仏「BIG 2024」で語られた美容・アパレル分野持続可能性。ホットな話題は水、海洋資源、代替レザー、DPP
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フランス公的投資銀行Bpifranceが開催するビジネスイベント「BIG 2024」では300を超える講演セッションが行われた。ビューティやファッション産業からの登壇者が語ったサステナブルな取り組みとその背景にある課題やさまざまなソリューションについて、現地取材をもとにレポートする。
フランスの小中規模企業の事業を支援するビジネスイベント「BIG」
毎年10月に開催されるフランス公的投資銀行Bpifranceが主催するビジネスイベント「Bpifrance Inno Génération(BIG)」が、2024年10月10日に仏パリ市内で開催された。Bpifranceはフランスの中堅・中小企業、スタートアップなどの有望企業に、融資や特定の保証、支援サービスを提供することで、起業や事業の国際化を促進・加速させており、このイベントでは多分野の経営者や専門家の講演セッションを通して、参加者のビジネス機会を創出するとともに、ネットワークを広げている。第10回を迎えた今回は「Progrès(進歩)」をテーマに300に及ぶ大小のセッションが開催され、1,000名以上が登壇した。
メインステージでは、フランス通信会社Free(Iliad)の創業者で欧州最大級のインキュベーション施設STATION Fの創設者でもあるグザヴィエ・ニエル(Xavier Niel)氏をはじめ、ロレアルCEOニコラ・イエロニムス(Nicolas Hieronimus)氏、ユネスコのオドレー・アズレー(Audrey Azoulay)事務局長、また今回は、馬具工房として創業したエルメスが初参加し、6代目CEOアクセル・デュマ(Axel Dumas)氏が登壇した。
エルメスはここ数年、新しい工場を複数増設し、1837年の創業以来順調に成長してきたかのように考えられているが、1929年の世界恐慌の際には経営危機に陥っている。デュマ氏は「このとき、社員が年金基金を活用してよい、また、関連業者が支払いは1年後でよいと申し出てくれたため、経営陣は立て直しに集中できた」と話し、あわせて「自動車の登場により馬車が衰退し、多くの顧客を失ったときには、社員をひとりも解雇せず、馬具作りの専門技術を活かしたバッグやアクセサリーなどを開発して起死回生した」エピソードを共有。同社の成功は個人(経営者)ではなく、集団(社員や取引先など)の力によるものだとエコシステムの大切さを説いた。さらに、現在はネクタイを着用する機会が減少し、スマートフォンがさまざまな役割を果たすため、手帳、財布など革小物の需要が減少している。同氏はこれらの技術を継承する職人の仕事に新たな価値を見出すために立ち向かっているとし、たとえ困難な状況でも企業のパーソナリティを守りながら時代の変化に対応する重要性を語り、中小企業の経営者や起業家を鼓舞した。
美容やファッション分野の企業や団体が登壇したセッションでは、2017年頃から加速した持続可能で革新的な試みの現状を振りかえり、企業が直面する課題や取り組みなどについて語られた。そのいくつかを紹介する。
化粧品における水の使用量、さらなる削減へ
化粧品業界における環境配慮の取り組みでは、CO₂の排出量削減や、生物多様性の保全がいち早く追求されたが、3つめの柱として重視されているのが、水の使用量の削減だ。CO₂排出をカーボンフットプリントで測るように、水はウォーターフットプリントで測られ、化粧品業界では水の潜在的な環境影響を、原材料の栽培から製造、輸送・流通、消費、廃棄、リサイクルまでのライフサイクル全体で定量的に評価している。欧州を含めて世界では水不足が深刻化しており、仏大手企業やOEM企業などの工場では水の使用量削減の取り組みが進んでいる。
水資源を再考するセッション「節水:化粧品分野における課題とベストプラクティス(Sobriété hydrique : Enjeux et bonnes pratiques du secteur cosmétique)」では、フランス化粧品・トイレタリー企業連合FEBEAの持続可能な開発ディレクターのステファニー・ルンベルス(Stéphanie Lumbers)氏、仏OEM企業TechNatureのCSR担当ジュリー・セグラ(Julie Segura)氏、そして、環境や社会にコミットした化粧品を揃えるコンセプトショップLa French Beautyの共同創設者で、クリーンビューティブランドHUYGENS(ホイヘンス)のCEO兼創業者でもあるセバスチャン・ゲラ(Sébastien Guerra)氏が、化粧品業界における水の使用の現状と課題を語った。
セッションではまず、化粧品業界における“水”の使用は大きく2つに分けられることが説明された。1つは処方に含まれる水、つまり製品の容器内に入っている水だ。たとえば、シャンプーやシャワージェルの処方は90〜95%が水で構成されている。また、乳液やクリームなどを作る際に油性と水性の成分を乳化する溶剤、有効成分なども水に含まれる。もう1つは処方以外の製造工程で使用される水だ。たとえば、原材料となる植物や花を栽培するための水、工場での床やタンクの洗浄、設備や機器の加温・冷却、紙やプラスチックなどの容器・包装の製造に使用する水、ユーザーが製品を使用する際の水などがあてはまる。
原材料については持続可能な栽培方法で、少量の水で育つ植物の選択が望まれる。ただし、原材料を輸入する場合は、産地によってカーボンフットプリントや生物多様性(環境保全と生態系の回復・再生)への考慮が必要となるため、原料選定時に環境インパクトを総合的に見定める必要がある。
広大な工場では複数の工程で水が必要となるため、水の流しっぱなしを1秒でも短くしたり、わずかな水漏れを防ぐことで、年間で大きな削減につながる。雨水や使用済みの水をリサイクルあるいは浄化して床の洗浄に使用したり、機器の冷却には水を循環させて繰り返し使用するなどのソリューションが進んでいる。
TechNatureのOEM工場では、金属タンクの洗浄や殺菌は水で行うが、洗浄を自動化して水の使用量を最適化。また、パウダー状の固形化粧品を製造するタンクは水洗浄できないため、ドライクリーニングし熱消毒しているが、短時間で効果的に殺菌できるUV-C(紫外線光)への切り替えを検討しているという。
しかし、最も水が消費されるのは、消費者が家庭でシャンプーやボディソープなどをシャワーで洗い流す際だ。欧州では多くのブランドが固形コスメを開発しているが、ルンベルス氏、セグラ氏によると、処方を濃縮し固形やパウダー状にした化粧品は配送時のCO₂削減はできるものの、製品使用時に水を加えて液状にし、従来と同様に洗い流すことから、必ずしも水の使用量削減にはならない。むしろ、素早く洗い流せる処方の開発、コンディショナーなどを洗い流さない設計に変更するなどの施策が有効と考えられるが、消費者がそうした製品を受容し、美容習慣を変えられるかが焦点だとする。
加えて、容器・包装に関しては、ゼロ廃棄、あるいは脱プラスチックのために紙が多用されるが、紙を製造する際には大量の水が必要で、ウォーターフットプリントの観点では紙はエコロジーな素材とは言い切れない。FEBEAの調べでは、1キログラムのプラスチックを作るには1〜2リットルの水が必要だが、1キログラムの紙を作るには500リットル、1キログラムのダンボールを作るには60〜400リットルが必要と推定されている。化粧品における水の使用量の削減は、産業の努力だけでは十分ではなく、企業と消費者がより包括的な理解を深める必要があることが示された。
海洋資源を活用した微生物由来の化粧品原料開発
セッション「まだ謎に満ちた海底資源(Les grands fonds marins, une source de progress encore mystérieuse)」では、海洋の生物多様性を保全しながら、海底資源を活用する研究にスポットがあてられ、世界最大の香料メーカー ジボダンのアレクシ・ラノー(Alexis Rannou)氏や、バイオテクノロジー研究所IFREMERの研究者シルヴィア・コイエック・ジュオー(Sylvia Colliec-Jouault)氏らが、海底で採取した微生物由来成分を医療・化粧品分野で使用する試みについて語った。
IFREMERは1987年から海底の微生物(バクテリア)の研究をしており、2000年代に医療分野や化粧品産業で応用できる2種類の微生物を発見した。この微生物が生成する成分を使用した化粧品を製品化すべくジボダンと協働。両社が共同開発するこの成分は、肌組織に存在する多糖(グリコサミノグリカン)に非常に似た多糖(菌体外多糖:微生物が菌体表面に分泌・産生する多糖の総称で、環境ストレスなどから自身を保護する役割を有する)で、コンドロイチン硫酸とヒアルロン酸を含み、肌細胞の修復作用、免疫の向上、保湿効果が期待できる。コンドロイチン硫酸やヒアルロン酸は、人間の肌の結合組織に存在する構成分子なので人体への親和性が高く安全性にも問題がない。
海底の微生物由来の成分は化粧品ブランドにどう受けとめられるかというモデレーターの質問に対し、ラノー氏は「ブランドは自然由来の原料や有効成分(アクティブ成分)を探しており、深海の環境ストレスに耐えて生きる微生物由来の成分、また、海洋の生物多様性を活かしたバイオテクノロジーによるイノベーションは魅力的にうつる。さらに、欧州では1980年代から動物実験、および動物由来成分の化粧品への使用を禁止しているが、微生物は動物とみなされないため市場で受け入れられる」と述べた。
この微生物由来の成分はがん治療への活用も期待されており、海底資源の研究にさらに注目が集まりそうだ。
細胞から再生産される動物性レザーの代替品
大量生産、大量消費、そして、大量廃棄により、多大な環境汚染の原因となる産業の1つがファッション産業だ。フランスでは循環経済に関する法律が2020年2月に施行され、世界で初めて繊維製品の売れ残り品の廃棄が禁止され、再利用やリサイクル、または寄付することが法的に義務づけられた。こうした状況から、セカンドハンド(二次流通)、レンタル、修理、リサイクルなどの循環性を目指したビジネスや仕組みづくりが加速したものの、いまだ課題が多く、社会全体の問題となっている。
また、動物由来の素材は倫理的な面からも問題視され、レザーの代替品を開発するスタートアップは現在、世界に約100社存在するが、ファッション業界はこれらの新しい技術を活用しきれておらず、普及しているとはいえない状況だ。セッション「ファッション業界における、動物由来の汚染素材の代替(Quelles alternatives aux matières animales et polluantes dans a mode ?)」では、Bpifranceのアナリストのモデレーターのもと、代替レザーを提案するFaircraftのハイケル・バルチ(Haïkel Balti)氏と、元ケリングのサステナブルイノベーション部門ディレクターで、コンサルティング会社Sustainabelleを創業したクリスティーヌ・グレイ(Christine Goulay)氏が登壇し、代替素材導入や普及への突破口などが語られた。
ファッション業界における持続可能性を研究するグレイ氏によると、企業のサステナブルなアプローチは大きく3つあるという。1つはリサイクルやアップサイクル、2つめは脱プラスチックで、石油・石炭など化石燃料を使用しないこと。3つめは動物由来の素材を使用しないことだ。
バルチ氏が2021年に共同創業したFaircraftは、動物性レザーの代替品を開発するバイオテクノロジースタートアップで、研究室で動物から細胞を取り出し、培養器のなかで増殖させて良質な革を再生産する。「ファッション業界では、環境に与える影響の70%は素材からきていることを知った。なかでも革は、なめしの工程で多くの水や化学物質を使用するため最も環境を汚染する素材とみられている。そこで、動物の命を奪うことなく、なめしの工程での汚染を抑えられる、高級ブランド向け代替レザーの開発に着手した」とバルチ氏は話す。
同氏はファッション業界で代替品の導入に時間がかかる理由として、「化粧品企業の多くは社内にR&D部門や科学者を抱えているため、バイオテクノロジーなどへの理解が比較的スムーズに進む。だが、ファッション業界では(繊維や生地の製造など)テクノロジーが介入する部分の開発は、ほとんどの場合外部企業が担ってきたため、技術的な話や開発期間の長さに馴染みがないことがしばしばだ。また、ブランドの決裁者はクリエイティブな発想をもとに、素材を触ったときの感触や感情を大切にすることが多く、コミュニケーションが難しかった」と指摘。ただし、数年の話し合いを経てお互いの理解が進み、協働する道がみえてきており、ブランドとともに少量のサンプルを制作しながら製品化に向けて検討を進めている段階だという。
また、普及の大きな妨げとなっているのは価格だ。新しい技術を用いた代替レザーは、従来の革よりも高くなりがちで、初期の段階ではブランド側や消費者の理解が必要となる。若い世代は製品の背景や価値を重視する傾向があるものの、グレイ氏はある調査によれば、消費者は“持続的な製品は従来の製品よりも価格が高く、パフォーマンスは低い”と感じているとして、ブランドは「革新性」や「先進性」を前面に出して、アーリーアダプターにアプローチすべきとする。加えて、代替素材を採用する企業に政府が補助金を支給したり、環境インパクトにコミットするデザイナーと協働して新たな価値を生み出すことなどが、価格のハードルを乗り越えるきっかけになるだろうとの見解を示した。
デジタル製品パスポート導入で期待される衣類のリサイクル
一方、セッション「トレーサビリティ、循環性、リサイクル性、ファッション業界における未来戦略(Traçabilité, circularité, recyclabilité, quelles stratégies pour la mode de demain ?)」では、フランスのファッション分野の専門家らが、衣服の二次市場やリサイクル性の現状、課題を解決する取り組みを共有した。
ファッション教育機関IFMのサステナブルディレクターのアンドレ・アン・ルミュー(Andrée-Anne Lemieux)氏によると、衣服は年間1,000億〜1,500億点の製品が生産されるのに対し、販売されるのは1,070億点で、9,200万トンが廃棄、リサイクルされているのはわずか1%だという。二次流通は、Vestiaire Collective、Vintedなどセカンドハンド衣料品の販売プラットフォームが伸びているものの、フランスではこれらを利用することなく歩道に設置された専用回収ボックスに衣服を寄付する人も多い。寄付した人は善行をしたと思いがちだが、現実には需要を超える量の衣服が寄付され、また、不要なものは世界の古着の集積地といわれるガーナに輸出されている。
ガーナの首都アクラには、さまざまな国から毎週1,500万トンの古着が中身の見えない圧縮梱包の形で到着し、露店の古着市場で再販売されたり、アップサイクルされている。しかし、近年その衣類の質が下がって状態の良い衣服が減り、ビジネスにならないばかりか、その40%がゴミとして沿岸に山積みにされ、仕分けされることなく焼却され、海や大気、土壌を汚染している。ルミュー氏はファッションにおける責任のある消費を推進するには、小学校の段階でファッション業界における原材料の調達から最終消費までの環境インパクトについての教育を義務化すべきだと主張する。
ファッション業界におけるリサイクルはわずか1%と上述したが、フランスの繊維衣服研究所IFTHの科学部門副所長キャロル・オブレイ・メヌヴォー(Carole Aubry Meneveau)氏は「衣服のリサイクルは、循環サイクルの最後の手段。つまり、二次流通で再利用して、修理もできなくなった段階でリサイクルされる」と強調する。また、リサイクル素材を使用したダウンなどは存在するものの、そうした製品で使用される再生ポリエステルの98%は飲料のペットボトル由来で、衣類のポリエステルを再生したものではないという。なぜなら、衣服はコットン、ウール、ポリエステルなど複数の素材を組み合わせて縫製されることが多く、仕分けが難しいうえ、それぞれの方法でリサイクルが必要だからだ。現状、仕分け作業は、ほとんどの場合、人間が品質表示タグを一枚一枚確認して行っており時間がかかる。また、品質表示タグに正確な情報が記載されていないこともあるとされる。
そこで、衣類の仕分けやリサイクルの発展に貢献すると期待されるのが、2027年から欧州で義務化されるデジタル製品パスポート(DPP)だ。DPPとは、欧州委員会が持続可能な循環型経済の加速を目指して進める規制で、EU市場に流通する製品一点ごとに、製造元、原材料、リサイクル性など透明性やトレーサビリティに関する情報をデジタル化(バーコードやQRコードなど)して付与するものだ。これにより、欧州を流通する製品の原材料や製造工程の情報がデジタル管理されるため、仕分けがより正確になり、リサイクル性が高まるとみられている。
どのような情報がDPPに記載義務となるかは未発表だが、テキスタイル製品に関しては2025年にその内容が発表される予定だ。DPPを通して、企業は一人ひとりの顧客とのダイレクトなコミュニケーションが取れる可能性を持つため、一部のブランドではすでに素材名、素材の構成率、製造工程、メンテナンス方法など独自の内容を備えたDPPを実装し、ロイヤルカスタマー向けの施策など付加価値をつける方法を模索中だ。
一部のファッションブランドではリサイクルしやすいように、デザインの段階から素材の組み合わせを2~3種類にとどめるエココンセプションを推進している。だが、そもそも衣類に使用される素材は、たとえば、栽培に水を大量に使うコットン、セルローズファイバーを得るために木材を使用するビスコース(レーヨン素材)、化石燃料(石油)を使用した化学繊維のポリエステルなど、環境負荷の大きい素材が多い。メヌヴォー氏は将来的には、年間6,000万トン生産されるポリエステルを効率的に回収して、環境インパクトの低い素材への再生を目指すとする。
Text: 谷 素子(Motoko Tani)
Top image and photo: 著者撮影