韓国XRスタートアップ、アントレリアリティが肌解析やARメイクアップを皮切りに美容市場参入
◆ 新着記事をお届けします。以下のリンクからご登録ください。
Facebookページ|メルマガ(隔週火曜日配信)
LINE:https://line.me/R/ti/p/%40sqf5598o
XR×AI技術を活用した社会課題の解決を目指す韓国のXRスタートアップのEntreReality(アントレリアリティ)。パンデミック時にローンチしたメタバースプラットフォーム「ANOTHER TOWN」で成長のきっかけをつかんだ同社は、他業種に比べDXが進みにくいとされるビューティ市場に参入。スマートフォンからアクセスする顔・肌分析から製品レコメンドまでのワンストップソリューション「Twinit」をローンチし注目を集めている。
韓国のXRスタートアップを代表する存在のアントレリアリティ
2021年10月に設立されたアントレリアリティは、韓国を代表するXRスタートアップだ。ファウンダーであり現代表を務めるイ・ドンユン(Dongyun Lee)氏は、名門大学KAIST(韓国科学技術院)を卒業後に大手企業でAI開発に従事。LINE Plus、KAKAO、HYPERCONNECTなど韓国の大手IT企業の研究者らとともにアントレリアリティを起業した。
アントレリアリティは、メタバースなどのインターネット空間に独立した新たなデジタル世界を構築することそのものを主軸とするほかのXR企業とは異なり、3D×AI技術を活用して現実世界の課題解決を目指す方針をミッションとして掲げている。企業クラインアント向けに各種ソフトウェアなどのサービスを提供しており、パンデミック渦中の2022年4月に、メタバース空間を利用するリモート会議ツール「ANOTHER TOWN」をローンチしたことで一躍その名を知られることになった。
ANOTHER TOWNは500人以上の大規模カンファレンスや学会、リモートセミナーの開催や、仮想オフィスでの協業を実現するプラットフォームだ。PCやスマートフォンなど端末のスペックに制限されることなく、円滑に利用できるサービスとして人気を博した。また現在では、NFTの展示会を開催する機能の実装に加え、外部の販売プラットフォームとも連動しており、デジタルアートを活性化させるコミュニティとしての側面もあわせ持っている。
ANOTHER TOWNは、国内のみならず、海外ユーザーを多く獲得したことでも知られる。アントレリアリティはANOTHER TOWNのローンチ以降、メタバース開発に注力する台湾、インドネシア、シンガポール、アラブ首長国連邦、サウジアラビアなど海外企業各社とパートナーシップを締結し、グローバル市場にも積極的に進出する意欲をみせている。その成長スピードを評価され、設立から1年で2つの機関投資家からの投資誘致にも成功。約100億ウォン(約11億円)の企業価値を見込まれるにいたった。
アントレリアリティはパンデミックが収束した2023年頃から、ANOTHER TOWNとは異なる視点からの次の事業を模索し、その一手として、自社のXR技術とAI技術を融合させたバーチャルヒューマンの開発にも乗り出した。CES2024では、その技術開発の成果として、独自の人体モデリング技術「チャットモーション」をベースにしたバーチャルヒューマン生成ソリューション「Twinit」を公開している。
Twinitはスマートフォンカメラで撮影したデータから、人体の形と動きをデジタル空間上に複製・生成して3Dのバーチャルツインをクリエイトできるソリューションだ。発想自体は決して新しいものではないが、従来30分以上かかっていた3D生成プロセスを1分以内に短縮させると同時に、生成した3Dモデルの身振りや口の動きなどまでリアルタイムで同期する技術を実現したことで、CES2024では革新賞を受賞している。ただし、ソフトウェアとして発表されたこのバーチャルヒューマン生成技術は具体的な製品サービス化はされていない。
特定の業界ニーズに焦点、まずは美容業界向けにサービス開発
XRスタートアップとして技術の革新と蓄積を続けてきたアントレリアリティは、特定の業界特有のニーズや特性に焦点を当てたバーティカル戦略を展開していく方針を固めた。その最初の一歩としてフォーカスしているのがビューティ市場だ。
他業種と比べてDXが進まない韓国化粧品産業の実情をリサーチした同社は、XRおよびAI技術導入に対するニーズが大きいと判断。メタバースプラットフォームやバーチャルヒューマンを開発してきた経験・知見や要素技術をベースに、ビューティ市場にサービスを応用展開することをイ代表は決断したという。そして、2024年5月には、CESで公開したバーチャルヒューマン生成ソリューションと同名の「Twinit」というビューティソリューションの提供を開始した。
ビューティソリューションTwinitは、顔や肌の分析から商品のレコメンドまでカバーしたワンストップソリューションだ。ユーザーがスマートフォンカメラで顔を360度撮影すると、顔の形、肌の色、スキンタイプなど100種類以上の特徴データをAIが分析。その後、チャットボットによる製品レコメンドや、パーソナルカラー診断が提供される。導入部の顔分析プロセスには、同社が強みとする、バーシャルヒューマンを作成する際の前提となる人体データを読み込む立体分析技術が用いられている。
公式サイトでは、2024年12月時点でラネージュ、IOPE、Sulwhasoo、Espoirなどの韓国の化粧品ブランドが、Twinit関連のソリューションをすでに導入済みだと公表されている。このビューティソリューションTwinitには、メイクアップ特化の「Twinit AI Makeup」とスキンケア特化の「Twinit Skin Pro」がある。いずれも企業クライアントのWebサイトやモバイルアプリに統合することができる。あわせて、店頭に設置するタイプもありオムニチャネル化にも寄与するとしている。
Twinit AI Makeupには、AIパーソナルカラー診断、対話型AIコンサルタント、ARを活用したメイクのライブシュミレーションなどの機能が実装されている。
既存のARメイクアップ技術との違いについては、XR企業であるアントレリアリティは、「アバターモーショントラッキング技術」「3Dアセット生成技術」「リアルタイムマルチプレイ最適化技術」という3つのメイン技術を保有し、質感などの精緻さを表現できるとしている。これらの技術は物体の質感や動きを模倣してデジタル空間にイメージを生成する技術で、イ代表は韓国メディアの取材に対して、コンピュータビジョン技術と3Dメッシュを活用したグラフィックス技術を用いて、反射光や(商品やメイクアップした肌の)質感まで正確に表現できることが特徴であり、一般的なスマートフォンカメラの使用を前提としつつ、ユーザーの照明環境によって分析結果やイメージの歪曲が起こらないための技術開発に集中したと説明している。
また、アントレリアリティはARメイクアップ機能だけの個別提供もしており、韓国ブランドのGIVERNY(ジヴェルニー)やJUNGSAEMMOOL(ジョンセンムル)など、200以上のメイクアップブランドと提携していると報じられている。
一方、Twinit Skin Proには、AI肌タイプ診断、3D顔形状分析、スキンケアレポートなどの機能が実装されている。
まだ具体的なユースケースは公表されていないが、大手ブランドやスキンケア用医療機器メーカーとデータ分析および臨床試験を開始しており、2〜3年以内にスマートフォンを使ったより精密な肌診断とパーソナライズスキンケアの提案が可能になる見通しとされている。
ビューティソリューションTwinitの今後
Twinitの新たな機能実装や今後の展望について現時点では具体的な発表はないが、イ代表は化粧品に続き、皮膚科や整形外科を含む美容医療分野や、アイグラス、ダイエット関連商材にもTwinitのサービスを拡張する計画を示唆している。また、韓国国内に続いて日本でも商談がスタートしており、事業展開を具体的に検討しているフェーズだという。その先には北米への事業展開も検討するとしている。
同社の技術アセットから考えると、今後は高度なAIチャットボットの実装もあり得るだろう。アントレリアリティは、2024年3月に韓国のAI通訳/翻訳ソリューション大手Flittoとパートナーシップを締結し、多言語通訳に対応したAIヒューマンサービスの企画や研究開発分野での協力に合意している。
今後、共同研究が順調に進めばTwinitのレコメンド機能やコンサルティング機能がより高精度化・多言語対応が可能になり、優秀なバーチャル美容部員によるパーソナライズな接客を受けられる可能性もある。ブランドの立場からすれば、越境EC上での販促や海外ユーザーとの接点づくりにより利便性が高いサービスとなるはずだ。
並行してアントレリアリティは、海外企業との提携を経てメタバースコマース分野でも知見を積み上げている。今後、美容領域でのメタバースコマースにおいても、注視すべきスタートアップのひとつとなりそうだ。
Text: 河鐘基(Jonggi HA)
Top image: Twinit公式サイト