
生成AIで変わる顧客サービス、すぐの導入が困難でも、今すべき準備とは【美容業界における生成AIのインパクトを考える(4)】
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テキストや画像、動画の生成AI(Generative AI)は、日本政府のAI戦略会議で「産業革命やインターネット革命よりずっと大きなものになる」と分析されるほどの社会へのインパクトが想定されている。美容業界のビジネスパーソンとしてどのような展望を描けばよいのか、イノベーション・AI関連分野に知見をもつ識者に、「生成AIがもたらすインパクトとすぐそこにある近未来の社会」についての洞察を聞くインタビューをシリーズで掲載する。第4回は、テクノロジー活用でUXを高めることをうたい、クラウドサービスとコンサルティングを提供する株式会社ビービットの執行役員CCO藤井保文氏だ。
生成AI導入が思うように進まない企業が今行うべき準備とは
2022年11月に、米OpenAIがチャットボット型の文章作成AIモデル ChatGPTを一般公開して以降、生成AIをビジネスに活用していこうという動きが国内外で盛り上がりをみせている。生成AIを、社内での企画アイディア出しの“壁打ち”や、顧客向けサービスに活用するなど、いち早く行動を起こした先行企業も現れ、既存の業界・ビジネスモデルのディスラプション(破壊)がじわじわと進行している。
そのなかでビービットが「ChatGPT・生成AIから始めない、AI時代の生存戦略と組織的準備」というレポートを出したことが話題になった。「始めなくてよい」と聞いて安心できたという声も多かったとされ、「企業としてすぐに生成AI導入ができなくても、やがてくる生成AIの時代を見据えて、今、準備・対応できることは十分にある」と、ビービットの藤井氏は断言する。
「生成AIに対応しなくてもいいと言っているわけでは決してない。しかし、活用を検討する段階で課題が浮き彫りになる企業も多く、拙速な導入をするよりも、まずは理解すべきことや決めておくべき課題をみきわめ、それに対する準備をしておくことで、生成AIをよりよく活用できるのではないかと考えている」(藤井氏)

デジタル技術にもとづく顧客体験の設計・向上支援サービスを提供するビービットの業務のなかでみえてきた、生成AI対応に関して企業が抱える悩みや課題には共通点がある。たとえば、「生成AIの全社活用のルールの整備が完了していないため、詳細が決まるまでどう活用するかの検討ができない」事例や、「活用検討のプロジェクトチームは発足しているが、適切な人材がアサインされておらず、積極的な検討が進まない」といったものだ。
これらは、生成AIに触れて利活用を始めている個人が社内にいるが、会社全体をリードする指針がないため、いわば「何か対応しなければいけないとわかっているが進められず、一部の人がヤキモキしている状態」だ。その一方で「既存事業の企画・運用で忙しく、AI技術のキャッチアップや新しい企画の検討を行う時間がなく、レクチャーしてくれるAIに詳しい人材もいないため、検討開始そのものに二の足を踏んでいる」ケースもあると藤井氏はいう。
では、こうした何かしらのモヤモヤを抱える企業が生成AIに対する知見をためて、自社に適した活用の仕方を見出していくためにはどうすればよいのか。藤井氏は「この先、生成AIが普及することによって、どんな業界破壊が起こるのか、そして、それが自社にどんな影響を与えるのかを、まず知ることが必要だ。それには、生成AI自身に聞くのが一番早く、簡単だ」と提言する。

藤井保文(ふじい やすふみ)氏
プロフィール/ 東京大学大学院修了。上海・台北・東京を拠点に活動。国内外のUX思想を探究し、実践者として企業・政府へのアドバイザリーに取り組む。著作『アフターデジタル』シリーズ(日経BP)は累計22万部を発行。ニュースレター「After Digital Inspiration Letter」では、UXやビジネス、マーケティング、カルチャーの最新情報を発信中
美容業界では生成AIによりどんな業界破壊が起こるのか、生成AIに聞いてみた
たとえば、生成AIは美容業界にどのようなディスラプションをもたらしうるのだろう。インタビューの過程で、実際に藤井氏はChatGPT-4に「美容業界において、GPT-4が登場し一般化することで、美容系の大企業が破壊的な打撃を受ける“ホラーストーリー”を5つ挙げよ」という趣旨の問いを投げた。あくまで“仮想のシナリオ”としての提示だが、得られた答えを要約すると、以下の5つのポイントにまとめられる。
1. 完全自動化された美容部員AI
GPT-4ベースのAIが美容やスキンケアの専門知識なしでも、無料でパーソナライズした美容アドバイスを提供。これにより、美容アドバイザーや専門家が不要になり有料サービスがなくなる。
2. AIによるパーソナライズ処方レコメンド
AIが各自の肌の状態、要望、アレルギーの有無などにもとづき、一人ひとりに最適な成分とその処方を割り出すことで、DIYあるいはオーダーメイド化粧品市場が拡大。既存の製品の売上が落ちる。
3. バーチャルメイクアップトライアルのさらなる充実
AR技術とGPT-4を組み合わせることで、各自に最適なメイクアップをいつでもどこでも提案できるようになり、店舗でのタッチアップやアドバイスを受ける人が激減する。
4. 美容医療アドバイザーとしてのAI
AIによる、顧客が検討している美容医療のシミュレーションやリスクの提示が瞬時に可能となり、施術選びがより慎重になって、施術を受ける人が減る。
5. デジタルで完結するバーチャルスキンケア診断
AIがユーザーの顔写真を解析して正確な肌状態と必要なスキンケアのアドバイスを提案。専門家や高価な診断機器が必要なくなる。
今回は“ホラーストーリー”という言葉をあえて使うことで、ネガティブなインパクトの提示を求める問いにしたため、生成AIがさまざまな場面で人間にとって代わる事態が進み、専門知識や技術の蓄積や有人サービスがあたかも必要なくなるかのような“未来図”が示されている。だが、それが現実になるのかといえば話は別で、重要なのはむしろここからだと藤井氏は指摘する。
「生成AIの答えを叩き台にして、より突っ込んだ質問を何度も重ねていき内容を深化させることで、より現実に近い精度の、実際に起こりうる業界へのインパクトのあり方がみえてくる。それを知ることによって、自社としてどのようにDXを進めていくべきか、10年後、20年後の仮説を立てて、現在の自社の戦略や方針をどのように軌道修正すべきか、そして、どんな新しいサービスが生み出せるかなどを考えていける。それが今まさに企業がやらなくてはいけないことだと思う」(藤井氏)
生成AIのパフォーマンス最大化の鍵となる自社コンテンツとインターフェイス
では、生成AIを新しい顧客向けサービスなどのビジネスに組み込んでいくために、留意するべきことは何か。
「AIを活用する利点は、これまで手がけてきた業務が効率化され、たくさんの人間を必要としないところにある。たとえば今までは、顧客のペインを解決するサービスとしてアプリをリリースしようと思ったら、膨大な時間とリソースが求められたが、今後は生成AIが基本的なことはすべてやってくれる、あるいはやり方を教えてくれるだろう。顧客接点を作るのもより簡単になる」(藤井氏)
ここで重要になるのが、AIのチューニングだと藤井氏はいう。各種データベースをはじめ、広大なインターネット空間から情報を得ている生成AIに、自社しか持っていないデータや自社でキュレーションあるいは制作したコンテンツを学習させることで、AIのアウトプット(回答や提案)の差別化と多様化が図れる。手持ちのどの情報ソースを使うかで、ほかとの違いを示す独自性が生みだせるのだ。
「私は書籍の執筆のほか、ビービットの公式サイトではブログやレポートや記事を公開している。こうしたコンテンツをAIに丸ごと学ばせることで、ネット空間から収集した情報をもとにしつつ、私と同じような思考法にたった発信ができると思う。そのうえで、オリジナルテキストの著者である私が、AIがあげてきた文章に対し、『ここはちょっと違う』とか、『〇〇からの観点も加えて再構成して』などの編集を加えて精査していけば、ビービットの企業思想や方向性を反映した仕様のボットをつくることも可能ではないか」(藤井氏)

ユニークな情報源に続き、生成AIの活用においては、どうやってヒトを絡ませるのかも鍵になるとして、藤井氏は、たとえば、顧客からの質問に答えるボットなどで、途中からヒトが入ることもありうるとする。より正確性・専門性が求められるシーンや、AIの回答にさらに何かを足した方が正確性が高まるような場合には、いわば人間が補助役となって編集したり、入れ替わったりすると、ユーザーが知りたい情報にたどり着きやすくなるようなケースもあるというのだ。「ユーザーにとっては、相手がAIでもヒトでもどちらでもいい。自分にとって良い体験、便利な体験であることがむしろ大事だからだ」(藤井氏)
そしてもうひとつの鍵がインターフェイスだ。藤井氏は「エクスペディア」などの航空券や宿泊の予約サイトのGPTサービスを例に説明する。
「『9月にハネムーンに行きたいが、どこの島がいいか?』という質問をチャットボットでしたとする。AIは、9月、ハネムーン、島という3つのキーワード(変数)をカバーしつつ分析し、最良な提案をする。ところが、誰もがこの質問のように、的確な答えを得るために必要な変数を意識した問いが出せるとは限らず、漠然とした質問になることも多いだろう。そこで、端末のインターフェイスでは、入力をテキストにせず、アンケート方式として、行きたい場所や目的を選択肢のなかから選んでもらうことで、ユーザーの要望を引き出す方法をとるなどが考えられる」(藤井氏)
さらに、おすすめのホテルを表示するときは、ホテル名と画像をひも付けておき、ベストショット3枚を表示するようプログラムしておけば、よりユーザーがイメージしやすい提案となり、成約率の向上も期待できそうだ。つまり、裏側で動いている生成AIのパフォーマンスを活かしながら、ユーザー体験をスムーズにする。それが、藤井氏の語るインターフェイスの大事なところだ。そして、忘れてはならないのは、どのようなインターフェイスがユーザーにとってわかりやすく魅力的なのかを想像し、設計プランを立てるのは、あくまで人間の役割だということだ。
生成AIのアウトプットの品質をジャッジして高めていく人間の役割
企業が生成AIを使って何をしていくのかを考えるとき、「AIという知識が豊富で作業能力の高い非常に優秀な人材がそばにいて、24時間いつでも働いてくれると思えばいい。こうした人材をどこでどう使うのか、何をさせるのか。どう使いこなしていくのかがポイントになる」と藤井氏は話す。すなわち、GPTを部下に従えて、指揮していくマネージャーになるようなものだというのだ。
AIには何ができて、何が苦手かということを理解し、得意分野で活躍できるよう環境を整え、目的に向かってAIをリードする。その意味で「受け手ではなく、作り手側に立つという意識が必要だ。なぜなら、AIの出してきたアウトプットの質や可否を判断するのが一番の役目だからだ」(藤井氏)

この「AIの仕事の品質をジャッジすること」、これこそが生成AI時代の人間の役割だと藤井氏は考えている。「たとえば、美容部員AIが提出した、あるユーザーのための肌ケアのアドバイスに対して、人間の美容部員が職業的な審美眼をもとに『こんなアドバイスでいいわけがない』とダメ出しする場合もあるだろう」と藤井氏。AIの説明がわかりやすいか、必要なことが細部まで丁寧に表現されているか、人間がチェックし、そのときどきに応じて修正を加えるなどチューニングをすることで、AIがアップデートされてサービス品質が向上していくと藤井氏は説明する。
冒頭で、GPT-4は人間の美容部員がいなくなる未来のホラーストーリーを描いたが、藤井氏は「GPTからアドバイスを受けてある程度は納得したとしても、最後に本当に確信したいときは、ユーザーは人間に意見を求めるのではないか」と話す。自分が信頼している美容部員などから「この人がおすすめしてくれた」という太鼓判を得て初めて、心から信用し安心することができるのではないかという。生成AIの時代でも、顧客体験ジャーニーのラストワンマイルは結局、人間が担うという見方は興味深い。
同じ想いを共有できるパートナー企業を選択
ECサービスをグロースしたい、新規事業を立ち上げたいなどの目標を掲げ、生成AIを導入してDXを進めようとする際、多くの企業にとってすべてを内製するというのは難しい。自社に適した技術とノウハウを持ち、支援してくれるパートナー企業を選ぶことが必要になる。
「パートナー企業にただ任せるのではなく、美容企業側も担当チームを作ってコミットし、協力して一緒に推進していくことが望ましいだろう。また、新しいことを始めたい場合も、漠然とした何か新しいものというよりは、『こういう技術やアイディアを持っているが、消費者が日常的に使うサービスに落とし込む方法はないか』といった、何らかの自社の強みをいかした“タネ”があったほうがいい」(藤井氏)
そして、藤井氏は、パートナー企業を決める際に大切なのは、自社の企業としての大義やパーパスを明らかにしたうえで、それに共感し、同じ想いを共有できる相手を選ぶことだとする。「事業の根幹にかかわるプロジェクトを進めていくためには、結局のところ、情熱や強い思い、いわば、愛がないとできないと思う。"AI"の時代だからっていうダジャレじゃなく(笑)」(藤井氏)
<「美容業界における生成AIのインパクトを考える」そのほかの回はこちら>
(1)誰もがコンピュータと自然言語で会話できる時代、必要なのは「問う力」
(2)AIに振り回されないために、企業は自社パーパスの浸透が必須
(3)生成AIが飛躍的に変えるバーチャルメイク体験、課題は厳密性の担保
Text: そごうあやこ (Ayako Sogo)
Top image: Metaverse futuristic abstract background. Generative ai(Adobe Stockでビービット作成)
画像提供:株式会社ビービット