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「その次」のテクノロジー、DIYバイオハックの波は、美容分野にも迫るのか?

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かつては製薬会社や研究機関でしか行い得なかった生物化学・遺伝子工学(バイオテクノロジー)を、個人や小規模な組織で研究するという「バイオハック」のムーブメントが広がっている。一般市民が自身のDNAをDIYで改変できてしまう世界だ。美容分野では将来、遺伝子情報を解析して自分にあったスキンケアアイテムを自分で調合するどころか、自身のDNAをいわゆる美肌DNAに改変できてしまう世の中が訪れるかもしれない。

photo courtesy of FORD FISCHER / NEWS2SHARE

2017年10月、無名の米国人コンピュータプログラマーがFacebookで生配信した動画センセーションを巻き起こした。1時間あまりの動画に映っているのは、カウチに座ったTシャツ姿の青年が、自分に何かしらの注射をする様子だ。議論を巻き起こしたのはその注射の中身で、自身のHIV治療のために自作したDNA薬だというのだ。

問題の人物、トリスタン・ロバーツは6年前にHIV陽性と診断され、抗レトロウイルス薬による治療を続けてきた。HIV治療薬として一般的な抗レトロウイルス薬の代替として選んだのが、「DIY治療薬」だった。

シリコンバレーやニューヨークをはじめ米国各地には、高校生からメディカルスタートアップのファウンダー、あるいは市井の科学者たちが集まりともに研究・実験する「バイオハッキングスペース」がある。そうしたコミュニティの参加者の1人だったトリスタンは、医療に関する専門教育を受けてきたわけではない。

「これは止められない、規制できない」と語る当時27歳のコンピュータプログラマーは、こう続ける。「ぼくは、治療にアクセスできないまま亡くなってしまったすべての人々にこれを捧げたいと思う」

イノベーションの流れは止まらない

進化するデジタルテクノロジーはあらゆる既存の産業をディスラプトし「民主化」する、というのが、もっぱら語られ続けているイノベーション論だ。

時計を1980年代まで巻き戻して振り返ってみると、検索エンジンは誰もが情報に容易にアクセスすることを可能にしたし、2000年代にはTwitterやFacebookをはじめとするソーシャルメディアが生まれ誰もが自由に情報発信できるようになった。2012年頃には「メイカームーブメント」 の名のもと、専門知識をもたずとも誰もがモノの作り手になれると喧伝された。3Dプリンタをはじめとするデジタルファブリケーションが安価で提供されるようになったのがそのムーブメントの背景にはある。

「その次」と目されるバイオハックムーブメントの盛り上がりについていえば、デヴァイスの進化によりDNA解析コストが下がると同時に、遺伝物質の特定・削除・置換を飛躍的に容易にする技術「CRISPR」が2012年に発表されたことが後押ししたといえる。

生物工学が民主化されつつある世界

社会化するバイオハックムーブメントは、市民団体が世界規模で立ち上がっていることからもうかがい知れる。2008年に設立された「DIYbio.org」は日本を含む世界で活動を展開しているし、同じくDIYバイオハッカーたちが集まりフィンランドで設立されたBiohacker Centerは、2014年以降、生物工学に携わる市民のためのサミットをヨーロッパで開催し、情報交換の場を設けている。

団体のみならず、個人レベルでの情報発信も数多い。2012年には、米国の生物学者エレン・ヨルゲンセンがTEDGlobal 2012に登壇し、「バイオテックを多様な市民の手にゆだねることで、医療をはじめとする様々な分野でイノベーションが加速する」と解説。2017年11月には、バイオハッカーのジョサイア・ゼイナーがバイオテックのカンファレンスにおいて、前述した「CRISPR」を用いて編集した、筋肉の成長を促す遺伝子を注射するパフォーマンスを披露している。NASAのエイムズ研究センターでの研究実績をもつゼイナーは、そのパンキッシュな見た目もあって、バイオハッキングのリーダー的存在として脚光を浴びている。

美容業界とバイオハック

もっとも、「権威」からの風当たりは強い。米国食品医薬品局(FDA)は、彼らバイオハッカーたちの行為が違法であると警告しているし、科学界からも同様の問題提起がなされている。しかし、こうした「バイオハッキング」の手法が、医療業界から美容の世界にも発展しうることは容易に想像できる。

美容業界における「民主化」の一例として挙げられるのが、今活況を呈している「DIY美容整形」だ。自分自身で施術できる手軽さをうたう美容グッズのマーケットは様々なアイテムで溢れており、ボトックス注射液と注射器をセットにしたオーソドックスなものをはじめ、オンライン通販サイトを開けばいくらでも見つかる。もっとも、現時点では、そうしたDIY美容整形の多くが「効果はほとんどない」という状況のようだ。

image: Nikunj Gupta via Unsplash

そうしたなかで考えるべきは、「DIY」の本来の意義だ。というのも、いま、イノベーションを牽引してきたとされるデジタルテクノロジーの進化には、大きな翳りが見え始めている。一例としてFacebookを挙げると、2018年4月に同社が公表したユーザーの個人情報流出問題に対する風当たりは非常に強く、Facebookそのものの存続すら危ぶまれる事態へと発展している。この流れが、膨大な個人データを開発の拠り所のひとつとする人工知能の進化にとって逆風となることは間違いない。

時代の空気は、個人の信条を誰かの手に委ねることで便利さを得ることから、「自分のことは自分で」管理し「自分らしさ」を求めるように変化している。

多様性や包括性を指向する美容業界が今、バイオハックムーブメントに目配せをしておくべき意味があるとすれば、バイオハッカーらが求めているのが手軽さや簡便さではなく、ダイバーシティであるといえるだろう。トリスタンが自作の治療薬を注射したのは病いに対して自分らしく向き合うためで、人はそれを獲得するためには批判を顧みず、剣呑にすら思える研究に手を染めさえするのだ。バイオハッキングの技術は自分らしくあろうとする人々の願いをさらに後押ししていくことになる。

Text: 年吉聡太(Sota Toshiyoshi)


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