
東南アジアのフェムテック市場はシンガポールを中心に前年比70%増で急成長
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文化的に女性の体や健康について語ることをタブー視する傾向が強かった東南アジアでもフェムテック市場が急成長している。東南アジア経済の中心であり、中国やオセアニア地域へのハブになっているシンガポールを中心に、マレーシアやタイ、フィリピンでもフェムテック関連のスタートアップが続々と登場している。フェムテックソリューションのトレンドについて、現地スタートアップ2社に取材した。
※この記事ではフェムテックとフェムケア領域の双方を総称してフェムテックと表記しています。
東南アジアでフェムテック関連スタートアップが急増
女性のウエルネス課題の解決・支援事業を行うfermata株式会社のシンガポール支社 fermata Asia Pte. Ltd.(以下、fermata Singapore)は、法人向けサービスとして、東南アジア進出を目指すフェムテック企業のサポートのほか、フェムテック市場参入のためのリサーチやアドバイス、コンサルティングなどを行い、消費者向けには、東南アジア初のフェムテック専門ECサイトを運営する。同ECサイトでは、月経やセクシャルウエルネス、妊娠・産後ケアに関わる5つのカテゴリーで、20以上のプロダクツを取り扱っており、2022年の売上は前年比15%増となった。利用者の居住地はシンガポールが最も多く、続いてマレーシア、オーストラリアで、シンガポールではバイブレーターなどのセクシャルウエルネス関連商品が、マレーシアではオーガニック生理用品や月経カップ、生理ショーツが、オーストラリアではKeggなどの妊活デバイスが人気だという。
2023年3月には、ウィメンズヘルス・イノベーションをテーマにした国際的なイベント「Women's Health Innovation Summit ASIA」がシンガポールで開催されることになっており、東南アジアのフェムテック市場の存在感は、今後ますます高まっていくことが予想される。

簡単な質問に答えると適したプロダクツを提案してくれるコーナーも設置
出典:fermata Singapore公式サイト
fermata Singaporeが2022年12月に発表した「東南アジアのフェムテック市場マップ」によると、東南アジア全体で71社のフェムテック企業が存在し、2021年の41社と比べて、わずか1年で70%増加したという。国別では、シンガポールが32社(45%増)で前年に引き続きトップ、マレーシアが12社(500%増)で2位に浮上、フィリピンが9社、タイが6社、インドネシアが5社、ベトナムが4社と続く。

出典:fermata Singapore公式サイト
fermata Singapore カントリーディレクター フランチェスカ・ギアリー(Francesca Geary)氏は「東南アジアには、家族や家庭、男女の役割など伝統的な特有の価値観(traditional family value)があり、女性の体や健康について語ることはタブー視する傾向がもともと強かった。fermata Singaporeができた2020年には、フェムテックという概念が一般消費者にほとんど認知されておらず、『フェムテックとは何か』『なぜそれが必要なのか』を啓発していくところから始まった。だが、パンデミックの影響で急速なデジタル化や人々のウエルネスへの意識が変化したことを背景に、東南アジアでも、女性が自身の体の問題やライフプランの設計、個人がより良い人生を送る権利について声をあげ、満たされるべきニーズがあるといった主張が目立ちやすくなった。こうした女性のニーズと課題に自分たちで応えようと、フェムテック関連スタートアップを立ち上げる人々も増えた」と振り返る。

フランチェスカ・ギアリー(Francesca Geary)氏
プロフィール/もともと女性のウエルネスへの関心が高く、fermata Singapore立ち上げに参画。シンガポールと東南アジアのフェムテックリーダーとして、女性の健康に対する意識を高め、フェムテックに関する会話を促進することに情熱を注いでいる
生理の健康やセクシャルウエルネス分野の伸びが顕著
fermata Singaporeの調査によると、東南アジアでいま最も多いサービスカテゴリーは「生理の健康」に関するサービスで、2021年と比較して107%増加した。マレーシアとタイでは、オーガニックタンポン、オーガニックや再利用可能な生理用ナプキン、月経カップを販売する生理用品メーカーが市場の大半を占めている。
また、シンガポールの生理用品スタートアップ企業Bloodは、2022年1月に1,000人以上の女性を対象に実施した「生理にポジティブな職場調査」を発表し、「68%の女性が強い生理痛があっても非難を恐れて仕事を休めず、71%が痛みのために期待されているパフォーマンスを発揮できない状態でデスクにいることにプレッシャーを感じている」といった女性の声を紹介し、メディアでも大きく取り上げられ話題となった。

出典:fermata Singapore公式サイト
「生理の健康」に続くカテゴリーは、性器や生殖器のスクリーニング検査や治療を提供するセクシャルヘルスや、セクシャルウエルネス分野のスタートアップが増えている。とくにフィリピンのセクシャルウエルネス企業は過去1年で40%増加し、性教育やセルフプレジャーを通じた女性のエンパワーメントをミッションに掲げる企業が登場している。
そして、今後さらなる成長が見込まれるのが、妊活・不妊治療の分野だ。東南アジアの国々でも出生率が年々低下しており、とくに2022年の出生率が1.05と過去最低となったシンガポールでは育児支援金の増額を発表する動きなどもある。この分野で先駆者的な立場で市場をリードするのが、マレーシアのクアラルンプールで2020年に創業したLumirous(ルミラス)だ。
日本を上回る不妊治療実績をもつ医療先進国マレーシア
フェムテック分野の企業数で、シンガポールに続いて2位に浮上したマレーシアでは、国民の10〜15%が不妊の悩みを持つといわれている。近年、マレーシアでも女性の社会進出とともに晩婚化が進んでいるほか、食生活の変化から成人の約30%が肥満であるとのデータもあり、排卵障害の原因のひとつとされるPCOS(多嚢胞性卵巣症候群)になりやすいという。「マレーシアでは、PCOS疾患を抱える女性は10人に1人といわれ、日本の疾患率(20人〜30人に1人)と比較すると極めて高い傾向にある。しかし、それが女性の不妊の原因になる可能性があることなど、女性の健康に関する知識があまり浸透していないのが現状だ」とLumirous Sdn Bhd. ファウンダー CEO 山内杏那氏は指摘する。
山内氏は、Lumirousの前にマレーシアで医療ツーリズムのプラットフォームで起業しており、がん治療や幹細胞治療、美容整形などさまざまなカテゴリーのツアーを扱っていたが、なかでも妊活・不妊治療の需要は大きかったとする。そんななか、自身も流産を経験し、正しい情報や適切な相談相手を見つける難しさを痛感したことが、Lumirousの立ち上げにつながった。

プロフィール/京都市出身。英国オックスフォードブルックス大学卒業後、サリー大学院にてアントレプレナーシップを専攻。その後、イオンリテール株式会社や現地体験型アクティビティ専門予約サイトのベルトラ株式会社を経て、2018年起業(マレーシアにて医療ツーリズムのプラットフォームを共同設立)。2020年、妊活支援&ウエルネスサービスプラットフォームのLUMIROUSを創業。現在はマレーシア含む、インドネシアやシンガポールでサービスを展開中
画像提供:Lumirous
Lumirousビジネスモデルは、山内氏の医療ツーリズム企業設立時につちかわれた医療機関や医師たちとのネットワークを生かして、一人ひとりの不妊の悩みや状況にあった病院やドクターを紹介し、病院側から紹介手数料を得る仕組みだ。この事業を立ち上げた背景には前述したように山内氏自身の経験がある。
「マレーシアには、不妊に関する悩みをもつ人が多い一方で、クリニックなどのPRではなく、中立な立場で妊活支援を行うプレイヤーが存在しなかった。マレーシアでは、病院のWebサイトに治療費の情報や詳細が書かれていないことも多く、病院に1件1件問い合わせが必要で、クチコミや評価といったWeb上の膨大な情報のなかから、信頼性が高く自分にあったものを自身で選定する必要があり、治療の道筋が最適化されていなかった」(山内氏)
現在Lumirousでは、不妊治療や婦人科ドクターをはじめ、栄養士などのネットワークを組織しており、日本語、英語、中国語、マレー語などの多言語対応により、相談者の母語や妊活フェーズに合わせてカウンセリングが受けられるようになっている。あわせてLumirousは、マレーシアのメジャーな不妊治療クリニックと提携しているため、相談者にあった病院と料金をすぐに伝えることができる仕組みになっている。相談者は、初回は無料でWhatsAppまたはLINEでのカウンセリング相談ができ、その後、続けて利用を希望する場合には、2週間もしくは1カ月のプランを契約すれば、メッセンジャーアプリで、期間中、何度でも相談することが可能だ。
インドネシアなど東南アジアへの展開も見すえるLumirous
マレーシアでの不妊治療の成功率は50〜70%とされ、日本の成功率の40%と比較するとかなり高めである。その理由について山内氏は「日本では、タイミング療法、人工受精、体外受精というように段階をふんで治療を進めていくことが多いが、マレーシアではすぐに体外受精という判断を下すドクターも少なくない。妊娠することが目的なので、無駄な時間やお金を費やさないようにという考え方が日本とは異なっているのではないか。また、マレーシアでは染色体検査や遺伝子検査などの出生前検査も積極的に行っており、これらの検査によって早期流産を防ぐことができるとされている。また、卵子ドナーや精子ドナーも受けることができ、選択肢を増やして妊娠の可能性を高くすることも可能だ」と語る。そのため、近隣のシンガポールやインドネシアから治療目的で訪れる人が増えており、一般不妊治療が保険適用の対象となっている日本からも、引き続き相談者が増加傾向にあるという。
マレーシアの不妊治療費の平均は、体外受精で2万リンギット(約60万円前後)でマレーシア国内の平均年収が6万リンギット(約180万円)であることを考えると現地の人たちにとっては高価な治療だが、2019年に積立年金制度(EPF)の積立金を不妊治療のために使用することが承認されたのを機に、この制度を使って人工授精や体外受精の治療を受ける人たちも増えているという。
Lumirousでは、妊活や不妊治療に関する情報発信として、ドクターや栄養士、心理カウンセラーなどの専門家による無料ウェビナーを月に8回ほど英語、中国語で開催しているほか、2022年12月には、マレーシア企業のフェムテック・フェムケアブランドを集めた「Women’s Health Pop-Up Event」を開催するなどして妊娠や不妊治療に関するリテラシー向上のための教育や啓発活動にも力を入れている。

出典:Lumirous公式サイト

出典:LUMIROUSプレスリリース
山内氏は、Lumirousのこれからの展開について、マレーシアだけでなく東南アジア各国での市場開拓を視野に入れているという。
「とくに人口が多くGDP成長率の高いインドネシアには可能性を感じている。現在あるECサイトも今後強化し、将来的にLumirousオリジナル商品の開発も検討したい。女性のためのヘルスケアについての認識が遅れていた日本でも、数年前から女性たちが体や健康の問題について声をあげはじめ、フェムテックが一気に広まった背景を分析しながら、マレーシア市場にローカライズし、いろいろとチャレンジしていきたい」(山内氏)
Text:小野梨奈(Lina Ono)
Top image: Mary Long via shutterstock