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グッチやロロ・ピアーナなど生成AIを顧客体験向上に活用するブランド事例【NRF ビッグショー 2024】

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2024年1月に開催された「NRF 2024 Retail’s Big Show(以下、NRFビッグショー)」では、いかにしてAIを活用するかが議論の中心だった。なかでも、生成AIを活かした顧客サービス・体験の向上や従業員業務の支援と効率化を推進する実例に高い関心が寄せられた。ジェトロ・ニューヨーク事務所が主催したNRFビッグショー2024を解説するウェビナーで紹介された事例を中心に、米国小売業界で実装が進む注目のリテールテックについて2回に分けてレポートする。前編では生成AIを取り上げる。


AI活用が大きなテーマとなった2024年のNRFビッグショー

2024年2月20日(米国東部時間)、ジェトロ・ニューヨーク事務所が主催した「2024年米国小売業界の最新動向 - 『NRFビッグショー2024』を受けて -」ウェビナーでは、在米リテールストラテジストでジェトロ中小企業海外展開現地支援プラットフォーム事業コーディネーターの平山幸江氏が講師を務め、米国小売業界の動向を知る機会として世界から注目を集めるNRFビッグショーで明らかにされた、最近の米国リテール業界における動向とトレンドが解説された。

第114回となった今回のNRFビッグショーのスローガンは「Make It Matter(意味のあるものにしよう)」で、AI活用が議論の中心となった。来場者数は100を超える国から4万人以上、エキスポ出展数は1,000と2023年を上回る盛況ぶりだった。日本からの参加者が顕著に増えたのも特徴で、米国小売業界の今後の動きへの関心の高さがうかがわれた。

グッチはAIと人による「ふさわしい返答」を見極めて活用、30%売上増加

現地を取材した平山氏が、会場や展示の様子、専門家や出展者が登壇したセッションの内容などを紹介したウェビナーのなかで、今回のNRFビッグショーでの新味ある個別トピックとして挙げたのは「AIを活用した経営戦略」「生成AIの活用」「リテールメディア」である。今回の前編記事では、ウェビナーで紹介された事例を中心に、美容業界にとっても関心が高い生成AIを用いた経営戦略について、顧客サービスや顧客体験の向上、従業員の業務支援や業務効率化の2つの側面からみていくこととする。

NRFビッグショーでとくに関心を集めたのは、営業支援・顧客管理・CRMツールである「Sales Cloud」をはじめ、サービスやマーケティングに向けたクラウド、独自の生成AI「Einstein」などを提供しているセールスフォースの会長兼CEOであるマーク・ベニオフ(Marc Benioff)氏が、ウォルマート米国部門CEO ジョン・ファーナー(John Furner)氏と行った対談である。そのなかで、LVMHグループ傘下のファッションブランド、ロロ・ピアーナ(Loro Piana)が、セールスフォースのシステムを使用し顧客サービスを向上させた事例をあげた。

ベニオフ氏によると、ロロ・ピアーナでは、店舗スタッフが顧客の名前と住所から世界中の店舗での購入履歴やオンライン上での行動を閲覧できることを可能とし、店舗スタッフが顧客の嗜好にもとづいたおすすめの商品を提案しやすくなったという。

あわせてベニオフ氏は、最近、自身がニューヨークの店舗で買ったロロ・ピアーナのジャケットを例に、「店舗スタッフは私のこと(好みやニーズ)をすべて知っている。彼らは2週間前に私が東京でセーターを買ったことも知っている。だから、ニューヨークの店に現れた私が実際に購入する前に、すでに私が(そのセーターに似合う)ジャケットを買うことを分かっていたはずだ」と語った。

セールスフォース 会長兼CEO マーク・ベニオフ氏とウォルマート米国部門CEO ジョン・ファーナー氏のNRFビッグショーでの対談
出典:NRF公式サイト

一方、ラグジュアリーファッションブランドで、“唯一無二の顧客サービス“を重視するグッチは、同じくセールスフォースを活用し、ミラノのコールセンターに生成AIを導入した。これにより、ユーザー対応するスタッフ300人の商品知識が高まり、30%の売上増加を達成した。また、自社Webサイト等を通じたテキストメッセージによる問い合わせの返答にも生成AIを活用し、顧客の要望に寄り添った柔軟な対応を実現したとする。

スタッフは、自ら返答することもできるが、生成AIが提案した返答をそのまま用いるほか、必要に応じてカスタマイズすることもできる。つまり、質問者や質問内容の難易度などに応じて、AIと人間が協力することで、従来の画一的な対応ではなく、ブランドのストーリーをより伝えやすくなった。これは、スタッフの社内教育にかける時間の短縮にも寄与している。

生成AIにより顧客体験を強化した事例としては、全米最大のビューティ小売企業であるアルタビューティ(Ulta Beauty)が、美容は自己表現の手段であり、人種・年齢などすべてを受け入れる包括性が必要であるとし、ビューティテックによるイノベーションに注力している。

2018年にはAI技術を利用した購買行動分析を行うQM ScientificとAR技術によるバーチャルトライオンを提供するGlamSTを買収した。GlamSTと共同で開発したGLAMlabでは、顧客はアルタビューティのアプリでメイクアップ商品やネイル、ヘアカラー、アイラッシュをバーチャル体験できるほか、肌分析を行ったり、自分の肌色にあったファンデーションを試したりすることも可能で、購入もアプリからダイレクトにできる。

出典:アルタビューティ公式サイト

さらに、生成AIではないが、AI活用としては、2023年10月に自販機スタートアップ企業SOSと提携し、店内キオスクでアプリを使って無料サンプルを提供。同12月にはLuumのロボットによるつけまつげサービスを米カリフォルニア・サンノゼ店でテスト導入した。現在は75分かかるフルセットサービスを将来的には30分短縮したいとしている。

出典:Luum公式サイト

また、米国を代表する大型小売店のひとつであるウォルマートの事例も興味深い。ウォルマートは、米国の家庭は1週間に平均6時間を日用品の購買行動に費やしているという米労働統計局の統計をもとに、これらの時間を節約してより家族の時間を楽しめるようにと、2024年1月、生成AIを用いた新たな商品検索機能の導入を発表した。文脈や顧客からの質問の意図を生成AIが理解し、自動的に回答するもので、たとえば、「ユニコーンをテーマとした子供の誕生日パーティ」と検索をかけると、ナプキンや風船、装飾などパーティに必要なユニコーン柄の商品が挙がってくるため、従来のように一つ一つ必要な商品を検索する手間を省くことができる。

「unicorn themed kid’s birthday party」の検索結果

ウォルマートはさらに同年1月、Shop with FriendsというARショッピング機能も公表した。これは、顧客がオンライン上で試着したバーチャルな画像をスマートフォンのテキストメッセージで家族や友人に共有してフィードバックがもらえるというものだ。2022年に公開した家具や家電の配置をシミュレーションできるView in Your Homeとあわせて、顧客の購買体験をより簡単にする試みのひとつである。

Shop with Friendsのイメージ
出典:ウォルマート公式サイト

このほか、Voice Orderサービスでは、顧客のスマートフォンやスマートスピーカーとウォルマートのアカウントをつなぎ、顧客が購入したい品物を音声で注文すると、購入履歴にもとづいて、顧客が好むブランドなども考慮した商品をカートに入れることを可能としている。また、Text to Shopという機能では、ウォルマートにテキストメッセージを送信して商品を選んだり、過去に購入した商品を再購入したり、商品のピックアップや配達をアレンジしたりができる。

ウォルマートやカルフールでは従業員の業務効率化に生成AIが貢献

ウォルマートは顧客サービスの向上だけでなく、従業員の業務支援にも生成AIを積極的に導入している。生成AIを使用したMy Assistantというサービスは、従業員が重要な仕事により多くの時間を使うことができるように、日常業務を支援するものだ。2023年夏の導入時には5万人の全米のオフィス勤務の従業員が対象だったが、2024年1月にはカナダやメキシコ、中南米の国々にサービスを拡大し、今後も対象国を増やしていく予定という。各社員は母国語でこのサービスを使用することが可能となっている。

マーケティング資料作成をMy Assistantで依頼
出典:マイクロソフト公式サイト

フランスの大型スーパーのカルフールが、グーグルの生成AI技術をいち早く導入し、マーケティングキャンペーンを簡単に行うことができるカルフール・マーケティング・スタジオ(Carrefour Marketing Studio)を開発した事例もウェビナーでは触れられた。これは、SNSやグーグル広告などに投稿する文章や写真を数クリックで作成することができ、コンテンツ制作にかかる時間を大幅に短縮できるソリューションだ。それだけではなく、カルフール・マーケティング・スタジオによるコンテンツ制作は、商品説明は社内のデータベースから引用するため正確性があり、マーケティングチームが設定したターゲット層に合わせて文章のトーンを変えたり、写真もクリックするだけで被写体の角度や背景を変えたりできることから、より効果的なマーケティングの一助となっている。

カルフール・マーケティング・スタジオを使用してオレオクッキーのキャンペーン資料を作成している様子
出典:カルフール公式サイト

また、社内業務の効率化や自動化のために、生成AIを積極的に利用しているアパレルブランドのアバクロンビー&フィッチは、Webサイトやモバイルの商品情報の広告コピー制作の際に、過去の売れ筋商品のデータを取り出し、その文言を参考にしている。

カナディアンタイヤも、ChatGPTの自社開発版「Chat CTC」を導入、数千人の従業員が日常業務で使用している。顧客クレームへの対応時に応対の仕方や必要情報についてのサポートのほか、テック部門のトラブルシューティングにChat CTCを利用し、迅速な問題解決につなげているという。

エヌビディアが語る、AIの民主化でカギとなる倫理観の議論

上記の事例のように、生成AIは、顧客サービスの向上や顧客エンゲージメントの強化を通じて売上増加に寄与するだけではなく、従業員の業務の効率化にも役立ち、今や小売業界のさまざまな場面で活用されている。

NRFビッグショーで「小売りにおける生成AI」と題するセッションに登壇した大手AIコンピューティング企業のエヌビディアの副社長 アジータ・マーティン(Azita Martin)氏は、「今や皆が生成AIを使うことができ、生成AIによってAIは民主化された」と話した

同時に、誰もが使えるということは、AIエシックス(倫理)への配慮が必要になることを意味する。生成AIの技術が人々のプライバシーや権利などの侵害につながる可能性が増大するからだ。企業には、AIにどのような役割を持たせたいのか、生成AIによって何を作りたいのかを明確にして、それにもとづき安全性や倫理的課題を議論してモデルを改良していくことが求められる。

また、生成AIの社内使用にあたっては、企業が所有する資産(知的所有物など)の使用方法やセキュリティについて、ルール、ガイドライン、ガバナンスを持つことが重要であるとともに、利用方法についてスタッフへの教育やトレーニング、社内モニター制度も必要との声が、NRFビッグショーに登壇した複数の企業からアドバイスとしてあがっていた。

後編では、NRFビッグショーにおける他の注目トピックである「リテールメディア」と「サプライチェーンの自動化」について紹介する。

Text: 須能玲奈(Rena Suno)
Top image: NRF 2024 Retail’s Big Show 公式サイト

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