きで筋肉をつけたい男性が飲むもの」といった思い込みや、「飲む手間が億劫」「おいしくない」などのネガティブイメージを持っている傾向があることに気づいたという。また、プロテインが美容にも効果的であるというのを知らない人が多いこともわかった。
「プロジェクトにあたっては、東京・表参道の街頭に立ち、100人近い通行人の方たちにプロテインを摂取したことがあるか、やめた場合や未経験の方にはその理由などを聞くアンケートをお願いした。Webで取ったアンケート回答と合わせて、プロテインを継続使用している人は37%、過去使用したが途中で脱落した人が33%、未使用の人が30%という結果となった。今使っていない場合は、『効果が感じられない』『大袋から1回分の量をすくいとり溶かす作業が面倒』『職場などでシェーカーを振る(プロティンを溶かしている)姿を見られるのが恥ずかしい』という声が目立ち、未使用の人は『美容成分を摂るほうを優先している』『パッケージがおしゃれじゃない』など、美容系サプリは持ち歩いて摂取しているのに、プロテインは否定的に感じていることがわかった」(菅井氏)
逆にいえば、こうした消費者のネガティブポイントをくつがえすプロテイン製品があれば、過去使用者や未使用者に効果的にアプローチできるのではないかと菅井氏は考えた。「手軽に混ぜるだけで作れて、しかも飲みやすくて美味しくないと続けられない。どうせ飲むなら美容の面でも良い効果があるとお得感が高い。そういう商品を作ろうと思った」(菅井氏)
そこで、イーストプロテイン アソートセットの商品設計においては、まずプロテイン飲料を作る際の手間を軽減するため、1回分ずつの個包装とし、シェイカーなしでも“簡単に溶ける”ことにこだわった。さらに、飽きずに続けられるよう、おやつ代わりになる甘味のあるものから、お湯に溶かしてスープとして飲めるものなど4種類の味を用意。また、パッケージは、あえてプロテインらしさが感じられない、優しいカラーリングとデザインにした。そして、美容効果をプラスし、コラーゲンや11種のビタミン、GABA(ガンマ-アミノ酪酸)など、飲み続けることで変化が実感しやすい成分を配合し、個包装のパッケージにもわかりやすく成分を表示した。
この成分のなかでも、森永製菓の特許技術によりパッションフルーツの種子から抽出したポリフェノールの一種であるパセノールは、酵母プロテインとの相性がよく健康と美容サポートが期待でき、他社のプロテインドリンクとの違いと独自性を強調するスター成分だ。パセノールに含まれるピセアタンノールは、摂取したヒトの体内でサーチュイン遺伝子を活性化※1 する上、UV照射した細胞実験で傷ついたDNAを修復する働きがあることも最近の研究※2 でわかってきたとされる。
※1 Tanaka K., Life, 14, 589, 2024
※2 Shiratake S., et. al., MolecularMedicine Report, 12, 5857-5864, 2015 Mizushina_Y., Cosmetology, 24, 141-148, 2016
菅井氏はパセノールを採用した理由を、「商品開発を進める段階で、お客様が求めている即効性のある美容成分を加えたいと考え、健康と美容どちらもサポートし、かつ、ある特定の優れた機能に特化した成分のリストを、まずは協力関係にあるOEM企業に出してもらった。あがってきた膨大な数の成分のなかから、親和性や機能の方向性などのフィルターをかけ、テスト中の試作品に実際に配合し味をみてということを繰り返して、さらに絞り込んだ。最終的には、機能性の高さはもちろんのことながら、森永製菓のこの成分にかける想いやずば抜けた熱量を感じ、これなら安全性の面からも信頼して一緒に取り組めると判断した」と説明する。
発売から約1カ月経った現在、イーストプロテイン アソートセットは直営店とMaison KOSÉオンラインで販売されているが、初動の手応えは想像していた以上だと菅井氏は話す。「コーセーが作った今までありそうでなかった商品ということで、広く興味を持っていただけたのではないかと思う」(菅井氏)
LINKプロジェクト立ち上げ時でも通常業務を行うメンバーが得たもの
安藤氏も菅井氏もLINKのプロジェクトに取り組んでいる期間は、同時に通常業務もこなしている。LINK事務局からの所属部署との調整や活動予算の手配などのサポートはあるものの、その負担は少なくないはずだ。
「時間のやりくりが大変なのは事実だ。だが、通常の業務だけをやっていたら知り得ない知識や考え方を学べる。新しいことを始めるときには、こういうふうに動けばいいんだということにも気づきがあった。コーセーのような規模の企業だと、プロトタイプを数カ月で作るなんてありえないと思いがちだが、世の中にはいろいろなやり方があり、大きな企業の常識を一旦取り払ってフラットな目線で考えてみるのは、私にとって新鮮だった。そうした物事への取り組み方とか考え方は、通常の業務にもすごく活きてくると思う」(安藤氏)
「業務のかたわら街頭でアンケートを取るなどフィジカル面では確かにしんどいものがあったが、それは決して“苦痛”ではない。1つの事業を自分でプランを立て構築していくということは、その間は仮想経営者になるわけで、損益や経費、運営はどうするかなど考えることで、物事の捉え方が大きく変わる。日々の業務のなかで目の前のことばかり見がちだった自分には、中長期的な視線が磨かれていくのが感じられ、プロジェクトへの参画は自分にとってプラスでしかないときっぱりいえる」(菅井氏)
Text: そごうあやこ (Ayako Sogo)
Top image and photo: 株式会社コーセー