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米クリーンビューティSaie、Z世代の熱い支持は「環境配慮」と「感性価値」の高次な融合

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エスティ ローダー出身の30代の女性起業家が立ち上げた2019年創業の米クリーンビューティブランド「Saie(セイ)」は、2024年に年間売上高1億ドルを達成し、地球環境への影響を改善しながらビジネス成果をあげられることを示した。人々と地球に“純粋で良い”製品を届けるという強い信念をもとに、コミュニティの要望とニーズに応える製品づくりから、社会的イニシアチブをリードする活動まで、Saieの歩みをたどりZ世代の高い支持を集める同ブランドの成功の理由を探る。


クリーンビューティの業界基準と持続可能性のあり方を再定義したSaie

サステナブルな製品設計のカラーメイクブランドSaieの創業者兼CEOレイニー・クロウェル(Laney Crowell)氏は、2010年代半ば、エスティ ローダーでデジタルマーケティングを担当していた。環境への配慮を求める一般消費者の声の高まりを受け、クリーンビューティをうたうブランドが次々と登場し始めた時期だったが、同氏にはどれも「無難で地味」「機能性重視で魅力に欠ける」という印象がぬぐえなかったという。

当時の業務を通じて、「デジタル時代の消費者は、単なる“環境に優しい”というメッセージには動かない。より深い共感と、本質的な価値提供が必要だ」との気づきを得たクロウェル氏は、自身のブログを掲載するWebサイト「The Moment」を立ち上げ、クリーンな暮らしに特化したコンテンツの発信をスタート。同サイトのフォロワーから数多く寄せられた「環境に配慮したい」と同時に「自分らしさも表現したい」とのメッセージに耳を傾け、その想いに応える新しい化粧品ビジネスモデルの構想をふくらませていった。

Saie創業者兼CEO レイニー・クロウェル氏
出典:Saie公式サイト

そして2019年、手頃な価格のクリーン処方で持続可能かつ高機能な、しかもメイクアップを楽しくしてくれる製品に誰もがアクセスできるべきとの考えにもとづいて、クロウェル氏はSaieを設立した。BeautyMatterのインタビューで同氏は、クリーンビューティ製品のスタンダード(基準)を高め、人々と地球に“純粋で良い(dew good)”優れた品質の楽しい製品を提供したいと思ったと創業時を振り返るとともに、単に美容ブランドだけではなく、ウエルネスを軸としたコミュニティ全体を作ろうという意思があったと話している。

Saieは前年比成長率(year-over-year)300%を記録するなど順調に収益を伸ばし、設立から5年の2024年の売上高は1億ドル(約156億円)を突破すると予測されている。2000年には設立わずか8カ月で、ユニリーバ・ベンチャーズが主導するシード資金調達ラウンドを発表。サステナブルなライフスタイルブランド「Goop」創業者兼CEOのグウィネス・パルトロウ氏、KosasやWestman Atelierに投資しているG9ベンチャーズ、 HerbivoreやEllis Brooklynを支援しているStage 1 Fundなどが含まれている

クリーンビューティのあり方を一歩進めた製品づくり

Saieの成長の理由のひとつには、「環境配慮」と「感性価値」を高次に融合させた製品が高く評価された点がある。看板商品のスキンケア発想のベースメイク「Slip Tint Tinted Moisturizer」は、その代表例といえる。シアバターやヒアルロン酸などの保湿成分を贅沢に配合しながら、環境負荷を最小限に抑える処方を実現。同時に、これらの製品は軽やかなテクスチャーと肌なじみの良さという使用感にもこだわり、米セフォラのベストセラーになっている。また、多様な肌トーンに対応する14色展開で包括性のある美を追究するブランドの姿勢を表現。公式サイトのモデルの画像から自分の肌トーンに近いものや好みの仕上がりを選んで自身にぴったりのシェードを見つける「Find Your Shade」サービスもローンチした。各色の開発には、異なる人種・年齢層の被験者データを活用し、色調の微調整を重ね、より自然な仕上がりにしたとする。

Slip Tint Tinted Moisturizer
出典:Saie公式サイト

一方、環境に配慮する施策としては「Saie Climate Initiative」がビューティ業界の標準を超えるコミットメントとして注目を集めている。これは「3年以内に500万ポンドの重量のプラスチックごみを海や埋立地に投棄される前に回収・処理」「世界のサプライチェーン全体の炭素排出量を2039年までにネットゼロに削減」、そして「国連が持続可能な購入とコミュニティ全体の変革の主要な推進力と位置づける女性への投資」という3つの目標に向けて、環境保護団体rePurposeのパートナー企業の一員として参画・活動していくものだ。

自社の取り組みとしては、Saieのサステナブル指針に則ったパッケージングとして、配送ボックスは生分解性で100%リサイクル可能なものを使用するほか、カーボンニュートラルな施設で製造された100%リサイクルFSC認証紙を使っている。輸送中の製品を安全に固定するためのテープは紙製で、テープの接着剤には水を塗ると粘着力がでるコーンスターチを使用。同時に使用済み容器の回収システムを構築、ユーザーは空き容器が5個以上たまったら回収依頼フォームに記入して無料の送付用ラベルを受け取り、容器を箱や封筒に入れてポストに投函する仕組みとしている。

Saieはまた、製品の処方に関してはセフォラが提供するクリーンビューティ基準である「Sephora Clean」とGoopが掲げるクリーンビューティ基準「Goop Clean」に沿っていると発表している。Sephora Cleanに認定されている製品は、パラペン、 硫酸塩、フタル酸エステル、鉱物油などの特定の化学成分が除外されている。Goop Cleanでは、原料調達においてもエシカルでトレーサブルな原料の使用を重視し、環境や社会への配慮がされた製品が選定基準となっており、Saieもそれに準拠している。こうした、踏み込んだ環境配慮と感性価値の実現をブランド哲学に組み込んでいることは、SaieのメインターゲットであるZ世代との共鳴を生んでいる。

マッキンゼー・アンド・カンパニーの調査によるとZ世代の73%が「エシカルな企業の商品やサービス」を重視し、80%以上が「企業が環境に配慮するのは当たり前」と考えている。しかし、それはサステナブルな製品だから機能性が多少劣っていても仕方がないといった妥協のもとに成り立つのではなく、むしろ、当然の環境配慮をしたうえで、製品の質や使用感がより良いものを求める気持ちが一層高まっていることも示されている。

強いリーダーシップでSaieを率いるクロウェル氏が2児の母であることも、ブランドの方向性に大きな影響を与えているとみられる。「次世代に何を残せるのか」という個人的な問いが、環境負荷削減へのコミットメントや原材料のトレーサビリティ確保という具体的な施策につながっているからだ。

コミュニティを軸に製品開発、ユーザーとの継続的な対話を実現

さらにSaieのビジネス戦略を考えるうえで見逃せないのが、ブランドの応援団ともいうべき、ロイヤリティの高いユーザーコミュニティの存在だ。前述したように、Saieはブランドの立ち上げ当初から創業者自らが消費者の声に耳を傾け、企業姿勢を支持、共感し、ともに歩んでくれるコミュニティの育成に努めてきた。そのひとつが、Saieが消費者と双方向の関係を築くとともに、製品の改善や新しいアイデアの創出にコミュニティの意見を取り入れるために設計した戦略的な施策である「Clean Beauty Crew on TYB」だ。

このプログラムは、ユーザーが「クリーンビューティに求めること」を発信するとリワードが得られる仕組みで、消費者が製品開発や改善プロセスに直接関与できる体制を整備したものだ。具体的には、Clean Beauty Crew on TYBに参加してメンバーになると、商品を購入したり、フィードバックやコメントやレビューを投稿するごとにショッピングに使えるSaieコインが貯まるほか、特別なイベントへの招待やローンチ前の製品のお試し、新商品を最初に購入する権利などの特典が与えられる。

出典:Saie公式Instagramアカウント

このコミュニティはブランドの価値創造の中核として機能している。たとえば、「Slip Tint Tinted Moisturizer」の色調開発では、コミュニティメンバーからの詳細なフィードバックを製品開発に反映させることで、より自然な発色と心地よい使用感の両立を実現したとする。コミュニティとの関係構築において、実際の製品ユーザーとの継続的な対話を叶えるこの戦略は、Z世代が重視する「オーセンティシティ(真正性)」に効果的に応えているといえる。

Vogue Businessの分析によれば、こうした深いコミュニティエンゲージメントは、ブランドの成長に重要な役割を果たしており、とくに製品開発段階からユーザーの声を取り入れることで、市場投入後の成功確率が大幅に向上するとされる。Saieの場合も、コミュニティからのフィードバックを受けた製品は、発売後の評価が著しく高いという結果が出ているという。

さらに、Saieは公式サイトやソーシャルメディアを活用して、消費者の啓発にも力を入れている。クリーンビューティやサステナビリティに関する情報を、Instagram等で定期的に発信。製品の背景にある環境への取り組みや、原材料の選定基準なども詳しく説明している。この透明性の高いコミュニケーションは、コミュニティの結束力を高めることにもつながっている。また、メンバー同士が製品の使用感や効果について情報交換を行い、その対話がさらなる製品改良のヒントとなる。このように、コミュニティを起点とした継続的な価値創造のサイクルを確立している点が、Saieの強みといえる。それは単なる「顧客の声を聞く」というレベルを超え、ブランドとユーザーがともに成長していくための基盤となっているのだ。

ポジティブな社会変化を推進する活動を積極的に展開

強固なコミュニティは、クリーンビューティブランドとしてSaieが積極的に進める、ポジティブな社会変化を推進することを目指した社会的なイニシアティブ活動を支える背景にもなっている。活動の一例としては、2022年にSaieがリードして立ち上げたリプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)への意識向上と資金調達のためのキャンペーン「The Every Body Campaign」がある。

これは、人工妊娠中絶の権利を保障していたロー対ウェイド判決が米国最高裁によって覆されたことに深い危機感を抱いたクロウェル氏が、志を同じくするほかのビューティブランドに呼びかけて、女性が自身の体を自分で管理する権利を擁護し、この法律によって最も影響を受ける人々、とくに先住民の女性や有色人種の女性を保護する全国的な活動団体SisterSongへのサポートと寄付を募って連帯を訴えたものだ。

出典:Instagram

このイニシアチブを通じて、参加ブランドは各社のベストセラー商品を、中絶権利デモに登場する緑のバンダナと煙にインスパイアされた限定版 「Every Body Green」イラストのパッケージに変更し、その売上を寄付した。最終的に初年度の2022年に10万ドル(約1,600万円)を集めたThe Every Body Campaignは活動を継続中で、現在は60以上のブランドが参画しており、2024年には前年比100%増の30万ドル(約4,700万円)以上を集め、その影響力を高めている。

クロウェル氏はSaieのコミュニティには、地球を大切に思い、気候変動に焦点を当て、そして社会的な正義を貫こうという人々が集まっているとして、彼らが自分たちの活動にインスピレーションを与え、社会変革に対するコミュニティの情熱が、Saieのプラットフォームを活用して彼らが関心を寄せる分野で変革を起こす原動力になっていると語っている

以上のようにSaieは、より高いレベルでの持続可能性の実現、コミュニティとの密接な関係づくりによる製品そのものの魅力の強化、そして、社会的な連携を柱にすることで、次世代のビューティビジネスの方向性を示唆している。

それは、ブランド育成においてどの側面も手を抜かないオーセンティシティの実践と言い換えることができる。手法を形づくる要素ひとつひとつは、他社・他ブランドにもみることができる。たとえば、ブログなどからの親しみやすいブランドコミュニケーションはGlossierを、気候変動イニシアティブの真剣度はロレアル、コミュニティ起点のマーケティングとしている点はドランク エレファントを、それぞれ彷彿とさせる。しかし、それらがSaie独自の価値観にもとづき、一貫性を持ってぶれずに構築されているところが消費者の心をつかんでいるといえよう。

また、Saieの持つ包摂性にも注目しておきたい。前述したように製品設計では、Find Your Shadeというガイドラインを設け、すべての人が自分に合った製品を見つけられるよう配慮。また、ヴィーガンやアレルギーフリーの選択肢も提供し、特定の価値観を持つ消費者にも応えている。

いわば、ブランドの存在意義が問われる時代に真摯にそれを体現し、その本物感が消費者にしっかり伝わっている、それがSaieが「クリーンビューティ」という概念を新しい価値として再定義したと称される理由であり、ビジオネスの成功の鍵になっていると考えられる。

Text:秋山ゆかり(Yukari Akiyama)、BeautyTech.jp編集部
Top image: Saie公式サイト