見出し画像

いま、小売店舗に起きていること(2)-「小売DX=EC化」という誤解

この2年間リアル店舗に吹き荒れた逆風

前回は、なぜ私たちがリアル店舗を立ち上げたのかをお話ししました。

私たちアイスタイルは、ユーザーの声を店頭に反映するために日本各地に「@cosme STORE」という店舗をつくり、2020年1月には念願の旗艦店「@cosme TOKYO」をオープンするに至りました。しかし奇しくもその翌月からはコロナ禍が始まりました。実際、この2年間は、多くの小売事業者が同じように厳しい状況に置かれたと思います。その中で、改めてリアル店舗のビジネスの再構築に意義があると考えていました。今回は引き続き小売店側の視点で、その背景をひも解いてみます。

バックナンバー一覧はこちら↓

戻ることのない来店客数とECシフトによる売上減

「@cosme TOKYO」を立ち上げてすぐに、集客がほとんどゼロになりました。それまでの店舗運営で、小売店舗ビジネスのリスクはわかっていたつもりでしたが、この瞬間にそのリスクの高さが骨身に応えました。

店舗にお客様が来ないとなると、何もしようがありません。家賃はひたすら出ていき、人件費もかかり続けます。そうした状況下で、自社でECを始めた企業もたくさんありました。

確かに小売という大きなマーケット全体で見ても、確実にECにお客様がシフトしています。パンデミックがなかったとしても、EC市場は年々確実に広がっていたはずです。昔から通販という販売形態はありましたが、ほんの20年くらい前までは、ほとんどの方が100%リアルでお買い物をしていたのに、です。

加えて、これからの日本でビジネスを続けていくには、人口減という観点も欠かせません。期待されていたインバウンドも現状では壊滅的です。それに加えて、ブランドが小売店を介さずに直接お客様に販売する、いわゆるD2Cブランドとしての直販ビジネスも広がっています。

このような状況下で、かつてのようにリアル店舗が生活者の “ほぼ100%" の販売チャネル”になる日がくるでしょうか。それは何をどう考えても、ないと思います。ECへのシフトは、不可逆です

減少するリアル店舗の売上をどのように補うかの議論

つまり、デジタル化によるECへのシフトと業界の動き、人口減という構造的な問題に、コロナ禍という予期せぬインパクトが加わって「店舗への来店客数が減っていく」のが現状です。店舗の強みや工夫によっては、集客を取り戻せる店舗もあるかもしれませんが、マーケット全体で見ると、リアル店舗の売上は10%ないし20%減少するのは確実です。

だからといって「オーバーストアなのだから店舗を減らせばいい」という話でもありません。確かに店舗での購入者数が減っているのだから、1店舗あたりのお客様を増やすにはお店の数を減らさないと数字が上がらないのですが、実際に店舗を減らしたとしても他の店舗の売上が上がるわけではありません。距離という「利便性」が低くなってしまうからです。そうなってしまうと、お客様はECで購入する機会が増えていく一方です。

結果、ビジネスの存続のための活路をデジタルに見いだそうと、他の業界と同じように小売店舗ビジネスでも「小売DX」という言葉がよく聞かれるようになりました。

ただし、そこで「小売店舗のDXによる新しいビジネスモデル=EC」と捉えてしまうのは、ちょっと待ってほしいのです。もともとECを展開していた小売店はともかく、コロナ禍の影響による集客減に直面してECを始めた企業は、残念ながらかなり苦しんでいるのが実情ではないでしょうか。

「顧客が減るからECへ進出」は果たして正解なのか

小売店の立場から考えると、自社のお客様が店舗に来られなくなったので、購買チャネルを増やそうとECチャネルを立ち上げる……という展開はよくわかります。ただ、違う視点で捉えてみると、それは「いままで新宿店に来ていたお客様が渋谷に流れたから、渋谷店を立ち上げる」という構造と似ているのではないでしょうか。要は、同じお客様に対して2つの店舗を運営する形になるので、コスト効率が極めて悪いのです。

EC、つまりオンライン店舗はリアルで発生するような家賃や人件費がかからないから安価だ、と思われていることも少なくないでしょう。しかし、実はECもリアルに負けず、構築、運営、集客に相当なコストがかかります。

また競争もとても激しくなっています。同じ商品を他の店舗もたくさん扱っているので、価格競争もあり、集客やマーケティングコストもばかになりません。単にリアル店舗をECに置き換えただけでは、「物理的に行けるからリアル店舗に来ていた」お客様をすべてのEC事業者と取り合うことになります。つまりライバルはAmazonや楽天なのです。

しかも競争相手は、他小売店やECプラットフォーマーだけではありません。ブランドそのものが直接ECでの販売に力を入れ始めています。今までは販売店や小売店との関係性から、なかなか進まなかったブランドによるECですが、今回のコロナ禍において大きく流れが変わり、今後、さらに加速していくでしょう。

当初、「自分の店舗にきてくれるお客様が減った」から始めたECが、実際にはものすごく競争の激しいレッドオーシャンに漕ぎ出していることになってしまいます。こういった背景をよく考えると、必ずしも「小売DX=EC化」ということではないのです。

次の回でも、引き続き小売店舗の立場から、ブランドとの関係性がいかに変化しているかを考えていきたいと思います。

次回予告:いま、小売店に起きていること(3)- ブランドとの関係性が変化している

※バックナンバー一覧はこちら↓


<著者プロフィール>

吉松徹郎
株式会社アイスタイル 代表取締役社長 兼 CEO


東京理科大学基礎工学部卒業後、アクセンチュア株式会社入社。1999年7月に有限会社アイスタイル(現:株式会社アイスタイル)を設立し、代表取締役社長に就任。同年12月、コスメ・美容の総合サイト「@cosme」をオープン。2012年、東証一部上場。現在は「Beautyの世界をアップデートしながら、多くの人を幸せにしよう」をミッションとして事業を拡大、アジアを中心にグローバルにビジネスを展開。また、公益社団法人 経済同友会東京オリンピック・パラリンピック 2020 委員会副委員長、公益社団法人 経済同友会幹事を務めるほか、公益社団法人アイスタイル芸術スポーツ振興財団を設立し、理事長として現代アートの制作・展示への助成支援やスポーツイベント開催活動への助成支援を行うなど、活動の幅を広げている。「第6回ニュービジネスプランコンテスト」優秀賞(1999年)、ICS「第14回 ポーター賞」(2014年)、「EY Entrepreneur Of The Year Japan 2018」 Growth部門 特別賞(2018年)など、受賞歴多数。