
VR知識ゼロから、マリークヮントが初のメタバース店舗を成功させた「社内コミュニケーション」
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世界最大級のVRイベント「バーチャルマーケット」に化粧品業界から初めて出展したマリークヮント。その時点で社内にVRに知見のあるスタッフがほとんどいない状況のなか、手探りで準備を進め、目標を上回る18万超の来場者数を記録、メタバースでの店舗や販売に関するナレッジの蓄積など大きな成果につなげることができた。プロジェクトを率いた担当者にその背景を聞いた。
中山会長が出展を発案、VR知識がないなかでの検討
バーチャルマーケット(通称、Vket)は、2018年から開催されているVR空間内の大規模イベントで、個人や企業がそれぞれの世界観を表現したブースを出展し、商品の販売を行ったり、アバター姿で来場者とコミュニケーションをとったりすることができる。日本企業としては、これまでにBEAMSやロート製薬、大丸松坂屋百貨店をはじめとする企業が参加している。

出典:株式会社HIKKYプレスリリース
このイベントに化粧品ブランドの初参加として出展したのがマリークヮントだ。2022年12月3日〜18日に開催された「バーチャルマーケット2022 Winter」の企業出展会場の1つ「パラリアルパリ」の街に「マリークヮント メタバース パリ店」を期間限定で展開した。取り組みの実現に向けてプロジェクトを主導したのが、株式会社マリークヮント コスメチックス 経営企画本部 本部長 青木奈弥氏と、同経営企画室 次長 藤森功氏だ。
出展のきっかけは、代表取締役会長の中山ユカリ氏だったという。BEAMSがすでにバーチャルマーケットに出展していることをテレビ番組を通して知った中山氏が、「アパレルでも可能なら、化粧品ブランドであるマリークヮントもメタバースに進出できるのでは?」と発案。社内での検討が始まった。
検討段階では、ファッション業界で一定の認知度を獲得しているスマホ向けメタバースアプリ「ZEPETO」を利用することも視野に入れたものの、話題性を考慮し、あえて化粧品業界初となるバーチャルマーケットに照準を絞ったとする。
とはいえ、バーチャルマーケットの企業出展エリアに入場するまでの手順は、VRにあまり馴染みがない層には少し煩雑なステップだ。Windows PCにVRアプリの「VRChat」をインストールして、そこから会場にアクセスする必要があり、さらに、VRChatをインストールするために、「Steam」という別のゲーム用プラットフォームのインストールも必要になる。このハードルの高さについて懸念はあったものの、日頃からPCゲームを楽しんでいてVRとも親和性の高い「ゲーマー女子」をターゲットとして明確に定めた。これが奏功し、Twitterなどで出展前から反響があるなど、話題性で認知を高めることに成功した。
アバターのプロトタイプを体験することで社内の理解を促進
当時、社内にVRに精通した経験者はおらず、プロジェクトを担当した青木氏と藤森氏も、VRとは何か、どんなことができるのかといった基本的なこともわからない状態からのスタートだった。バーチャルマーケット運営元のHIKKYのレクチャーを受けながら理解を深めていったという。一方、HIKKYも化粧品ブランドの出展をサポートするのは初めてで、双方が試行錯誤しながら手探りでコンテンツ作りを進めていった。
その過程でとくに注力したのは、社内に向けて出展することの価値や意義を伝え、各部署と連携をとりながら進めていく作業だったと藤森氏は話す。
「自身も十分に理解できていないことを、片言の説明で伝えるところから始めたが、理屈で理解してもらうのは難しいと感じたので、まずは、HIKKYにマリークヮントのメタバースでの顔となるアバターのプロトタイプを作ってもらい、社内の販売会議などで実際にアバターが動いているところを見てもらった」(藤森氏)

プロフィール/2002年株式会社マリークヮント コスメチックス入社後、営業部門で東京圏の約50店舗のマネジメント業務を経て営業企画部へ異動。予実管理や販促施策の立案、顧客データの分析等に従事。2020年より経営企画室で新規事業の導入業務を担当
実際にアバターがどう動き、何をできるのかを段階的に見ていくことで、少しずつVRの可能性や面白さに対する社内の理解が広まり、全社的に出展に前向きな姿勢に変わっていったという。青木氏も、「アバターを通して、メタバースとはリアルでできないことも実現でき、入るだけでワクワク感や期待感の高まる世界だというのが感じられた」と最初の印象を語る。
そして、半年以上にわたる社内での検討期間を経て、出展を正式に決定。「出展が決まってからは約5カ月と、比較的短い期間でブースの設計や出展内容の決定などが進んだが、その前の段階での、社内から出てきた『メタバースに興味はあるけど……』という声の“けど”の部分にあたる心配や不安、課題をひとつひとつ潰していく作業に時間をかけた」(青木氏)

プロフィール/国家資格キャリアコンサルタント。株式会社マルニでデザイナーとしてスタートし、株式会社リクルート、ダブルクリックジャパン、株式会社メディアハウスホールディングスでは営業、人事を経て、2021年に株式会社 マリークヮント コスメチックスへ入社。入社後は、経営企画本部で採用、新人事制度などに携わる
バーチャルマーケットではリアル商品からアバター用3Dモデルも販売
マリークヮントのバーチャルマーケットの店舗ブースでは、リップスティック、アイシャドウ、ネイルポリッシュをはじめとしたコスメアイテム8点のリアル商品を購入することができるほか、新商品として開発したオリジナルコスメ3Dモデルと、ブランドロゴ入りティアラ3Dモデルも販売。加えて、来店者アバターが60年代、80年代など各時代のトレンドメイクを体験できる「バーチャルメイク」や、アバター姿での記念撮影ができるフォトブースなどを設置した。
マリークヮントのバーチャルマーケットの店舗ブース
出展会場であるパラリアルパリの街の広告ジャックも実施
リアル商品の販売にあたっては、比較的手頃な価格帯のものを中心とし、商品は観覧車のようなデザインの回転するディスプレイに載せるなど、楽しさや遊びの要素も大切にしたという。同時に、“マリークヮントらしさ”も重視。たとえば、同社のアイシャドウのカラーは120色と豊富なところが特徴で、近年はほかのメーカーでも同程度のラインナップを用意しているところもあるが、最初に100を超える多色展開を始めたのはマリークヮントだ。「コンテンツを通して、そうしたブランドの歴史や背景を知ってもらうことも狙いの1つだった」と藤森氏は話す。

さらに、バーチャル空間ならではの商品として、ティアラと商品の3Dモデルも販売。とくにティアラは好評を博し、アバターが身につけることのできる3Dアイテムの販売には手応えを感じたという。

年代別トレンドメイク体験は、アバターが鏡の前に座ると、1960年代、80年代、そして2022年のトレンドメイクを施した顔になるというもので、その体験のユニークさからSNSでも広く拡散された。

さらに、会期中の1日限定で、試験的にアバター接客を実施した。藤森氏自身も実際に“中の人”の1人として3時間の接客を担当し、アバター同士のコミュニケーションに大きな可能性を感じたと話す。
「お客さまも会話を求めており、商品やブランドのこと以外に、『このブースはどういう意図で作ったのか』とか、『今日はどんな機材でアクセスしているのか』といったメタバース世界ならではの話題でも会話が楽しめる。商品についての細かい話をしなくても、こうした双方向のコミュニケーションをとることで、ブランドを知ってもらうことや興味、親近感を抱いてもらえる」(藤森氏)
来店客からも好評だったアバター接客だが、同時に、実施日時を事前にSNSなどでしっかり告知するなど、接客を受けたいユーザーとのすれ違いを防ぎ、より高い効果につなげるために必要なこともみえてきたとする。
また、当日はアンケートに回答するともらえるオリジナルアバターの配布も実施した。こちらも多くのユーザーにダウンロードされた。そのなかで「VRユーザーが好むアバター」と、「一般ユーザーの好むアバター」のデザインの違いなど、今後またバーチャルストアを設置する際に役立つ知見も得られたとする。

来場者は18万6,000超、3Dアイテムのピックアップも16万以上
マリークヮントのメタバース店舗は2週間のイベントを通し、当初目標10万人を大きく超える18万6,246人の来場があった。さらに、ECサイト購入ページへの遷移数2,219人、3Dアイテムのピックアップ数16万5,102人という成果も出すことができた。全世界からアクセスできる国境のないメタバース市場が想像以上の規模であり、バーチャルでの事業展開のポテンシャルを実感したことも収穫となった。
また、業界初の取り組みということで、メディアなどでも多く取り上げられ、新しいことにチャレンジする企業姿勢のPRにもつながったという。ヨーロッパやアジアのVRユーザーからもTwitterで反応があり、これまでマリークヮントと接点のないVRユーザーへのブランドの認知拡大にも一役買った。
さらには、男性からの反響が大きく、アンケートでも「男性用化粧品を販売してほしい」といった声などが寄せられた。「男性からの関心はそこまで高くないと予測していたので、正直、意外に感じた。性別に関係なくメイクやファッションを楽しむようになっている時代だと改めて認識したとともに、(今回の出展は)ブランドを知ってもらうきっかけになったと思う」(藤森氏)
イベントの参加者だけではなく、リアル店舗からの反響が大きかったのも成果の1つだ。店舗でメタバースブースのダイジェスト映像をタブレットやデジタルサイネージで流したところ、長年の顧客からも、「こんな取り組みもしているのか」と驚きをもって好意的に受けとめられたという。店頭スタッフと顧客が一緒に映像を見ながら感想を言い合うなど、コミュニケーションのきっかけになることも多かった。マリークヮントのリアル店舗が白や黒、グレーを基調にしたシックなデザインであるのに対して、メタバース店舗はピンクをキーカラーに効かせたポップなものだった。これに対しても違和感の声はなく、「こんな店舗がリアルにもあればいい」といったポジティブな反応が大半を占めた。
今後は、今回評判の良かった3Dモデルの販売についても、さまざまな可能性を探っていきたいとする藤森氏。「(メタバースで)どんな商品を並べるべきか、3Dグッズとして何を作るか、VRユーザーの嗜好をより詳しくリサーチしていく必要がある」と話す。
さらに、リアル店舗と連動した施策にも取り組んで行きたいとの意欲もみせる。「リアル店舗が絡まないと、お客さまに見てもらえる機会はどうしても限られてしまう。環境を整えて、PCからアクセスしなくても体験できる機会を作るなど、リアルとバーチャルをストレスなく行き来できるようにすることも考えたい」(青木氏)
VR知識ゼロからスタートした藤森氏、青木氏はすっかりVRやメタバース空間の可能性に魅せられている。3Dグッズの具体的な販売方法やバーチャルマーケットでの出展を重ねるかなど、将来的な方向性はまだ定まってはいないものの、一から立ち上げたメタバース店舗のプロジェクトを通しての学びや成果を活かして、バーチャルでの事業展開という次のフィールドへの糸口を掴んだ同社の新たな挑戦が期待される。
「日本における独占販売契約成立からから50年以上が経ったマリークヮント コスメチックスだが、『歴史がある=古い』ではなく、次の50年に向けて、新しい発信方法で長年培った価値を伝えることにチャレンジし続けたい」(青木氏)
Text: 酒井麻里子(Mariko Sakai)
Top image & photo: 株式会社マリークヮント コスメチックス