変わっていく視点、変えていく視点 第1回 後編<TAKT PROJECT>まずカタチ化し、しなやかに対応する 【川島蓉子連載・NNを考える会】
川島蓉子さんによる、イノベーティブな仕事をされている各界の方々にお話をうかがい、これからのビジネスに必要とされる「視点」を探る連載は前編に続き、TAKT PROJECT株式会社 代表 𠮷泉聡さんに、企業のビジョンの「カタチ化」についてお聞きしました。
企業ビジョンを “カタチ化する” ことの意味
前編で、𠮷泉さんがnendoでの先鋭的なクリエイティブワークと、大企業であるヤマハでのデザインワークの両方を経験されていることについて触れました。最近は、企業のビジョンにまつわる仕事が増えていると吉泉さんはいいます。ブランディングというと、コンサルタントやマーケッターがかかわることはあっても、デザイナーがかかわるイメージが薄いと思うかもしれません。ただ私も吉泉さんと同様、お手伝いするブランド関連のプロジェクトでは、デザイナーとチームを組んでやってきました。
なぜデザイナーが必要なのか―― 「将来を向けたビジョンを、企業の人と一緒に描いた上で、映像やグラフィック、場合によってはプロダクトとして表現するのです」と吉泉さん。言葉でまとめるに止まらず、映像、グラフィック、プロダクトなど、“カタチ化する”ところに意味があるのです。
作品名:eBoutique 2020
「デジタルから変わる、ファッションの未来」
SONYの新規事業プロジェクト"Fashion Entertainments"
が提案する世界観を表現したビジョン展示。
目指すべき世界観が実現した状況であり、
未来のファッションの可能性を、
より具体的な体験として感じさせてくれる。
写真:阿野 太一
企業ブランドであっても、商品ブランドであっても、そもそもブランドの存在意義は、何らかのビジョンがあって、それを実現していくところにあります。ただ、言葉だけで練っていくと、「てにをは」を吟味して修正する作業に陥ってしまう。その場にかかわっているメンバーは、広く深いビジョンを理解するものの、かかわっていないメンバーは、最後にできあがった言葉だけ。結局はビジョンの本質を理解するにいたらず、実行も思うように進まない――そういったケースが少なくはないのです。
それがデザイナーが入ると、言葉=文字という枠組みをはずして “カタチ化”できる。本質が伝わりやすくなるのです。
以前、私がかかわったプロジェクトでこんなことがありました。クライアントは、ある健康機器メーカー。商品のコンセプト作りから製品化までを、外部チームとしてお手伝いする商品ブランドを作るプロジェクトでした。最初のステップで決めたのは、機能が多過ぎて使いこなせない人に向け、最適な機能とデザインを追求した歩数計を世に送り出すこと。コンセプトに「ちょうどいい」という言葉を盛り込みました。そして次のステップである商品化に向け、エンジニア、デザイナー、商品企画、マーケティング、営業、広告のメンバーが集い、ディスカッションを重ねたのです。
ところがいつの間にか、スペックが増え、機器そのもののサイズが大きくなっていく。それぞれの部署の都合が次々と盛り込まれ、お客の視点や気持ちが置き去りになっていく。つまり、送り手の視点や都合でモノ作りが進んでいったのです。「これはまずい」と思い、あるグラフィックデザイナーに依頼して、コンセプトをポスターに仕立ててもらうことにしました。そして、明快な絵柄にシンプルな言葉が添えられたポスターが上がってきたのです。ただ初めての試みなので、うまく行くかどうかはわかません。心臓バクバクでもありました。が、そのポスターを見せたところ、チーム全員の気持ちがギュッとする空気が。「そもそもそうだった」と、最初のビジョンに立ち戻り、建設的な議論が再スタートしたのです。「ああ、こういうやり方があったのだ」と目から鱗が落ちる思いでした。
吉泉さんは「言語化を追求し過ぎると、わかった気になることがあります。共有すべきは言語より考え方であり、そこを土台に実行に移していくことです」といいます。さすがの説明とうなずきながら、考え方をカタチ化できるのがデザイナー改めて確認することができました。「自らの提案を、自らの責任で作り、発信していくこともデザイン」という言葉はそのまま、デザイナーが担う役割を表現しているのです。
また、吉泉さんは「カタチ化して方向性を示唆していくプロセスが大事。それをevoking modelと名づけました」といいます。考えたことをカタチにし、それを使った経験をフィードバックしながら、次のカタチ化をはかっていく――とりあえずやってみながら進化していくプロセスは、完成形をゴールとするやり方とは一線を画するもの。これは現実に即した有効性があると思いました。日常の周辺は、日々刻々と変化していくもの。そこに向かって「完璧なゴール」を定めてしまうより、変化に即して対応するしなやかさの方が大事では。たとえ完璧に仕上げていない段階でも、イケると思ったら走ってみる。もっとイケそうだったら走り続ける。違っているとわかったら修正して再びやってみる。evoking modelのような柔軟性は、大事なことと思いました。
Evoking modelのプロセス
大量生産を象徴するような素材である、
プラスチック。そのプラスチックを
草木染めするDye It Yourselfのプロセス。
紅花でプラスチックの丸テーブルを
染めていく。
そして浮かんだのは、500年に及ぶ歴史を持つ和菓子の老舗「とらや」にまつわるストーリーです。17代目の当主を務める黒川光博さんのお話をうかがったとき、未来というより今を判断してきた先に、500年に及ぶ歴史がある。状況は変化していくので、その瞬間瞬間で考え、判断していかなくてはいけない。それはつまり、変化し続ける中で一定の形を成していくこと――含蓄のある深いお話と感じ入りました。長い歴史を持つ暖簾=ブランドが続いてきたのは、ブレない基軸を持ちながら、変えることを恐れなかったからと、腑に落ちたのです。
ブランドを作っていくにあたり、こうあらねばと理想論をゴールに据えるのではなく、ビジョンを明確にした上で、反応や状況を見据えて柔軟に対応していく。吉泉さんがいうところのevoking modelは、とてもフィットする考え方です。
コロナ禍をきっかけに、企業の中でもさまざまな転換が行われています。未曾有のことだけに、何を変え、何を変えないかの判断は容易ではありません。過去の枠組みが通用しなくなっている中、大きな転換を半強制的に行っていくのも大事ですが、evoking modelのような考えを持つことも重要です。前例がないからと、慎重な検討を続けているうちに、状況は日々刻々と変化していくから――いざ実行となった時、同じ発想が同じやり方で通用するかどうかはわからないです。
思い切った挑戦を、ささやかな試みから始めてみる。時代が求めている視点のひとつと感じました。そして自らやってみようと、あれこれアイデアを広げています。
Text: 川島蓉子(Yoko Kawashima)
Top image: 作品名 FES Watch
SONYの新規事業プロジェクト"Fashion Entertainments"のビジョン、
「デジタル化でファッションの新しい楽しみ方を創出する」を具現化するプロダクト。文字盤とベルト全体に電子ペーパーを使用し、ユーザーが時計を見る動作や操作で柄が変わる、まったく新しいコンセプトを持った腕時計。(写真:林 雅之)