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AIクローンで実現する「分身」をLLMから開発するオルツ、見据えるビジネスの場での活用

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AIクローンがビジネスにおける対人コミュニケーションを補うツールとして普及しはじめている。美容分野でいえば、トップ美容部員のAIクローンが実際の接客を担うなどが可能だ。実在の人物をもとに作られたAIクローンの分野で、LLM(大規模言語モデル)の開発から、プラットフォーム提供、社会実装まで一貫して取り組む株式会社オルツにその現状と可能性を聞いた。


モデル開発から手がけることで独自の立ち位置を確立

AIクローンは、簡単にいうと「なかにAIの入った、人間のようなふるまいをする仮想人物」のことだ。接客や顧客サポートといったコミュニケーションを伴う業務を肩代わりしたり、本人が持つ知識や価値観を伝えたりといった、従来は人が行っていたことの一部を担うために使われる。

つまり、AIクローンは、あるスキルや経験を持つ人の知見を学習した仮想人物といえる。今後、ビジネスやコミュニケーションでの需要が高まると考えられるが、このAIクローンは現状、4つのタイプに分類できる。まず、性格や話し方なども含めて作り手が決めた、実在しないキャラクターを作るもの。そしてもうひとつが、実在の人物のパーソナルデータを取り込んだ、いわば「分身」のような存在だ。また、インターフェイスとしては、人物の姿や動きをグラフィックで表現した“姿をもつタイプ”と、チャット上でテキストコミュニケーション中心にやりとりする2タイプが存在する。

すでに国内外の多くの企業がこれらのソリューションの開発を手がけているが、なかでも、実在の人物のパーソナルデータを取り込んだ「分身」としてのAIクローンの開発から社会実装を進めているのが株式会社オルツだ。同社では、AIキャラクター生成サービスの提供はもとより、生成AIの“中身”ともいえるLLM(大規模言語モデル)の開発や、それを支える計算リソースの提供までも手がけている。「日本ではインターフェイスの部分だけを手がける企業が多いが、オルツではより深いレイヤーから一貫して取り組むことで、本人らしさをしっかりと再現したクローンを提供できることが強み」と、株式会社オルツ 新規事業開発部 アライアンスマネージャー 山口正人氏は話す。

株式会社オルツ 新規事業開発部 アライアンスマネージャー 山口正人氏
プロフィール/九州大学 経済学部 経済・経営学科卒業後、朝日広告社に入社。メディアを中心としプロモーション業務に従事後、商社やメディアとの新規ビジネス開発に従事。同時に、保険会社の販促・プロモーション、DX化のサポートなどにも携わる。その後、ビジネス系出版社に入社し、新規事業コンテンツの開発を経て、2023年6月に株式会社オルツに参画する。今までの経験を活かしたアライアンス構築と得意ジャンル(ヘルスケア・保険・建設・エンタメ)を中心に、デジタルクローンの技術を活用した新しい価値提供を進めている

さまざまなデータを取り込み、「分身」を作成

オルツが手がけるAIクローンは、実在の人物の情報を取り込んでその人の思考などを再現したもので、画面越しにリアルな人間と話しているような感覚で会話のできる「CLONEdev(クローンデブ)」と、チャット形式のインターフェイスを使う「altBRAIN(オルツブレイン)」の2種類のサービスを提供している。

このうちCLONEdevは、会話の内容だけでなく、実在の人物の表情や声も再現できることが特徴だ。ただし、その場合は本人の分身としてのデータ処理の多さなどから制作にはコストがかかり、用途はやや限定された著名人や企業経営者などのクローン制作で使われることが多い。

オルツ代表の米倉千貴氏のAIクローンによるデモ動画

CLONEdevはリアルなコミュニケーションに近い体験を提供できることから、その人がもつ理念や価値観といったメッセージ性の強い内容を伝えたい場合にも適している。たとえばADKホールディングスでは、CEOのAIクローンを作成。新入社員それぞれのプロフィールを事前に学習し、入社式の際に新入社員125人それぞれにパーソナライズしたメッセージを届ける取り組みを実施した。

新入社員それぞれのプロフィールを事前に学習したCEOのAIクローンが、個別のメッセージを送った
出典:株式会社オルツプレスリリース

また、企業の事業継承でも活用されている。創業50年の関西の建設会社では、3代目社長の就任時に、先代の著書やブログなどをもとに先代社長の想いやノウハウを学習させたAIクローンを開発。経営をスムーズに引き継ぐとともに、経営判断にあたってのアドバイスを得るなどの用途にも役立てられている。今後は図面をもとに見積もりを出すなど、専門性の高い技術の習得も目指していくという

一方のaltBRAINは、簡易的なアバターとテキストでやりとりを行うもので、専門的な知見をもったAIの制作をノーコードで行えることが強みだ。作成・公開を行うプラットフォームは誰でも利用できる。回答のもとになるデータは、テキスト化されたものであればどんなものでも使うことができる。過去の議事録などの書類やSlackなどの業務チャットツールの履歴、講演のレジュメや動画をテキスト化したもの、SNSの投稿といったデータを取り込むことで、制作者自身の知識や思考を再現したアバターの作成が可能だ。

無料で利用できる「フリー」プランは、1日あたりのチャットでやりとりできる回数が他のプランに比べて少ないなどの制約はあるものの、基本的な機能は利用可能だ。回答のもとになるデータは、テキストで入力したりファイルをアップロードしたりする方法のほか、SlackおよびLINEと連携することもできる。月額20万円の「ライト」プランは、チャットでのやりとりに必要な割り当てトークン数が増え、より多くのやりとりを行えるようになる。また、GoogleカレンダーやGmailをはじめ、連携できるサービスの種類も増える。また、フリープランではチャット利用時に静止画のアイコンが表示されるのに対して、「ライト」以上のプランでは動きのある簡易的なアバターを追加することが可能だ。このほかに、割り当てトークン数がより大きい「スタンダード」プラン(月額50万円)や、「ビジネス」プラン(月額100万円)も用意されている。

altBRAINのトップページ。ユーザーは自分で作ったアバターをここに公開することも可能だ
出典:altBRAIN

オルツは、教科書などを出版する東京書籍とは、生徒が一人で勉強をする際に先生となってくれる「AI学習アシスタント」を共同開発している。同社の教材や指導ノウハウといったコンテンツを学習させたモデルに「音楽好きで明るい」「漫画が好きで論理的」など、さまざまな個性をつけた「先生」を用意。生徒はそれらを自由に選択し、自分に最適化された指導を受けることができる。

さまざまな個性をもった「AI先生」から、生徒それぞれに合わせた指導を受けられる
出典:株式会社オルツプレスリリース

専門分野の知見を蓄積したAIは、ビジネスでも広く活用できる。たとえば、営業職であれば、議事録をテキスト化したデータや業務で使う資料などさまざまなデータをまとめ、個人やチームのナレッジを蓄積。それをベースに営業活動を行うといったことが可能だ。このほかにも、問い合わせ対応への活用なども各業界で進んでいるという。

オルツでは自身のAIクローンにも給与が支払われる

AIクローンが働く時代は、多くの人にとってまだイメージしづらいものだ。オルツでは、社会実装段階の試みとして、社員それぞれがaltBRAINで自身のAIクローンを制作し、稼働回数に応じて給与が支払われる仕組みを導入している。

たとえば、オルツ代表のクローンであれば取材対応やプレゼンテーションに、CFOのクローンは投資家向けの説明などに使われているという。対外的な用途以外では、各部署で豊富な経験をもつ社員が業務の知見をAIクローンに蓄積し、そのAIクローンからほかのメンバーがアドバイスを得るなどの使い方がされているという。

altBRAINの作成画面。回答の元となるドキュメントファイルやテーブルデータなどのほか、ふるまいを決めるためのプロフィールも登録する
出典:altBRAIN

業界横断での顧客サポートなどの可能性も

企業が顧客サポートにAIアバターを使う取り組みは、美容業界ではすでにクラランスやロレアルなどが進めている。人的コストをかけずにそれぞれの顧客に最適化された対応ができることから、こうしたスタイルでのサポートは今後さらに広がっていく可能性があるだろう。

ただし、企業ごとにサポートのAIアバターが存在する状況は、顧客側にとっては利便性の高いものとはいえない。なぜなら、化粧品を購入するとき、ユーザーは複数のメーカーの商品を比較検討することが多いが、仮に各社がAI販売員を用意していたとしても、それぞれに同じ質問をして回るのは現実的ではないからだ。

このような課題を解決する選択肢として、「業界・ブランドを横断してデータを活用できる顧客サポートAIを制作することも有効」と山口氏は提案する。そうした環境であれば、たとえば、美容部員のAIエージェントであれば、ユーザー各自の悩みや購買履歴をもとにした提案ができる。さらに、肌の画像データやバイタルデータを使うことができるようになれば、健康状態にあわせたアドバイスをしたり、より正確な最適商品やケアの方法の提案といったことも可能になるとする。

AIクローンによって、リアルな人間の価値が最大化する

CLONEdevでは、これまで5秒程度かかっていたクローンの反応速度を人間の反応速度と同程度の1〜2秒に短縮予定だという。より人に近いコミュニケーションができるようになることで活用の幅も広がりそうだ。

今後は、声のトーンや表情から感情を読み取ったり、生体情報と連携したりすることで、よりパーソナライズされた対応の実現を目指すという。

「現在のAIクローンは、五感のうち視覚や聴覚がフォーカスされているが、遠隔で匂いを届けるといった、嗅覚へのアプローチも検討していきたい。嗅覚を扱えるようになれば、その人のなりたい姿や雰囲気に合う香りを提案するなども可能になる。さらに将来的には、肌触りなどの触覚についても遠隔疑似体験できるしくみを作っていきたい」(山口氏)

AIの分身が自分に代わって働くのが当たり前になる時代が訪れたとき、人間の立ち位置はどのように変化するのだろうか。山口氏は「リアルな場での人の価値が最大化する」と予測する。アイドルのリアルなイベントやコンサートに足を運ぶ、ビジネスならプレゼンテーションや商談を対面で行うといった、フィジカルな行為が持つ価値が大きく向上し、それが人間の付加価値へとつながっていくだろうとする。

「人間はAIでは見出すことができない部分を追求し、思いがけないものの組み合わせに価値を見つけるといった、より感性的な部分に注力していくことになると思う。AIを使いこなしながら、自分のリアル価値を上げていくという点で、すごくいい時代の流れになっていくのではないか」(山口氏)

Text: 酒井麻里子(Mariko Sakai)
Top image: CLONEdev公式サイト