見出し画像

アルタ・ビューティ、リテールメディアやイノベーション投資で米国消費の鈍化や競争激化に対応へ

◆ 新着記事をお届けします。以下のリンクからご登録ください。
Facebookページメルマガ(隔週火曜日配信)
LINE:https://line.me/R/ti/p/%40sqf5598o

総売上が100億ドルを超え、業績好調な米ビューティリテールUlta Beauty(アルタ)。その伸びを支えるのが、会員数4,300万人超のロイヤリティプログラムと、オムニチャネルでの顧客体験向上のためのイノベーションに対する積極的な投資だ。米国の個人消費の減速という逆風がありつつも、オン/オフライン全方面での成長戦略を展開するアルタの現在地をみていく。


パンデミック後業績好調のアルタも、米国の個人消費鈍化に直面

米最大手の美容小売チェーンのアルタ・ビューティ(Ulta Beauty、以下アルタ)は、2022年度(2023年1月28日締め)決算で売上高が前年度比18.3%増の102億ドル(約1兆5,732億円)に達し、初めて100億ドルを突破したと報告した。同社は2021年10月、投資家向けのオンライン会議で2022年度から2024年度までの3カ年の業績目標として売上高の5~7%成長(2019年度を基準とするCAGR)を示しており、それを大きく上回る好業績だった。しかし、詳細は後述するが、3カ年の最終年度を迎えた2024年現在、米国の個人消費は同社の予測を超えるスピードで減速しているという現実もある。

ここでは、アルタがパンデミックの影響から急回復し大きな成長を遂げたその背景と、個人消費が落ち込みつつある米国でどのように成長路線を維持するのかをレポートする。

アルタは2020年こそ新型コロナウイルスのパンデミックの影響で減収減益と低迷したが、2021年度には売上高、希薄化後EPS(潜在株式調整後1株あたりの純利益)ともに2019年度の実績を大きく上回るレベルに回復した。これにはさまざまな要因があるが、アルタに限らず美容関連企業に広く共通することとして、美容やスキンケア、パーソナルケア製品への消費者ニーズがパンデミック中も衰えなかったことが、まずひとつだ。そして、製品やトレンド情報がTikTokなどソーシャルメディアを中心に拡散されたこと、またAIやARを駆使したオンラインツールやサービスで製品を「試用」できるイノベーションが身近になったことなどから、本来店舗が担ってきた役割がオンラインに分散され、パンデミック下での行動制限の影響が最小限に抑えられたことが大きい。

アルタの直近2023年度第4四半期(2024年2月3日締め)決算は、売上高が前年同期比10.2%増の35億5,000万ドル(約5,476億円)、希薄化後EPSが21%増の8.08ドル(約1,250円)と、いずれも市場予測を上回った。カテゴリー別売上高で最大はカラーコスメの39%(前年同期は40%)で、これにスキンケアが18%(同16%)、ヘアケア商品とスタイリングツールが18%(同20%)、香水とバス関連が19%(同18%)、スパなどのサービスが3%(同3%)と続いた。

2023年度通年では売上高が前年比9.8%増の112億1,000万ドル(約1兆7,290億円)、希薄化後EPSが同8.4%増の26.03ドル(約4,010円)と、これも事前のアナリスト予想を超えた。また、全米50州の店舗数は12カ月で30店舗増の1,385店舗だった。前出のように売上高は2022年度に初めて100億ドルの大台にのっており、アルタは前年に続く増収の主な理由として「美容分野全般の回復」「小売価格の上昇」「新ブランドと製品イノベーションの影響」「新型コロナに関連した行動制限の緩和」などを挙げている。

会員数4,300万人超、総売上高の95%超に貢献するロイヤリティプログラム

こうしたアルタの好業績を支えてきたひとつに、会員の獲得と維持の成功例と評されるロイヤリティプログラムがある。アルタは2024年1月、会員特典を拡充し、名前も従来の「アルタメイト・リワード(Ultamate Rewards)」から「アルタ・ビューティ・リワード(Ulta Beauty Rewards)」に変えるプログラム刷新を行った。

競合するセフォラ(Sephora)の「ビューティ・インサイダー・プログラム(Beauty Insider Program)」と同様に、アルタも顧客に魅力的なインセンティブを与えることで会員数を増やしてきた。会員は年間購入額に応じてランク分けされており、プラチナ、ダイヤモンド会員など購入額が大きいメンバーほど付与される特典も大きい仕組みになっている。会員費は無料で、会員費を収入源とするのではなく、特典提供により消費者を囲い込み、会員1人あたりの売上高増加につなげることを狙いとする。

ビューティリテール企業がいずれも似たようなロイヤリティプログラムを運営するなかで、アルタは効果的なプログラムを構築するためのデータの使い方に長けているとされる。アルタメイト・リワードの時代からロイヤリティプログラムの責任者であるニコル・ベルンハルト(Nicole Bernhardt)氏は2023年6月のPYMNTSのインタビューのなかで、ロイヤリティプログラムは消費者行動の変化の兆しをいち早く知る役割とともに、顧客それぞれが重要と思っている価値を一貫して提供し、商品の発見、購入、プロモーションなどの段階でパーソナライズすることに寄与していると語っている。

つまり、たとえば取得した顧客のトランザクション(購入)データから、何を購入あるいは返品したか、購入頻度や買い物カゴの中身や大きさがわかり、このような各種データをもとに各自に適したオファーを適したタイミングで出すことでエンゲージメントを高めている。顧客ロイヤリティ中心主義を掲げ会員獲得数をKPIのひとつとするアルタにとって、すべてのデータは貴重な情報であるとベルンハルト氏は述べている。

新しいアルタ・ビューティ・リワードにおいては、これまでの特典は継続しつつ、顧客がより多くのポイントを貯め交換する機会を増やした内容とし、新製品への先行アクセス、無料ギフト、店内サービス利用料金の25ドル(約3,860円)割引、25ドル以上の購入で送料無料などの、ランクに応じたさまざまな特典が用意されている。一番の変更点は利用可能な誕生日プレゼントのオプションで、以前は誕生月に1つの決まった製品をもらえるだけだったが、顧客は自分の好きなブランドのヘアケア、スキンケア、メイクアップなどの複数のカテゴリーからサンプルサイズ製品のギフトを選択でき、よりパーソナライズしたプレゼント企画となった。これは会員からの声をもとに実現したという。

出典:Ulta Beauty公式サイト

アルタによると、2023年度末時点で会員数は4,330万人を超え、2018年の3,200万人から6年で1,000万人以上増加した。会員による製品購入額と、ほぼ全店に設置されているヘアサロンをはじめ、メイクアップやフェイシャルなど店内で提供されるサロンサービスの利用料金をあわせた額は、総売上高の95%以上を占めており、ロイヤリティプログラムは売上に大きく貢献している。

膨大な会員データを活用するリテールメディア推進

同時に、ロイヤリティプログラム経由で収集する豊富なファーストパーティデータは、消費者の嗜好やトレンドの理解、それにもとづく店舗やECでの品揃えの調整、そして個々の顧客への商品提案や体験、特典の提供など、顧客向けサービスのパーソナライゼーション、総じて顧客体験の向上に役立てられている。アルタは老舗と新興を含む600以上のビューティブランドの製品2万5,000点以上を取り扱っており、年齢も社会経済的背景も幅広い個々の消費者の好みやニーズを理解し、それに合わせたコミュニケーション提供を目指している。ファーストパーティデータは、その取り組みの基盤だ。

加えて、ファーストパーティデータは、アルタが2022年に立ち上げたリテールメディアネットワーク(RMN)「UB Media」の最大の価値でもある。ファーストパーティデータを利用し、ECサイトやアプリなどアルタのオウンドメディアやFacebook、InstagramといったSNS上のアルタの公式アカウント向けに、ブランドの目的に応じて対象を絞り込んだ広告キャンペーンを設計して展開するとともに、結果や得られたインサイトをブランドにフィードバックする。広告主にとってはパーソナライズした体験の提供で顧客エンゲージメントの向上と潜在顧客への効率的なリーチを期待できるだけでなく、広告を見たアルタの会員顧客がその後どういう購買行動をとったか、あるいは買わなくてもコンテンツを見るところまでいったなどが可視化され、ROAS(Return on Ad Spend=広告の費用対効果)をより正確に把握できるという利点がある。

スタートアップと協業したデジタルイノベーションで顧客体験の向上

アルタのもうひとつの特徴であり強みでもあるのが、デジタルイノベーションへの積極的な投資だ。アルタは店舗とデジタルエコシステムをシームレスにつなげたオムニチャネル体験の構築を推進しており、デジタルイノベーションへの投資はその一環である。

アルタによると、美容好きな人々は製品を発見し試すことができる店舗での購入を好む傾向があるとされる。同社の場合、2023年度はロイヤリティ会員の76%が実店舗のみを利用していた。同時に、Webサイトやモバイルアプリなどデジタルチャネルは、その便利さや製品レビュー、価格の透明性などが歓迎されて利用者を増やしており、実店舗のみ利用する人の割合は2019年の84%から縮小し、店舗とデジタルプラットフォームの両方で製品を購入した会員の割合は18%に増加した。両チャネルを利用する会員の購入額は、実店舗だけの会員のほぼ3倍であることが、過去のデータからわかっているという。

こうした現状を受け、アルタは2024年度、店舗数を増やすとともに、デジタルイノベーションへの投資を続け、リアル店舗におけるデジタル体験を強化して、実店舗の利用客をデジタルチャネルへ誘導する方針を表明。具体的には、Webサイトやアプリの機能や使い勝手、美容の情報ソースとしての有用性を高めるほか、AIやARを活用する製品のバーチャルトライオンや肌解析ツールなどの多様化を進める。これらのサービスはモバイルからも体験可能で、よりシームレスな体験づくりのための施策だ。

アルタはスタートアップと提携し、美容業界のトレンドを先取りしつつ、気軽に楽しめる購買体験をいち早く作ってきたことでも定評がある。とくに10代にとっては「エンターテインメントとしてのショッピング」の要素が大きいことに着目し、どの製品が自分に一番あうかわからないなど、顧客の悩みを解決し、顧客に寄り添うイノベーションにも力を入れてきた。以下では、アルタの最近のイノベーションへの投資事例を紹介する。

⚫︎ MYAVANA による「Virtual Hair Analysis」

AIヘアケアテック企業のMYAVANAとの提携は、エンタメ要素と悩み解決の両方を満たす例だ。アルタは2022年に設立した2,000万ドル(約31億円)規模のデジタルイノベーションファンド「プリズマ・ベンチャーズ(Prisma Ventures)」経由でMYAVANAに投資し、同社の技術をもとに「Virtual Hair Analysis」を開発した。

2012年創業のMYAVANAは当初、個々のユーザーの髪質を分析し、悩みを聞いたうえでパーソナライズされたヘアケアプランを提供するAI技術を開発した。創業者で黒人女性というマイノリティのテック起業家キャンディス・ミッチェル・ハリス(Candace Mitchell Harris)氏は、BIPOC(黒人や先住民、有色人種)の女性のためのヘアケア領域にAIを導入したパイオニアとして知られる。その後、MYAVANAは20億本以上の毛髪を分析し、同社が「テクスチャードヘア(くせ毛)ケアデータ(textured hair care data)では世界最大」と主張するデータベースを構築しており、毛髪の解析結果(ストレートかカーリーかといったヘアタイプ、髪の毛の太さ、状態など)にもとづき、市販の3,000種類以上のヘアケア製品のなかから個々のユーザーに最適の製品を提案する。

Virtual Hair Analysisツールは、アルタのWebサイトのバーチャルトライオン体験のひとつとして提供されている。画面の指示に従って髪の毛を撮影し、「一番気になることは何か」という質問に、「色の保護」「ダメージ」「フケ」「ツヤ」「オイルコントロール」など11の選択肢から最大2つを選んで回答する。次の画面でヘアタイプの解析結果が表示され、悩み対策のヒントと、「シャンプー」「コンディショナー」「オイルと美容液」「マスク」ごとに12種類ずつ、自分に適した製品が提示される。このツールはアルタのEC機能と連携しており、製品情報を確認後、同じ画面から注文と決済までシームレスに行える。

ヘアタイプ解析結果の例。「Straight with a Fine Texture(毛髪が細くてストレート)/100% Straight, 80 % Fine, 20 % Medium」
出典:Ulta Beauty公式サイト

ほかにもヘア関連では、顔写真をアップロードし、好みのヘアカラーやヘアスタイルをバーチャルで試せるツールを提供しており、あわせてアルタ店内のサロンサービスに予約を入れられるようになっている。ヘアケアは2024年にヒットが予測される領域の1つでもある。アルタのMYAVANAを含むヘアケアサービスへの投資からは、トレンドをいち早く読み取り具現化する力がみてとれる。

⚫︎LUUMのAI搭載まつ毛エクステロボット

2023年12月、アルタはAI搭載のまつ毛エクステロボット開発のLUUM Precision Lashと提携し、米カリフォルニア州サンノゼ市の1店舗で実証実験を開始した。アルタはプリズマ・ベンチャーズ経由でLUUMに投資している。

アルタはLUUMと提携し、AIまつ毛エクステロボットのパイロットサービスを開始
出典:LUUMプレスリリース

LUUMの技術は、まつ毛エクステの施術をAIロボットにより効率化するもので、フルセットの場合で従来数時間かかる施術時間を75分に短縮した。実証実験によりAIを訓練し、近い将来33分程度にまで時間短縮できると見込んでいる。クライアントの施術前の準備やコンサルテーション、施術後のタッチアップなどは、従来通り人間のテクニシャンが行う。

⚫︎SOSのスマートサンプリング自販機

同じく2023年10月、アルタはスタートアップのSOSと提携し、製品サンプルを提供するスマート自販機の試用試験を開始した。試験期間は6カ月で、ニューヨーク州、マサチューセッツ州、フロリダ州、カリフォルニア州、テキサス州の10都市の一部店舗にSOSのサンプリングマシンを設置。顧客の店頭での製品発見を支援するとともに、マシン前面の大型デジタルタッチスクリーンに新製品発売情報やブランドメッセージを表示し、双方向型広告プラットフォームとしての可能性を検証する。

SOSの次世代店舗用サンプリングマシン
出典:SOSプレスリリース

この自販機を使ったサンプル提供はアルタのロイヤリティ会員限定のサービスで、会員はアカウントに登録した電話番号または電子メールアドレスを自販機に入力することで、化粧品、スキンケアまたはヘアケア製品のなかから週に1回1点、製品サンプルを無料で受け取れる仕組みだ。非会員もその場で自販機のタッチスクリーンを操作して会員登録を行い、サンプルを入手できるという。アルタはここから顧客の関心が高い製品やブランドについてデータを収集し、顧客ごとにパーソナライズしたコンテンツや製品提案に活かす予定だ。

米国消費減速のなか、成長を維持するための戦略投資とグローバル化

冒頭で示したようにアルタの2023年度第4四半期決算は、売上高、希薄化後EPSともに市場の事前予測を上回った。だが一方で、第4四半期は既存店売上高(14カ月以上営業している店舗とECの売上高)の伸び率は大きく鈍化。前年同期の15.6%増から2.5%増と急ブレーキがかかり、通年でも15.6%増から5.7%増に減速。伸びそのものは維持しているものの勢いが衰えており、これは景気の先行き不透明感が強まり消費者の購買意欲が圧迫されてきたためとアルタは説明している。そして、2024年度も美容業界全体でこの傾向は続くと警告する。

実際、決算発表から3週間後の2024年4月初めには、CEOのデイブ・キンベル(Dave Kimbell)氏が投資家向け業界会議のファイヤーサイドチャット(よりカジュアルな会話のトークイベント)に登壇し、個人消費の鈍化が予想以上に早く進み、美容カテゴリー全体が製品の価格帯や製品セグメントを問わず消費低迷に見舞われていると述べ、同社株価は直後に約15%下落した。

さらに同年4月末には、アナリストがアルタの投資判断を「中立」に引き下げ、目標株価も612ドル(約9万4,390円)から434ドル(約6万6,940円)に引き下げたとの報道があった。これはアルタが直接販売での競争激化と廉価販売やドラッグストアなど他の流通チャネルの増加による圧力を受けており、収益性の高いプレステージビューティやヘルスケアのカテゴリーでも市場シェアを奪われていることが理由とされる。

アルタ自身も自覚しているようにアルタを取り巻く経営環境は厳しさをましている。これに先立つ同年1月にニューヨークで開催された小売業界最大規模の展示会「NRF 2024」では、キンベル氏は業績が上向き(2024年1月時点)のいまこそイノベーションへの投資が重要と語っている。加えて、全チャネルで顧客エンゲージメントを高めるため、アルタは2024年度、店舗を増やしデジタルイノベーションへの投資も続け、オムニチャネルでの体験を強化する方針を表明しており、その方向性自体に変更はないと考えられる。

若い世代の優良顧客の囲い込みを念頭に仕掛けてきたとも考えられる数々のイノベーションとオムニチャネル戦略や、ロイヤリティプログラムの改革、そして、新たな収益源として重要なリテールメディア事業への投資は、個人消費の鈍化が見込まれるなかで実を結ぶのかアルタの真価が問われる。アルタは長期的な戦略的機会としてグローバル展開の可能性も強調。メキシコ、チリ、ウルグアイ、ペルーの高級ファッションと美容部門の主要プレーヤーであるグローバルブランドのオペレーターAxoと合弁会社を設立し、2025年にはアルタ初の米国外市場としてメキシコ市場に進出する。

Text: 鶏内 智子(Tomoko Kaichi)、BeautyTech.jp編集部
Top image: Chase D’animulls via Shutterstock

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!