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アモーレパシフィックと協業する韓国のAI肌診断ソリューション企業Artlab

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AIを活用した肌診断ソリューションを韓国国内でいち早く取り組んだArtlab(アートラボ)。創業者はロボティクスとAIのエキスパートで、アモーレパシフィックやコスマックスなど業界最大手にソリューションを提供してきた。ビューティテックスタートアップとしての同社の設立経緯と製品の詳細、今後の展望について紹介する。


ロボティクスとAI研究のエキスパートが設立

Artlabは、現CEOを務めるオム・テウン(Terry Taewoong Um)氏によって2019年に設立されたスタートアップで、オム氏はソウル大学機械航空工学部を卒業後、航空宇宙メーカーLIGネクスワン韓国科学技術研究院(KIST)で研究職に従事。その後、カナダ・ウォータールー大学の電機工学部でディープラーニング研究に励みながら博士号を取得し、2019年に韓国に帰国してArtlabを設立するにいたっている。

オム氏は前職で国防ロボットや医療ロボット開発の最前線で研究職に携わってきた。また、アカデミアの世界ではAI関連の論文を20編ほど執筆した過去を持ち、その引用回数は1,000以上にのぼるとされる。いわば、人工知能とロボティクスの双方に精通した世界的なエキスパートのひとりだ。

Artlabのオム・テウン代表
出典:Economic Review

こうした経歴を持つオム氏が美容業界に転身するきっかけとなったのは、スタートアップを起業した先輩たちとの会話だったという。その話題のなかで、美容業界がデジタル転換に多くの課題を抱えている“後進的な業界”であることを知ったオム氏は、自身の知見や能力を活かせるかもしれないという考えからArtlabの創業を決心した。

出典:Artlab公式サイト

オム氏は美容業界のなかでも、2018年当時はそれほど意識されていなかった、ユーザー個々の肌状態や悩みや要望に応えるオーダーメイド型スキンケア市場に着目した。同領域の市場分析を行い、グローバル、国内ともに成長性が高いと判断したからだ。Artlabの設立と前後して、韓国国内ではオーダーメイド型化粧品調剤管理士(店頭で化粧品を調剤できる人材)の資格が新設されるなど、オーダーメイド型化粧品の法規制が整備され始めていたこともオム氏の背中を押した。韓国では旧来、化粧品製造業と化粧品責任販売業に業種が区分され、店頭などの現場で調剤を行うことができなかったが、この新制度によりオンデマンドでのオーダーメイド型コスメの販売が可能となっている。

オム氏は、リサーチを進めるうちにオーダーメイド型スキンケアという製品そのものよりも、その化粧品を使用する前段のプロセスを重視し、肌診断のパーソナライズを実現するAIソリューション(=ソフトウェア)を開発する道を選択する。というのも、当時の韓国美容業界はデジタル黎明期にあるというのがオム氏の考えだったためだ。また、ユーザーが自身の肌に関する情報をひとつひとつ拾い集めるような時代はまもなく終わり、将来的には肌の写真を一枚アップロードすれば、肌状態の分析から適切なスキンケアの提案まで必要な情報がすぐに得られる時代が来るとの確信を抱いていた。検索アルゴリズムを開発したヤフーやグーグルのような立ち位置を美容業界で築けないかとの発想から、オム氏はAIソリューション開発を目指したという。

Artlabは設立翌年の2020年に、韓国IT最大のネイバーとOEM最大手コスマックスから約8億ウォン(約8,800万円)のシードラウンド投資を調達することに成功。現在は初期の構想を実現すべく、さまざまなAIソリューションを開発・リリースしている。

Artlabが開発するAI肌診断ソリューション

ユーザーが簡単かつ正確に自身の肌状態を診断できるソリューションづくりを目指すことにしたArtlabにとって、最初の課題となったのは肌データの確保だった。人間の顔写真のデータは膨大に存在するものの、肌診断用のAIモデルを学習させるために適切な肌データの購買や入手が難しかった。そこでArtlabでは、自社プロダクトを通じて肌データを収集する方針を固め、「skinlog(スキンログ)」というプロダクトをローンチする。

「skinlog」の使用イメージ
出典:ppss.kr

同プロダクトは、ユーザーが自撮りの顔画像とスキンケアルーティンをアップロードすることで、肌の状態変化を追跡・診断できるスマートフォンアプリだ。

Artlabは、skinlogのローンチから約3年の歳月をかけて、約30万件の肌データを収集した。また、AIモデルが精密に肌の状態を学習できるように、11の有名病院と提携し、収集したデータに対して専門家の監修を経たラベリングも実施した。

加えて、スキンケアルーティンや肌悩みをシェアできる機能を通じて、約10万件の肌相談データも確保。肌の画像データだけでなく、問診データのようなテキストベースのデータも同時に収集を進めた。なお、Artlab側は収集したデータについて、単なる肌データではなく、時系列ごとに状態変化を読み取れる点が強みだと強調している。

現在、ArtlabのAIモデルは、肌の状態を高精度に診断できるまでに学習が進められている。たとえば、単に“ニキビ肌”と呼ぶ場合でも、炎症性、非炎症性、ニキビの刺激による腫れなどが混在した状況にあることが多いが、その状態を正確に診断できるとする。

ArtlabのAIモデルは炎症性(赤色)、非炎症性(青色)、ニキビの刺激による腫れ(緑色)などを瞬時に見分けて解析
出典:ppss.kr

Artlabは充分なデータの収集にめどがついた段階で、独自のAI肌診断プラットフォームの開発に乗り出す。そして、美容関連企業向けに2023年12月「SkinChat(スキンチャット)」をリリースした。

SkinChatは、Artlabが独自開発した画像認識AIと、皮膚科学および化粧品のデータベースに加え、GPTやネイバーのHyper CLOVA Xなど大規模言語モデル(LLM)を組み合わせたAIプラットフォームだ。自然言語で肌診断、肌悩み相談ができる機能とともに、ShopifyなどECプラットフォームともAPI連動が可能で、ユーザーに適切な商品をレコメンドし、商品購入まで行える機能が備わっている。

SkinChatのエンドユーザー側の使用方法はシンプルで、まず、スマートフォンで顔の前面、左側、右側の計3枚の写真をアップロードすると、AIが肌診断を開始。水分、油分、色素沈着、ニキビなど肌状態を分析した結果がフィードバックされる。その後、ユーザーがチャット上で悩みを相談すると、各自にパーソナライズしたスキンケアの方法やおすすめの商品をAIがレコメンドしてくれる。肌や皮膚科学に関するデータ、画像認識AI、自然言語処理技術を組み合わせることで、美容部員や専門医とのやり取りを再現するかのような世界を手軽に体験できるソリューションとなっている。

ArtlabのAI肌診断ソリューション「SkinChat」
出典:시사저널e

2024年10月現在、韓国内の大手化粧品企業をはじめ、シンガポール、英国、インド、コロンビア、米国などのECプラットフォーム運営企業が同製品を自社サービスに組み込んでいるという。

また、多言語でカウンセリングやレコメンドが可能なSkinChatは、韓国コスメのブランドを認知していないグローバルのユーザー層にも高い訴求効果を発揮している。韓国・ソウルにある東大門デザインプラザの複合文化スペースで、ソウルのビューティ企業と一般市民や観光客が気軽にコミュニケーションを取れる場として設置されている「B the B」コーナーには、SkinChatの体験ゾーンが設けられており、訪韓客に各ブランドの商品を知らせる役割を担っている。

コスマックスとも提携しパーソナライズコスメのソリューション提供

ArtlabはskinlogやSkinChat以外にも、さまざまなソリューションを美容企業向けに提供している。たとえば、リフティングなどの施術効果(シワやたるみなど弾力の変化)をトラッキングする皮膚科や美容外科向けソリューションがそのひとつだ。効果測定のパーソナライズが顧客満足度の向上につながることを期待し、すでに複数のクリニックが同ソリューションを導入している。

客観的な数字でリフティング効果を測定するAIソリューション
出典:ppss.kr

一方、韓国最大手の美容企業アモーレパシフィックとは戦略的パートナシップを締結し、共同で新たなビューティAIプラットフォームを構築中だとされている。また、コスマックスのパーソナライズコスメブランド「3WAAU」、スキンケアブランド「KYYB」とも提携し、カスタマイズされた独自AIソリューションを提供中だ。

Artlabは現在、ニキビケアにフォーカスしたAIソリューション「アクネダイアリー」の開発も進めている。同社では、前述のskinlogを通じてニキビに関する7万枚以上の画像データを収集・ラベリング済みだ。この7万枚という量は、ニキビ肌関連のデータとしては世界最多クラスだとArtlab側は説明している。

Artlabがニキビに着目する理由は、成人のニキビ患者が国内外で増加傾向にあるからだ。その数は韓国国内に約400万人、世界的には約1億人にのぼると同社は試算している。また、skinlogの利用者のうち80%がニキビに悩みを抱えていたことも、Artlabがニキビケアにフォーカスした理由だとされている。アクネダイアリーの全体像はまだ公表されていないが、ニキビ肌の分析に加え、最適なスキンケアルーティンをレコメンドするサービスとなる予定だ。

Artlabは、美容業界に特化した肌解析AIソリューション企業として、その立ち位置を着実に固めつつある。外部企業との提携の強化や、新ソリューションの開発動向に関心と期待が集まっている。

Text: 河鐘基(Jonggi HA)
Top image: Artlab公式サイト