変わっていく視点、変えていく視点 第2回後編<WOW>リアルとデジタルがともに人の心に伝わる試み【川島蓉子連載・NNを考える会】
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川島蓉子さんによる、イノベーティブな仕事をされている各界の方々にお話をうかがい、これからのビジネスに必要とされる「視点」を探る連載の2回目は前編に続き、ビジュアルデザインスタジオWOWの於保浩介さんに、「ロストカムイ」プロジェクトについてお聞きしました。
於保さんが手がけるプロジェクトの領域は多岐にわたっていて、海外での発信活動もあれば、日本の地方の文化にかかわるものもあります。そんな中から、前回は北海道阿寒湖の「ロストカムイ」というプロジェクトに触れました。
これは、アイヌ文化の普及を目ざしているアイヌ工芸協同組合と、観光作りに取り組んでいるNPO法人阿寒観光協会まちづくり推進機構からの依頼により、アイヌ古式舞踏とデジタルアートを融合させた新しいプログラムを制作する仕事です。於保さんはそこで、舞台映像の演出・制作を担当したのです。
「みんなが興味を持ってくれるような表現を、ハイテクを駆使することで実現できるなら、それは文化を守る方法になるはずと考えました」
たとえば、アイヌ文化に登場する“カムイ”は、神格を有する高位の霊的存在として、口頭で語り継がれてきたもの。今までカムイの姿を具現化することがなかったのですが、於保さんはそこへの挑戦を試みました。今までそれぞれが漠然とイメージしていたカムイを可視化することで、子どもや外国人に伝わりやすくなればととらえたのです。
民族の中で受け継がれてきた物語が、デジタル映像とリアルな人の舞踏とで表現された作品は、あたかも大自然に包まれながら、アイヌの世界を五感で味わっているかのよう。リアルとデジタルが融合することで、互いの価値を高め合い、新しい表現形態が生まれている――デジタルは、利便性を高めるだけでなく、人の想像力を広げる役割を果たしている――今までにない刺激を受けながら、民族の伝統が紡いできた良質な文化を味わえると心が動きました。
コロナ禍によって、東京一極集中でなく、分散することの大切さが取り上げられ、リモートワークによって、東京でない場にオフィスを構える動きも出てきて、地方ならではの良さに脚光があたっています。私は、地方という呼び名自体に、“都会VS地方”的な匂いを感じていて、少しの違和感を抱いていたのですが、とは言っても良い呼び方が見つからずにいました。
オープニング前に制作スタッフと
現地のアイヌの方々と行った
演目の安全と成功を祈願する
「カムイノミ」という儀式
「ロストカムイ」プロジェクトのように、それぞれの民族や地元の文化を、今という時代にフィットする魅力的なかたちで発信していく。既にコロナ前からあった動きではありますが、これがもっともっと増えていったらいい。そうすれば、地方とひとくくりにされることなく、それぞれの独自性が立っていくのではと頼もしく感じました。
そんな素敵な仕事になった「ロストカムイ」ですが、スタートは必ずしもスムースではなかったそうです。「わざわざ観に来てもらう価値のあるものを一緒に作りましょうと地元の人に話したのですが、最初は少し半信半疑なところがあって心配したのです。が、思い切って懐に入れるようにと努めました」
思いを伝え続けることで、少しずつ信頼してもらえるようになり、「チームの中にグルーヴ感みたいなものが生まれ、プロジェクトがうまく行ったのです」と正直に語ってくれました。
地方のプロジェクトを取材していると、「東京からデザイナーが来て一緒にモノ作りしたけれど、海外の展示会に出して終わり」「プロデューサーの先生に言われたままにやってみたけれど続かなかった」という声を聞くことは少なくありません。「ロストカムイ」がこの轍を踏まなかったのは、最初のところで、現場チームとの一体感を作ったからなのだと納得しました。
一方、未来に向けて魅力的な企画と感じたのは、「____する音楽会―____Orchestra―」と題したイベント。これは、落合陽一氏が演出し日本フィルハーモニー交響楽団の演奏で構成され、すでに3年目を迎えるといいます。目指しているのは「テクノロジーによってオーケストラを再構築する」こと。落合氏から依頼され、WOWは映像の演出・制作を担っています。
撮影:山口敦
特に今年は、コロナ禍におけるオーケストラのあり方を模索するということで、タイトルの「____する音楽会」の空白には、受け手それぞれが自分の考えを巡らせてほしいという意図があるとのこと。これが音楽会の新しいカタチを提案することに――。
「オーケストラのライブ演奏の“らしさ”を保ちながら、同じイベントをオンライン体験として味わえる実験的な試みをやります」。会場とオンライン配信とで、同じコンサートを「まったく別の体験」として楽しめるというのです。
「リアルを補うという意味でのデジタルではなく、オンラインでしかできないことを盛り込もうと考えたのです」と於保さん。私の中でリアルとデジタルというと、デジタルは遠隔地でも時間に縛られず体験できるといった利便性にばかり関心がいって、独自の創造性というところは抜け落ちていたのですが、言われてみれば、今まで経験したことがないような感覚を味わえるのではないかと、気持ちがワクワクしてきます。
さらに興味を惹かれたのは、演目についてです。「音楽家がどのように時代や社会に対峙してきたのか。何を表現し、芸術にし、ユーモアにして、今を生きる私たちが受け継きできたのか」を盛り込んでいるといいます。
撮影:山口敦
ベートーヴェンの「交響曲第7番第四楽章」、ストラヴィンスキーの「兵士の物語」、藤原大の「Longing from afar」などを演奏するのですが、それぞれを選んだ理由が付されています。ベートーヴェンは、生誕250年にもかかわらず多くのコンサートがキャンセルされたという残念な状況に対し、本公演として最大規模の編成での演奏を。ストラヴィンスキーは、世界的な恐慌下でスペイン風邪が流行した時に作られた曲であり、当時と今の符合を感じてもらうこと。藤倉大は「離れていてもつながる音楽」をテーマに、コロナ禍でステイホーム期間中に作った曲を、新しいかたちの合奏で提案する――それぞれの知恵と工夫が込められているのです。音楽と映像による実験的試みが、どんな成果を出していくのか楽しみです。
於保さんの仕事は、先端テクノロジーを使いながらも、人が体験して触発されること、ワクワクすることへと向かっています。これってマーケティングの基本では?と話を聞いていて感じました。だからこそマーケティングにクリエイターの力は必須だし、一緒にタッグを組んでやっていく時代だとつくづく――明るい気分になりました。
「変わっていく視点、変えていく視点」 第1回はこちら
Text: 川島蓉子(Yoko Kawashima)
画像提供: WOW